躍動するソロプレイヤーたち
幼生(幼体)でフクロウ種の神獣が覚えるスキルの中に、氷を出すものがあるという情報がパストラルさんからもたらされた少し後。
「ログイン前にランキングを見てきたのだが、レーヴの独走ではなくなっていたぞ。レーヴの順位は動いていなかったが、下の差がかなり詰まっていた」
「そうなのか?」
「ユーミルさんと行動が被るのは癪ですが……」
「む?」
「私も見てきました。深夜にプレイしているらしい、ソロプレイヤーたちですね。過去のランキングと照らし合わせてみても、ギルドに所属していなかったり、渡り歩いていたりでしたから」
馬を大砂漠に向けて走らせながら、やや大きめの声で話を続ける。
睨み合う二人ではあるが、端的に事実を伝えてくるユーミルと過去のデータ込みの情報をくれるリィズとで、とても状況が分かりやすい。
しかしイベントの残り期間を考えると、今やっているこの移動時間が地味に効いてくるな。
補給を効率良くやらないとロスが大きい。
そんな一瞬横に逸れた思考を戻し、ランキングについて思いを巡らせる。
「ソロプレイヤーたちの追い上げか……にしてもソロって、深夜勢が多いのか?」
「純粋に人付き合いが苦手、もしくは単に面倒というプレイヤーもいるでござろうが……」
「人付き合いが苦手」の部分で激しく頷くセレーネさん。
「面倒」に差しかかったところで動きをピタッと止めた辺り、性格が非常によく表れている。
トビが俺の問いかけに対し、過去にやった他のゲームなどの経験も含めた回答をくれた。
「人が多い時間帯にプレイできない、生活が不規則で人に合わせるのが難しいという理由でソロなプレイヤーもいるでござろうし、多少深夜に増える傾向はあるかもしれぬでござるが……理由は様々、とても一括りにはできぬでござるよ」
「そうだよな。単純に今のランキングにいるプレイヤーがそうってだけか」
「最終日はいつも通り日付が変わるまででござるから、前日の深夜ブーストに注意でござるな」
レーヴのことも気がかりだが、そうとばかりも言っていられないようだ。
少しでもペースを緩めると、上位に追いつくことすらままならない可能性が出てきた。
一刻も早く戦いに出たい、といった様子のユーミルを横目に今日の方針のまとめに入る。
「今日は五人と……」
俺が話し出したところで、肩に乗ったノクスが翼を広げる。
「……一羽がいるから、人の少ない日中――序盤はレイドボスの召喚アイテム集め。疲れメンバーはノクスと交代で休憩」
「うむ!」
「人が増え始める夕方辺りからは、集めたアイテムでレイドボス召喚。そんな流れで行こう」
「ノクスの氷の魔法も、無事に期間内に習得できるといいですね」
「だな。ソル・アント戦なら足を引っ張ることもないと思うが、もし狩りの速度が落ちたと思ったら言ってくれ。ユーミルのアタックランキング優先だ。いいよな? トビ」
「承知したでござるよ。いざとなれば拙者が氷の代金を出す故、その時はハインド殿。調理よろしくっ!」
「あくまでも自分で作る気はないのな……別にいいけど」
今回は料理も既に参加者が多いらしく激戦区だが、そちらは上手く隙間時間を見つけてやるしかない。
他に伝え忘れていることはなかったか……? まだイベントフィールドまでは距離が残っているが。
「あの、ハインド君。みんながやる気になっている場面で言うことじゃないと思うんだけど……」
「何です? セレーネさん」
「夕飯の準備は大丈夫? ゲームじゃなくて、現実のほうの話なんだけど」
何かと思えば、セレーネさんが心配してくれたのは家の晩御飯についてのようだ。
家の食事は俺が用意していることも知っているので、ゲームのイン時間の長さから気を回してくれたらしい。
こういう気遣いは俺の行動に慣れた他の三人からは出難いものなので、何だか嬉しくなるな。
「ああ、問題ありませんよ。仕込みを済ませてからログインしましたから」
「そっか、愚問だったかな? ハインド君だもんね」
「ところで、どうですか? セレーネさんのほうは。実家に帰ると食事の用意とか、楽ですか?」
戦闘前の軽い雑談ということで、実家に帰っているセレーネさんの近況を訊いてみた。
もちろん、答え難そうな顔をされたら即座に打ち切るつもりではあるが。
しかしそんな心配は必要なかったらしく、答えはすんなりと返ってきた。
「うん、楽だねぇ。お客様じゃないから、帰ったら帰ったで色々と手伝うこともあるんだけど……やっぱり家のご飯は美味しいよ」
自然な表情でてらいなく微笑むセレーネさんに、俺たちも影響されてほっこりとした雰囲気になる。
とても戦闘前の空気ではなくなってしまったが、最近はこういう雑談タイムが少なかったのでこれはこれで構わないような気がした。
そこでふと、セレーネさんが不安そうに自分の脇腹辺りに触れる。
「あの、私もしかして太ったかな?」
急に変わった話の風向きに、俺とトビの男性二人は答えに詰まる。
特に太ったようには見えないが、こういう時に口を挟んでいい結果が出た試しがない。
だから、ここはユーミルとリィズに任せて口を噤む。
「そうは見えませんが……むしろ血色が良くありませんか? セッちゃん」
「うむ、私の目にも太ったようには見えん。しかし、セッちゃんは普段一人暮らしでどういう食生活をしているのだ? そっちのほうが心配だぞ、私は」
「そ、そうかな? 太っていないなら安心だけど……普段の食事はね、実家から送ってくれたお野菜とか、果物ならきちんと食べているよ。簡単に調理できるようにって、切って送ってくれたりもするの」
「素敵なご実家ですね。……なら、というのは?」
「えと……自分では、その……忙しいと、買ったお弁当とかレトルトが増えてですね、そのぅ……」
「ま、まるでハインドがいなかった場合の自分を見ているようだ……いかん、いかんぞセッちゃん!」
そろそろ会話に参加してもいいかな? という目でトビが俺を見てくる。
自分で考えてくれよ、そんなの。
触れにくい話題は過ぎ去ったようだし、いいんじゃねえの?
「セレーネさん。嫌じゃなければ、今度日持ちする料理なんかをお送りしましょうか?」
「え? ……いいの? ハインド君の料理は前に現実でも食べさせてもらったし、凄く美味しかったから嬉しいけど……迷惑じゃない?」
「互いに住所は知っているのでござるし、良いのではござらんか?」
「うむ、何なら直接持って行くか! 遊びに行くついでに!」
「きちんとセッちゃんの都合も考えてくださいね。有機野菜のサラダバーがあるお店を知っていますけど、みんなで一緒に行きましょうか?」
「みんな……ありがとう。何だか、とても戦闘前の空気じゃなくなっちゃったけど……」
セレーネさんの言葉にハッとすると、いつの間にか『大砂漠デゼール』は目の前だった。
気持ちの切り替えが少し難しいが……ともかく、気合を入れ直して行くとするか。




