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納涼花火大会 前編

「もう夏休みも終わりだねえ……」

「だなあ。終盤にこれだけゆっくりできているのも珍しいんだがな」

「どうして?」

「どうしてって……毎年お前が宿題をギリギリまでやらずに、いつも俺に泣きついてきたからだろうが」

「あー……そうだった。ごめん」


 秀平と俺が立っているのは、自宅の玄関前。

 時刻は正午過ぎ、暑いが今から出発しないと今日の用事には間に合わない。


「しかし、お前が今日も昨夜のままの状態だったらどうしようかと思ったぞ」

「溢れ出す俺の、魔王ちゃんへの愛!」

「それはもう分かったから」

「昨夜は夢のような時間だったけど……後になって気が付いたよ。自分が魔王ちゃんと一言も喋っていなかったことに……何で、何でだよ、わっちぃ!」

「一応、俺もそのことに気が付いてはいたが」

「言えよぉ! 喋るように促してよっ!」

「そんなの、誰のせいでもなく自分のせいだろうよ……」


 撮影に夢中で、それ以外には何もしていなかったからな。

 会話が途切れると、体に湿気を伴った暑さが纏わりついてくる。

 秀平が手で顔をあおぎながら、力なく下を向いた。


「あっつぅ……二人はまだなの? わっち」

「俺に訊かれてもな。女が身支度にかける時間なんて、こんなもんだろう。むしろ二人は短めのほうだと――」


 俺の言葉の途中で、半開きにしていた玄関ドアが開かれる。

 外行きの服に加え、日焼け対策を済ませたらしい二人が中から顔を出した。

 隙間から声が聞こえていたようで、そのまま会話に加わってくる。


「そうだぞ! 私は間違いなく標準よりも短い!」

「必要最低限ですよ、これでも。秀平さん、家にお姉さんばかりなのにそんなことを仰るのですか?」

「甘いよ、理世ちゃん! 長い遅いと出発前に文句を言っては、その度にどつかれるのが俺という男なのさ!」

「……」


 言葉にこそしなかったが、理世は完全に呆れた顔で首を左右に振った。

 学習能力がまるで足りていない、と。

 俺は玄関の鍵を閉めて、スマートフォンで時刻を再確認する。


「――おっ、時間もちょうどいいしそろそろ出よう。早いとこ和紗さんと合流しようぜ。こんなところでもたついていると、向こうへの到着が遅くなる」

「行こう行こう! それにしても、思ったよりも遠かったのだな。ヒナ鳥たちの地元は」


 駅に向かって歩き出すと、活動的な服の未祐が長い黒髪をなびかせながら話しかけてくる。

 案の定、未祐は帽子も被っていなかったので、俺は手に持っていたそれを被せた。

 私物なので男物の野球帽だが、似合うので別に構わないだろう。

 ちなみに理世はつば広帽子――キャペリンを被っている。


「むお、すまない。亘、自分のは?」

「バッグに予備があるよ。話を戻すけど、やっぱ遠いよな。和紗さんの寮のほうがまだ近い」

「日帰りで行ける範囲だけど、遠いよね。とても気軽に行ける距離じゃないや」

「言葉に訛りや癖をあまり感じなかったので、飛行機を使うほどではないという予想は当たりましたが。とはいえ、カズちゃんは私たちよりももっと遠くから来るのですし」

「午前中に実家から出発して、帰りはそのまま寮に戻るって言っていたな」


 荷物などは宅配便で送ってあるそうで、身軽な格好で来るはずだ。

 前々からヒナ鳥たちに「現実で一緒に遊びたい!」という要望をされていたので、あちらの地元で行われる花火大会で会えるよう日程を調整していた。

 司やマリー、和紗さんの時にも思ったが、いざ現実で会うとなると不思議な感覚があるな。

 その後、駅で和紗さんと合流すると……未祐と理世が、和紗さんの格好を上から下まで眺めて溜め息を吐いた。


「な、何かな? 二人とも」

「勿体ない……勿体ないですよ、カズちゃん」

「えっ?」

「うむ、勿体ない! 今更だが、どうして毎度毎度野暮ったい格好をあえて選ぶのだ?」

「そんなつもりは……。でも、言われてみればいつの間にか暗めの色の服になったりはするし……そのほうが自分としても落ち着くけど……」


 両手を軽く上げて自分の格好を改めて見返しながら、和紗さんの言葉が自信なさげに尻すぼみになっていく。

 そういえば、いつも何だか黒っぽいな。和紗さんの服装。

 露出が控えめなのは言うまでもなく、下はパンツでシャツに薄手のジャケット。

 色はシャツがグレーで上着が紺色、パンツも同色……。


「今すぐにでも、服を買いに連行したいところですが……」

「今日は必要ないか……どうせ浴衣に着替えるのだし」

「な、何かごめんね。大学の友達にも、よく同じようなことを言われるんだけどね……」


 女性陣の服装談義に、俺と秀平はついていけない。

 いや、秀平は「魔王ちゃんも浴衣を着てくれないかなぁ」とか呟いている。

 平常運転だ。


「……そういえば、亘の好みはどういう服装なのだ?」

「お、おお? そこで俺に話を振るのか……それは自分の服じゃなくて、女性の服の話だよな?」

「うむ、当然!」

「それは私も興味があります。教えてください、兄さん」

「あ、あの、私も聞きたい……かな」

「わっち、答えてあげたら? 絶対にそのほうが面白いからっ!」

「お前ね……」


 邪魔にならないよう、ホームのいている場所にみんなで移動しながら俺はしばらく沈黙した。

 そんなことを訊かれてもな……今までに考えたこともない話だ。

 もしかしたら、何か無意識に惹かれている服装があったりするのかもしれないが。


「そうだな……まず、和紗さんのような地味目の服って割と男受けがいいと思いますよ」

「えっ」

「どこか安心感がありますし。バッチリ決まっている服装の女性が一緒だと、人によっては気後れするっていうか」


 和紗さんが目を丸くした後、動揺したように目を泳がせる。

 秀平は俺の言葉に同意するように頷いたが、同時にこんなツッコミも入れてきた。


「って、さてはわっち一般論に逃げる気だな!? ずるい!」

「……まあ、地味目でも部分的にお洒落なアクセントが効いていればの話ですけど。そういうさり気ない女性らしさ、みたいなものがあるとグッと来ますよね」

「そ、そうだよね……私の服にはそういうの、ないもんね」

「そこでホッとしちゃうカズちゃんもどうなのだ? と、私は問いたい。不特定多数にモテる必要性を感じない、という点には私も同意だが!」

「ここまで体型を隠して沈んだ色の服で、アクセサリーの一つもなしでは地味を通り越して野暮ですよね……」

「それも大学の友達によく言われるよ……アクセの一つくらい付けろって……」


 一般論でお茶を濁すことには成功したが……電車はまだなのか!?

 話が途切れると、四人から話の続きを促すような視線が……くっ。


「あ、あー……未祐みたいに、動きやすそうなラフな格好もいいんじゃないか? 夏らしくて」

「む、そうか? ふふふ」

「スタイルが良くないと似合わないんですけどね……けっ」

「り、理世ちゃん顔が怖いよ? でも、私も未祐さんのスタイルは羨ましいなぁ……鎧作りの時も話したね、こんなこと」

「私はそれ以前にも、何度か同じ類の発言をしていますが。……本当に忌々しい。あぁ忌々しい」

「その分、性格が単純で粗暴で色々と壊滅的――」

「何か言ったか、秀平? あー、何だか私、急に響子姉さんに連絡したくなってきたぞ! 連絡してもいいか!? いいよな!?」

「やめてやめて、未祐っち! 家に帰れなくなるじゃん! 許して! スマホしまって!」


 まだ家にいるのか、響子さん。

 大学の夏休みは長いと聞くが……和紗さんが今から寮に戻る辺り、学校によってまちまちなのだろうか?

 さて、二人の服装に触れておいて理世をスルーする訳にもいくまい。


「理世の服は……上品だよな。日傘も帽子も似合うし……母さんの趣味も大分入っているが、理世の容姿に合ってる」

「ありがとうございます。兄さん」

「人形みたいな生白い顔をしおって。ビスクドールか貴様は!」

「わっちと話している時は表情に生気があるんだよねぇ、理世ちゃんは。あ、未祐っちと喧嘩してる時もか。それ以外は基本、極端に無愛想で――」

「秀平さん……?」

「な、ナニモイッテナイヨー。キノセイダヨー」

「未祐さん、ビスクドールって褒め言葉なんじゃ……やっぱり羨ましいの? 理世ちゃんの肌、白くて綺麗だよね」

「う、羨ましくなんかないぞ! あ、あんな動き難そうな服!」


 未祐が和紗さんの言葉をムキになって否定したところで、電車が入ってくる。

 よし、逃げ切った……早く電車に乗り込んでしまおう。

 幸い空いているので、余裕を持って全員が座ることができそうだ。

 余裕を持たせて移動しているので、花火の会場に向かう人たちのピークタイムもまだ先のはず。

 だから現地付近まで行っても今の内なら大丈夫だろう。


「それでだ、亘。結局お前の好みは?」

「……え?」


 未祐がそう切り出したのは、席を確保して落ち着いてからのことだった。

 理世がその言葉に続くように、隣からこちらを見上げてくる。


「もちろん私たちの服が兄さんの目から見て、似合っているかどうかも重要ですが。兄さん自身の好みをまだ聞いていません」

「私も、新しい服を買う時の参考にしたいかなって……あんまりセンスには、自信がないんだけど」

「今日は兄妹揃って考えが甘いぜ、わっち! 電車に乗れば話題が切り替わるって? そんなことはありえない! 逃がさんっ!」

「お前は俺を助けろよ。何でそっち側に立ってんの?」


 俺としては、その人に似合っている服ならそれでいいと思うのだが。

 答えを迫る三人の視線から逃れるように、窓の外に目をやるが……。

 残念ながら車内に逃げ場はなく、降りる駅はまだまだ先である。

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