別荘滞在終盤とイベント詳細発表
丸い二つの視界の中で、美しい青が大写しになる。
……うーん、ちょっとズームし過ぎたな。
覗き込んだまま比率を調整すると、背中の青色から離れて全体像が見えた。
「おおー……思ったよりも小さい。あれが――」
「カワセミですね。羽を広げると、背中のコバルトブルーが一層美しく見えますよ」
「わっち、俺にも! 俺にも見せて!」
「うん、今まさにお前の大声で飛んで行ったが。それでも良ければ双眼鏡どうぞ」
「ぬあっ……しまった」
「静さんの言う通り、綺麗な飛び姿だったぞ」
少し重たくも性能の良い双眼鏡を下ろすと、秀平が渋い顔で口元を抑えていた。
その姿がやや気の毒に思えたので、俺はカメラを構えて同方向を見ていた司に声をかける。
「司、今の撮れたか?」
「撮れました。見ますか? 秀平さん」
「見る見る! やー、思っていたよりもバードウォッチングって楽しいね!」
「静さんがやり方を教えてくれたからだけどな。かなり詳しいですよね、静さん」
俺たちは全員で、別荘地近くの森でバードウォッチングをしていた。
今のカワセミは、静さんが真っ先に発見して教えてくれたものである。
最近では街中でも池の近くなどにいることがあるそうだ。
「ところで亘様、どうして急にバードウォッチングなど……?」
「そりゃあ、あれっしょわっち。ずばりTBでノクスとかマーネを育て始めたからでしょ?」
「当たり。鳥って結構可愛いな、と思いまして。それで、折角色々な鳥に出会えそうな場所にいる内に見ておきたいなと」
「なるほど。でしたら、もっと森や山にしかいないような鳥を探しましょうか。コマドリ、キビタキ、オオルリなどはこの付近でよく見かけます」
オオルリは、今見たばかりのカワセミよりも更に濃い青色の鳥だったか。
キビタキは……ちょっと分からないな。
コマドリも名前はよく聞くが、どんな鳥かと問われて即答できるほどではない。
その程度の俺の鳥知識である。
「そうですね。おーい、そっちの女性陣も移動だ、移動!」
視界の先、見える範囲で少し離れた位置にいた女性陣四人を呼び寄せる。
未祐とマリーが遠くに行き過ぎないよう、理世と和紗さんが抑える形だ。
ちなみに見えないほど遠くまで行きそうになると、マリーを静さんと司が。
未祐を俺が全速力で止めに入ることになる……のだが、あの二人がいれば大丈夫だ。
「おっ……静さん、あれは……?」
声量を調整し、逃げられないように静さんに言葉をかける。
俺は小さな鳥がレモンイエローの鳥がくちばしで枝を突いている姿を指差した。
それに秀平と司もそちらを見上げる。
「マーネに似てない?」
「あれはノジコですね。羽は茶と黒のまだら模様となっています。ここか見えるお腹側の範囲では、確かにカナリアに少し似ていますね」
「司、あれも撮ってくれ。ヒナ鳥の三人に後で写真を送ろう」
「あ、そうですね。では……」
司がカメラを構えて写真を数枚撮ると、やがてノジコは木から木へと飛び移っていった。
他には静さんが挙げた鳥も見つかり、足元にヤブサメという鳥がいたりと充実したバードウォッチングとなった。
最後に運よく見つけたのは、夜に見ることの多いこの鳥。
規則正しくホッ、ホゥと二回ずつ鳴くそいつは――
「アオバズクだ。丸っこくて可愛いな……」
「ご存知でしたか。ノクスと同じフクロウですものね」
「本当に可愛いですねえ」
「そうだなあ……それより理世、音もなく隣に立たれるとドキッとするんだが」
気が付くと理世が隣で、木の上を見上げていた。
和沙さんも同じように樹上を見ながら、こんなことを呟く。
「そういえばノクスって、どの種類のフクロウに成長するんだろうね?」
「それがよく分からんのですよね。メンフクロウ系ではないと思うんですが……」
フクロウにも色々な種類があるからな。
一般的なイメージのものから耳のような羽角のあるミミズク、コノハズクなどなど……。
ノクスも徐々に羽毛が伸び、もこもこしているものの今一つはっきりとしない。
その時、力強い足音が二人分響く。
「亘、亘! クワガタ捕まえた!」
「わたくしはカブトムシですわ!」
「お前ら何やってんの……?」
「未祐っちもマリーっちも、まんま夏休みの小学生男子じゃん……そのまま虫相撲でもさせる?」
「おおっ、それは良い考えだ! やるか、ドリル!」
「望むところですわ!」
何ともまあ、とことんバードウォッチングには向いていない二人である。
騒ぐからアオバズクも逃げちゃったし……まあ、司が無事に写真に収めてはくれたが。
バードウォッチングを終えた午後、俺たちは別荘の大広間に集まってTBの公式サイトをチェックしていた。
今日は競馬と品評会の具体的な仕様発表の日である。
それを見たところ……。
「ふむ。見た感じ障害物競走なのか?」
「いや、ページをめくると普通の周回コースも表示されるぞ。説明を見ると複合競技っぽいな、どうも」
「コースは連続ではないのだな?」
「連続ではないな。障害物競争部門と、平地競争部門の別々に分かれているな。ただし現実と違って両方の競技に参加必須みたいだから、結構ハードだ」
未祐と話しながらスマートフォンを操作し、イベント詳細を確認していく。
確か現実では、基本的にそれぞれ別の馬が出場する競技だったはず。
競走馬から転向する場合もあったそうだが、両方を同時にこなすというのは聞いたことがない。
馬にとっても、騎手にとっても非常にハードである。
続いて秀平がタブレットを操作して、画面を見せながら補足していく。
「障害物と平地とで、それぞれ部門別優勝はあるっぽいけど総合優勝に比べると報酬がびみょいね。それと、品評会の項目が思ったよりも細かくない?」
「毛色によって分かれているのか? 確かにこりゃ細かい。審査項目も、馬体はいいとして引き馬に駐立……駐立って何だっけ? 理世」
「馬をゲート内など、決められた位置で静止させること……だったかと」
「おお、割とガチの品評会っぽい……」
秀平がそんな言葉で締めくくり、イベント詳細の確認は終了した。
ここからは、これを受けてどうするかだが。
和紗さんが何か思いついた様子で小さく手を挙げた。
「亘君。私たちで障害物の模造品、作ってみない?」
「え、それってつまり――」
「うん。サイネリアちゃんとあの仔馬のために、コースを作ってみない? って提案になるかな。幸い、コースの画像も色々な角度からサイトにアップされているから」
「おおっ!」
話が急に大きくなったことに興奮し、未祐が前のめりになる。
そうだな……幸い農業区の土地はまだ空いている箇所があるし、場所の問題はない。
フルサイズで再現できるかどうかは分からないが、上手く行けばぶっつけ本番になってしまう他のプレイヤーよりもずっと有利になる。
「面白――」
「面白そうですわね! わたくしたちも協力いたしますわよ!」
「おおい!? 思いっ切り台詞が被ってるじゃねえか、マリー!」
「あら、これは失礼いたしましたわ。ですが、もちろんやるのでしょう? 亘」
マリーの言葉を受けて、俺はギルドマスターである未祐の方へと視線を向けた。
すると「当たり前だろう!? やるやる!」と言わんばかりに何度も頷かれたので……。
「やってみっか。コースの再現」
そんな形で、当面の方針が決まったのだった。




