観戦席と生産ギルドの動き
「……ああ、よかった……本当によかったですわ!」
「さっきからヘルシャは、そればっかりだなぁ」
「だって、だって! わたくし、自分が前に出る何倍も緊張いたしましたわ! ふー……」
ヘルシャが胸に手を当てて、少し長めに息を吐く。
俺たちはそれを苦笑しつつ眺めた。
とはいえ、他のみんなもヘルシャと同じような心境なのだが。
「ところで、この後の予定を聞いていませんでしたわね?」
「サイネリアが他のプレイヤーの馬を見たいと言っていたぞ。だからこのまま品評会、予選レースと観戦を続け――薄っ! 何だこれは、イメージと違う!」
ズビーッとマール産のココナッツジュースをストローで吸ったユーミルが、顔をしかめながら答えた。
ストローは本来の意味である麦わらを使ったもので、マールの生産ギルドが売っていた商品である。
ヘルシャと違い、こちらはすっかり観戦モードでリラックス中。
「味、薄いのでござるか? 買わなくてよかった」
「うむ、不味くはないが薄甘い程度だぞ。てっきりもっと甘いものだとばかり」
「ココナッツだなんて、夏らしい商品ではあるがな。今回は闘技大会以上に生産ギルドの動きが活発だな」
食材や料理を扱うギルドにとっては、晴れ舞台と言えるかもしれない。
知名度を上げるチャンスでもあると同時に、大事な稼ぎ時でもある。
満腹度にはまだ余裕があるが……。
「俺も何か買ってみるかな」
「あ、先輩。私も何か飲み物が欲しいです」
「拙者も何か飲みたくなってきた……ポップコーンはないのでござるか? ポップコーン! ハインド殿!」
「自分たちで行けよ……何がいいんだ、飲み物は?」
「文句を言いつつも買いに行ってくれる先輩素敵!」
「はいはい」
「私も行きます、ハインドさん」
周囲の雰囲気に触発されて、リィズと一緒に買い出しに行くことに。
結構、他のプレイヤーも色々買って――あそこなんて、もう酒盛り状態じゃないか。
しかもおっさん集団という訳でもなく、女性オンリー。
それを横目に、近くを通る売り子を捉まえながら適当に食べ物や飲み物を買って帰還。
結局それほど遠くまで行く必要がなかった……それだけ売り子が多いということなのだが。
「サイダー売ってたぞ、サイダー」
「サイダー!?」
「TBでサイダーって、どうやって作るんですか!?」
「現実と同じように、ガス注入かもしくは重曹とクエン酸でできるんだろうけど……これはそういうのとは違うって言っていたよな? リィズ」
ユーミルとリコリスちゃんにサイダーを渡しながら、俺は隣で同じように飲み物を配るリィズに目を向けた。
トビは緑茶、シエスタちゃんはいちご牛乳、ヘルシャは紅茶と割といつも通りなチョイスである。
他のメンバーは何でもいいとのことで、このサイダーだったりお茶だったり。
インベントリがあれば全て持ち切れるのは、現実にはない利点だ。
リィズが手を止め、一瞬だけ記憶を探るような顔をしてから口を開く。
「ルストに湧いている、天然の炭酸水に砂糖を混ぜていると言っていましたね」
「炭酸って自然に湧くものなのか……」
「さっき一口飲んでみたけど美味しかったぞ、天然炭酸水。口当たりがなめらかで」
「飲みます! いただきます!」
「あ、私もほしいかな」
セレーネさんもサイダーと……。
これを売っていたプレイヤーの所属ギルド、何て名前だったっけな?
どこかで見たような気がするので、もしかしたら有名な生産ギルドかもしれない。
「ハインド殿、ポップコーンは!?」
「どうしてお前はそんなにポップコーンに拘ってるわけ? 売ってなかったけど……」
「そうでござるかぁ……はて? けど、ということは?」
「ああ。ないんだったら――」
「……ええと、これは一体?」
一旦場所を移した俺たちは、帝都の共同炊事場でサイネリアちゃんを待っていた。
深鍋の中で、炒ったトウモロコシがパチンと爆ぜる。
使っている深鍋は全部で三つほどで、それぞれフレーバーが違うといった形だ。
顔を上げると、困惑した様子のサイネリアちゃんがこちらを見ている。
「――サイネリアちゃん。トビがポップコーンを食べたいって言うから、作っているんだけど……」
「あ、サイちゃん戻ってきた! おかえりー!」
リコリスちゃんの大きな声で気が付いたのか、口々にサイネリアちゃんに声をかける。
それに対し、サイネリアちゃんは只今戻りましたと笑顔で応じた。
「よし、カラメルソースができた! 今度はこれを使ってキャラメル味に――ぬわっ!?」
「キャッ!?」
「す、すまないサイネリア! 熱くなかったか!?」
「だ、大丈夫です!」
ユーミルがカラメルソースをかけた直後、まだ膨らんでいなかったトウモロコシが跳ねる。
サイネリアちゃんは顔に飛んできたそれを手でキャッチすると、少し迷った後に口に入れた。
「あ、美味しい……そういえば、少し前にポップ種のトウモロコシを作りましたよね」
「うん。元々、その内ポップコーンを作ろうと思ってインベントリに忍ばせておいたんだけど」
だからトビの要求は渡りに船だった訳だ。
もっとも、ここまで大々的に作ることになるとは思っていなかったが。
幸いポップ種のトウモロコシは多めにスタックしてあったので、量に関しては問題ない。
「みんな、作るのを楽しみ始めちゃって。折角だから、売る分まで作ろうかと――」
「師匠、フルーツって合うと思いますか? いちごとかのベリー系なんですけど」
「酸味がきついようなら、チョコレートと合わせてみたらいいんじゃないか?」
「ハインド殿、前に固形コンソメを作っていたでござろう? 今って、持っていたりしない? 塩味が終わったら、その鍋で是非コンソメ味を!」
「コンソメ……固形ブイヨン? 頻繁に使う調味料だから、入ってはいるが。そんなに量は作れないからな?」
――と、サイネリアちゃんが所在なく佇んでしまっているな。こりゃいかん。
タイミングを計っていたかのように鍋の管理の交代を申し出るリィズに後を任せ、品評会を終えたサイネリアちゃんを出迎える。
「ひとまず、品評会お疲れ様。サイネリアちゃん」
「お疲れさまだ!」
「あ、ありがとうございます。本番のレースはこれからですが、一つ終わって少し気が楽になりました」
「それは何より。ごめんね、サイネリアちゃんが頑張っている横でこんな……」
「いえ、むしろいつも通りの光景といいますか。この雰囲気がとても落ち着きます」
それは本心からの言葉のようで、目を細めてサイネリアちゃんが騒がしい光景に微笑む。
ふと、その横合いからコップに満載されたポップコーンが差し出される。
「サイ、塩バター味食べる?」
「あ、ありがとシー……随分沢山作ったね。このコップ、洋紙?」
「そ。洋紙を折って作ったの、先輩が。器用だよねえ」
「サイネリアさん、ミルクティフレーバーのポップコーンもありますわよ!」
「種類も多い!? あ、ありがとうございます、ヘルシャさん」
その後はサイネリアちゃんも加わり、沢山のポップコーンを調理。
温かい状態でそれらをインベントリにしまい、俺たちは競馬場へと戻っていったのだった。