納涼花火大会 中編
目当ての駅に到着すると、改札の奥でどこか見覚えのある三人組が手を振っていた。
一人は元気よく、もう一人は控えめに、そして最後の一人が気怠そうに。
秀平がそれを見て、何とはなしに呟く。
「改めて見ると、三人とも美少女だよねぇ……」
「そうだな。こうして現実で見ると、それを再確認するよな」
髪型は全員ゲーム内と同じ。
しかし先程まで話題にしていたように、服装が違えば印象が違ってくる。
ゲーム内で会っていた期間が長いせいか、普通の私服に違和感が。
「おーい! ……ああ、そういえばまだ互いの本名を知らんな。プレイヤーネームを叫ぶわけにもいかんし」
「絶対にやらないでくださいね? 見ている私が恥ずかしくなりますから」
「最初にお互いを確認する時は、仕方ない面もあるんじゃないかなぁ……もちろん、周りに聞こえないように。オフ会とかって参加したことがないんだけど、他の人はどうやって互いを確認しているんだろうね?」
「強いて言うなら、今やっているこれもオフ会の一種ではないのか? カズちゃん」
「あ、そうだね。それなら、今まで私たちが会っていたのもそういうことになるね」
オフで友人になった後に何度も会う行為を、果たしてオフ会と呼んでいいものだろうか?
厳密にそう呼べるのは、初回だけなような気もするが。
そんなオフ会の定義はさておき、改札を抜けると最初にリコリスちゃん……まだ本名を知らないその子が、両手で未祐にハイタッチをしてから笑顔で出迎えてくれている。
「お久し――はじめまして? ユ――ええと、ええと」
「おお、グダグダな挨拶だな! リ――あー……」
「グダグダなのはお互い様じゃないか……」
「お久しぶりです。こちらでははじめましてですね、先輩方。本日は遠くからお越しいただき、誠にありがとうございます」
折り目正しく綺麗なお辞儀をするポニーテールの少女に、俺たちは初めましてと返礼をした。
それに続いて、気怠そうな少女が周囲を見回してから小さく手を上げる。
「先輩、とりあえず歩きながら自己紹介をしましょう。ここで固まってると邪魔になります」
「そうしよう。って、こういう時は先輩単品呼びが便利だね」
俺のほうは彼女を何と呼べばいいのか分からないが。
ゲームと同じウェーブのかかった長い髪の少女が進行方向を示し、ゆったりと歩き出す。
俺たちはそれに従って移動を始めた。
「そういえば、何でわっちだけ名前なしの先輩呼びなの? 他は名前の後に先輩を付けて呼ぶよね?」
「……あれ? 例の忍者口調はやらなくていいんですか?」
「現実でやる訳ないじゃん!? ただの痛いやつだよ、それ!」
愕然とした表情で抗議する秀平だが、当の本人はどこ吹く風である。
そして要領の良い彼女は、わっちという謎の呼び名に反応することなく返答を続けた。
説明しなくても、秀平が俺のことを指して言っていると分かったのだろう。
「先輩が先輩な理由ですか。改めて説明するとなると、最初に先輩を先輩と呼んだころのことを思い出す必要がありますが……そもそも、先輩って最初から頼りがいがあって、自然と先輩と呼びたくなる雰囲気があってですね」
「待って待って、分かりにくい! 何となくは分かるけど、わざと先輩って連呼してるでしょ!?」
秀平が混乱しているが、愛衣ちゃんの表情を見る限りわざとだな……。
それでも一応理解できていたようなので、俺は話の続きを促した。
「それで何となく、先輩の名前を呼ぶ頻度が一番高くなりそうだなーって思ったので。先輩ーズが五人に増えてからも、そのままにしました。結果、それで正解だったでしょう? 短くて済むし」
「そんな理由で……? どれだけ楽をしたいのですか、あなたは。たったの四文字ですよ?」
「あ、妹さんだ。その色素の薄さ、天然だったんですねー。ゲームと変わんないや」
「あなたのちゃらんぽらんさも、ゲーム内と変わりありませんね……」
「あ、あの、みなさんそろそろ自己紹介を。あっちの二人が困ってます」
その言葉に下りかけた階段の前で振り返ると、未祐とリコ――ショートカットの彼女がぎこちない会話を続けている。とても喋り難そうだ。
「ああ、そっか。あの二人には、互いの名前を呼ばずに会話する器用さはないもんな……」
「そんじゃー、ボチボチやりますかー。私は――」
三人の自己紹介を纏めると、リコリスちゃんが浅野小春。
サイネリアちゃんが夜久椿、シエスタちゃんが比留間愛衣という名前だそうだ。
「なるほど……小春っ!」
「未祐先輩!」
「小春ぅぅぅ!」
「未祐先輩ぃぃぃ!」
名前を連呼しつつ抱き合っている二人は、この際放っておくとして……。
あ、広場にはベンチが置いてあるのか。
駅構内を出たところにあるベンチで、一度落ち着いて話をすることに。
抱き合っていた二人も、取り残されていることに気付くと慌てて俺たちの下に合流してくる。
荷物をベンチに置いて、まずは椿ちゃんへと目を向けた。
「ええと、女性陣の着替えは椿ちゃんの家でやってくれるんだよね?」
「はい。お伝えしておいた通り家が呉服店なので、好きな浴衣を選んでいただけますよ」
「おー、呉服店! 事前に聞いてはいたけど、何かすげえや!」
確かに。
少なくとも、俺たちの同級生や学校内には呉服屋の子どもはいなかったな。
そもそも、町内に呉服屋なんて存在していたかどうか。
しかし、どうも椿ちゃんは秀平の言葉にピンと来ないようで……。
「凄い……ですかね?」
「いや、あれは色々と凄いでしょ。先輩たち、椿の家を見たら驚きますよ。きっと」
「うん、凄い。椿ちゃんは慣れてるから、麻痺してるんだよ」
「……古いだけじゃない? ともかく、浴衣のほうはご心配いりません。大丈夫です」
「ありがとう。で、順番的には夜久呉服店……でいいのかな?」
「はい」
「そこが最後で、まずは浅野家と比留間家にご挨拶って流れか。小春ちゃんに愛衣ちゃん、ご両親は? 家にいる?」
俺が問いかけると、二人は顔を見合わせてから妙な顔をした。
……何かおかしなことを言っただろうか?
「ふぉぉ、先輩が私の本名を呼んでる……」
「こ、こそばゆいです……」
「何でだよ。特に小春ちゃんは、さっきまで未祐に何度も名前を呼ばれていたじゃない」
「それは勢いの差というものです! そう普通に呼ばれると、何だかくすぐったくて……」
でも、椿ちゃんは平気そうだったな……と思って視線を向けたら目を逸らされた。
耳が少し赤くなっているのが見える。
秀平がその様子に、肩を竦めて笑みを漏らす。
「……まあ、その内慣れるっしょ。俺らは和紗さんにマリーっち、司っちに静さんと両方の知り合いが既に何人かいるから」
「私も最初は慣れなかったなぁ……不思議だよね、本名で呼ばれるほうが普通なのに。時間が解決してくれるよ、多分」
「確かにカズちゃんも、オフで会ったばかりのころは大分ぎこちなかったですよね。兄さん、とりあえず今は……」
「……そうだな。おい、未祐。小春ちゃんいじめんな。耳元で名前を囁こうとすんな」
小春ちゃんに忍び寄ろうとしていた未祐が、俺の声にびくりとしてから静止する。
そのまま振り返ると、驚きと疑問がミックスされた顔でこちらを見た。
「何故やる前に分かった!?」
「動き出す時の顔を見りゃ分かんだよ。これから家にご挨拶に行くんだから、行儀良くしてろ」
「子ども扱いするな! 私だって、ちゃんと挨拶くらいできるっ!」
「おー……このやり取りを見ると、不思議と安心する私がいる」
愛衣ちゃんの言葉に、小春ちゃんと椿ちゃんが同意するように頷いた。