トップランカーとの競合
それはレイドボスとの戦いを始めて五戦目のことだった。
連戦だったこともあり、そろそろ休憩が視野に入り出した折。
戦闘序盤、ユーミルが頂上に到達しようかというタイミングで――巨大な土塊がクイーンの頭部に突き立つ。
その威力は凄まじく、弱点属性ではないにも関わらず、たったの一撃でクイーンを怯ませた。
もっとも『クイーン・ソル・アント』は土属性と火属性を併せ持つモンスターなので、弱点属性や魔法は存在しないのだが。
そんなことよりも、今はあちらが危うい。
「ユーミル!」
「――っ!?」
元々、クイーンに登るチャンスというのはそう多くない。
攻撃による怯み、クイーンの攻撃対象が増えることによる動きの予測の難しさなど、不確定要素が極力少ないタイミングを見極める必要がある。
故にプレイヤーが少ない召喚直後か、特殊ダウンから復帰する直前に低くなった頭にある程度登っておくことが重要だ。
そんな数少ない機会をユーミルは……どうにか落ちずに堪え切った。
「ふーっ……にしても、今のアース・ジャベリンは誰のだ?」
このスキルは現在のレベルカンストに加え、スキルポイントの書が複数必要な魔法のはず。
ギルド戦では何人かが使用していたが、このレイド戦で見るのは初めてだ。
「かなりの威力でしたね……いつの間にかクイーンにレジストダウンもかかっていますし、手練れのようですね」
「あっ、あのレジストダウンはリィズのじゃないのか。ええと……」
ユーミル用の『マジックアップ』の詠唱をしながら、『アースジャベリン』使用者の方向に目をやる。
上級土魔法を撃ったのは、どうやらあの眼鏡の……。
「――って、レーヴ殿ではござらんか! アルベルトの兄貴も!?」
「わざわざ戻ってきて言うことか!? お前がこっちに寄ったら――うおわっ、来た!」
後衛三人と合流してしまったトビの四人で、クイーンの激しい突進から必死に逃げる。
ユーミルは……おおっ、側面で踏ん張っている! 良く対応できたな!
クイーンが砂煙と共に俺たちの横を通り抜けたのを見送り、全員で長い息を吐く。
「トビさん……」
「に、睨まないでくださらんかリィズ殿!? つい! ついでござるよ! ごっついアースジャベリンが見えた故、つい!」
「いいから、さっさとあなたのポジションに戻りなさい! 話は戦闘後でもできるでしょう!?」
「ふっ……戦闘後に命がある保証など、どこにも――」
「……」
むしろ今すぐにでも命に危険が及びそうな迫力の睨みに、トビの表情が固まる。
まるで氷の視線だよな……砂漠の暑さも吹っ飛んだんじゃなかろうか?
そんな視線をまともに浴びたトビは、クイーンの次の攻撃が始める前にすごすごと前衛の位置へ。
「も、戻りまーす……」
という、普段演じている口調も忘れて戻っていった。
まあ、あいつの口調のブレは今に始まったことではないが。
「全く……」
「あはは……それで、どうしようかハインド君? 相手は遠距離の魔法攻撃だから……」
セレーネさんが矢を装填しながら、ラプソディとアルベルト親子のパーティを横目で見ている。
召喚アイテム集めも相応の時間がかかるので、一戦でも無駄にはしたくないところだ。
ここであちらのメインアタッカー……レーヴよりも多くダメージを取るにはあれしかない。
「できるだけ短期決戦に持ち込みますか。あちらの方が、遠距離魔法でクイーン常に頭部を狙える分――」
「長期戦に有利だね? ということは――」
「ユーミルさんが落ちた場合は、脚部を積極的に狙って特殊ダウンを狙いましょう。そうすれば、どちらでも頭部を狙える近接職と遠距離職の条件は五分……五分ならば、DPSが上の近距離アタッカーが勝ちます」
三人で素早く相談を済ませ、頷き合う。
俺はグラドタークを呼び寄せるために練習した指笛を使い、トビにこちらを向かせると……。
『支援者の杖』を一度強く縦に振り、それからそれでクイーンの脚部を指して見せる。
あいつにはこれで通じるはずだ……よし、双刀を抜いて足元に行ってくれた。
ユーミルの立ち回りに変化は生じないので、作戦伝達はこれで問題なし。
後は各々の仕事の出来次第だ。
「だあぁぁぁっ! 何なのだ、さっきからこの振動は!」
クイーンの頭頂部からこちらにまで、ユーミルのでかい声が届く。
文句を言いながらも、落ちずに乗ったまま頭部を斬りつけ続けている。
しかし、次いでレーヴから放たれた『ウォーターフォール』の魔法により足を滑らせ――。
「はえっ!?」
一瞬宙をもがいてから、綺麗に落ちた。
魔法が直接ユーミルに当たった訳ではないので、FFでないのは間違いないだろう。
そもそも頭部を狙いつつもユーミルに当たらないように配慮された、そんな攻撃だったようにすら思える。
だから、これは純粋に不運な事故ということになるか。
バフッと砂に落ち、粉塵を撒き散らしながらユーミルが起き上がる。
「ぺっぺっ!」
「おい、大丈夫かーっ!」
「大丈夫だーっ! 受け身もバッチリ!」
やや距離が遠いので、互いに叫ぶような声かけになっている。
言葉通りに即座に立ち上がったユーミルは、手近な脚部を斬りつけ始めた。
驚くべき切り替えの早さだ。
「本当に何ともなさそうですね……」
「マジで落下ダメージが段々減ってきているからな……嫌な慣れだ」
「簡単に打ち込めるアンカーとロープ……ううん、無理か。手順が増えちゃうから、攻撃に移るまでの時間が……それに、ロープで引っかかったままクイーンが暴れたら、却って……」
ユーミルの装備に不満があるのか、セレーネさんがリィズにMPポーションを使いながらぶつぶつと呟く。
次いでクロスボウを構えると、クイーンの脚部を『ブラストアロー』で的確にぶち抜いた。
「セレーネさん、諦めましょう……ずっと頭の上に乗っていられるなら考えますけど、ワイヤーアンカーを使っていたアラーニャだってクイーンの攻撃に合わせて降りていましたよ。どんな装備を使っても、踏ん張り切れない局面は出てきます」
「あ、うん、ごめん。今は目の前の戦いに集中しないとね……」
「そんな必要、あるのでしょうかね……セッちゃんが本気で戦闘したらどうなるのか、時々怖くなる時があります」
「だよな……」
「えっ?」
ながら作業でこれだけ高い精度を出されると、何も文句を言うことができない。
こちらは話ながらだとどうしても行動が遅れがちなので、会話はそこまでにして今の状況に集中する。
特殊ダウンに向けて脚を狙う俺たちに対し、レーヴはコンスタントにアタックスコアを稼ぎ出していく。
クイーンのHPの削れ具合から見て、このまま行けば最速討伐時間を更新しそうな勢いである。