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反攻の糸口

「……」

「……」


 多数のブーツを前にして、俺とセレーネさんは沈黙していた。

 やはり、触手がそのまま道となる『クラーケン』ならともかく、『クイーン・ソル・アント』にこのブーツだけで登るのは無理がある。

 かといって、例の彼のようなアンカーフックでは二番煎じだ。

 ユーミルにああいった技量の要するものを即座に扱えるかどうかも疑問である。

 いくつか案は出たが、さて……。

 俺の肩では、いつも通りノクスがゆったりと羽を広げたり首を回したりしている。


「あれ? 先輩たち、ここにいたんですか」

「おはようございます!」

「おはようございます。すみません、中々イベントに参加できなくて……」


 二人で……二人と一羽で思案していると、ヒナ鳥トリオがぞろぞろと鍛冶場に入室してきた。

 渡り鳥側で現在ログインしているのは、俺とセレーネさんだけだ。

 先にセレーネさんが反応し、座ったまま手を上げる。


「おはよう。早いね、三人とも」

「おはようさん。どうしたの? こんな時間に。ユーミルは当然のようにまだ寝ているけど」

「それを知っているってことは、また先輩の家にいるんですね。ユーミル先輩は」

「私たちは、朝の内に少しでも召喚アイテムを稼いでおこうかと……」

「三人でも安全な、外縁部で戦いに行こうと思っていました!」


 なるほど、それはとてもありがたい申し出だ。

 しかし、外縁部で戦うときたか……。

 横目でセレーネさんの様子を窺うと、俺と同じように何か言いたげな目をしている。


「君ら三人なら、かなり中央部寄りでも大丈夫だと思うけど」

「うんうん、そうだよね。私もそう思う」

「そう……でしょうか?」

「パーティバランスも良い、職の理解度も上がってきた。そして何よりも……始めから変わらず、連携が良い。もっと自信を持っていいと思うよ」


 俺の言葉に、サイネリアちゃんとリコリスちゃんが照れたように互いをつつき合う。

 何だそのやり取り……見ているこっちがくすぐったいわ。

 そんな中でも動じないシエスタちゃんは、手の平からマーネを降ろして作業台の上に並んだブーツに目を止めた。


「先輩、これってクラーケンの時のやつです?」

「察しが良いね。その改良版なんだけど……」

「今一つ、上手くユーミルさんがクイーンに登るイメージが湧いてこないんだよね。これだけだと……」

「そもそも、クイーンに登る必要ってあるんですか? よく分からないんですけど、普通に攻めたんじゃ駄目なんです?」


 リコリスちゃんの疑問に、俺はどこから説明したものかと一瞬考える。

 こういう場合、基礎の基礎から順を追って説明した方が理解の助けになるだろうな。

 と、いうことで……。


「リコリスちゃんは、DPSっていうのは把握している?」

「ええと、ええと……それが高いと攻撃が強い……んですよね?」

「あやふやな理解なんだね、リコ……」

「まー、急にリコがゲーム用語を正確に語り出したら怖いけどね。誰? ってなるし」

「悪かったね、シーちゃんの期待通りの私で! もー!」


 そこで一度会話を切り、セレーネさんへと視線を流す。

 説明を手伝ってください、という意図を込めたそれを受け取ってくれたのか……。

 眼鏡の位置を少し直してから、セレーネさんが口を開く。


「DPSっていうのは、一秒間辺りのダメージの値のことを指すんだけど……近接職は、遠距離職よりもこれが全体的に高めに設定されているんだ」

「へー! ……あれ? そしたら、遠距離のアタッカーは近距離職よりも不利ってことですか?」

「ところがそうはならない。遠距離攻撃は近距離攻撃に比べて圧倒的に敵を狙える機会が多いから……」

「安定してダメージが取れるということになりますよね。特にレイドのような敵の攻撃力が高く、事故による戦闘不能状態の発生率が多い戦闘だと、遠距離のアタッカーの方が安定すると」

「アルベルトのおっちゃん以外は遠距離職が多いですもんね、ランキング。一部の例外を除いて、まんま数字に表れてるよ。リコ」


 最後はサイネリアちゃんとシエスタちゃんが纏めてくれた。

 それを聞いたリコリスちゃんは感心したように口を開けているが……今のは話の前提であって、本題はここから。


「そんな訳で、ハイリスクハイリターンな近接アタッカーであるユーミルのリターンを更に増加させよう! というのがこの装備になるんだけど」

「ブーツだけじゃきっと登れない。でも、ユーミルさんは複雑な装備が苦手……だから悩んでいるの」

「なるほどぉ……」


 疑問への解説と現状の説明は済んだが、結局悩んでいるのは人数が五人と二羽に増えただけだ。

 しかし十秒ほど経った時、リコリスちゃんが小さく手を上げる。


「あのぉ、だったらユーミル先輩の運動能力を活かす方向でどうでしょう?」

「例えば?」

「何かこう、シンプルに力押しでいいような気がします! 上手く言えないんですけど……」

「リコ、それはさすがに――」

「「あ、なんかイメージが浮かんできた」」

「「「えっ!?」」」


 俺とセレーネさんが同時に発した言葉に、ヒナ鳥三人が綺麗に疑問の言葉をハモらせる。


「アレですよね、セレーネさん。何かこう、全力で叫びながら手足を駆使して――」

「そう、それそれ! これならシンプルだし、ユーミルさんの運動能力を活かせるよ!」

「折角ですから、それそのものがダメージにもなるようにしちまいましょう」

「いいね。武器を作る要領でいいはずだから、何とかなりそう。武器は背負ってもらう?」

「そうしましょう。鞘……いや、ベルトでいいか?」


 そして二人の間で交わされる、指示語と暗黙の了解が混ざった会話。

 ヒナ鳥たちは、それに目を白黒させ……。


「……よく分からないけど、役に立てたんならいっか!」

「リコは本当、ポジティブだよね……」

「とりあえず、どうする? 私たちはこのままイベントフィールドに出よっか? 折角だから、先輩たちも誘おうと思っていたけど……」

「あ、俺たちも一緒に行くよ。行きますよね? セレーネさん」

「うん。作るものが決まれば、後はすぐだから。やっとトンネルから抜け出した感じで気分がいいね。行こう行こう」


 その場の五人で、ノクスとマーネに餌を与えてからフィールドへ。

 どうにか今回も、ユーミルをまともに勝負させてやれる体勢が整いそうだ。

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