次世代馬と育成目標
馬の育成・サイネリアちゃんの技術向上と双方が順調に進みだして数日。
別荘での過ごし方もややまったりモードとなった午後のこと。
TB内では、遂にレース本番に挑むための次世代馬が誕生しようとしていた。
農業区内、厩舎に併設された一室の前で俺たちはその時を待っている。
「来ましたよ!」
一早く気が付いたのはリコリスちゃんだ。
以前にも触れた通り、馬は雌雄をペアにしてその一室に入れるだけで仔馬が生まれるドリーム仕様。
父馬となった選りすぐりの砂漠馬、そして薄墨毛との間に並ぶようにして仔馬が現れる。
生まれ立てとは思えないほどしゃっきりしているのもゲーム的。
「おー、優しい体色の馬になったな。クリーム色みたいな」
「四肢が黒いのは薄墨毛と一緒か。外見的特徴はバランスよく継いだみたいだ」
ユーミルとそんな感想を言い合う。
そこまでは良かったのだが……。
二頭の馬の間にいた仔馬が、急に駆け出して――。
「わわっ、何です!? 何ですか!?」
ヒナ鳥たちの周りをぐるぐる回りながら頭で押してくる仔馬。
リコリスちゃんがそれに悲鳴を上げる。
「先輩、これって母馬の暴れん坊な性格も引き継いだんじゃ……?」
「ええっ!? また抑え付けながら馬具を付けるのでござるか!?」
「あまりやりたくないですよね……お馬さんが可哀想ですし、ボクらも痛いですから」
「ふむ、父馬に似ればもっと穏やかな――ぬおっ、こっちにも来た!?」
確かに。
馬体が傷付く恐れもあるし、信頼関係を築く上でも喜ばしくない。
「どうだろう……どう思う? サイネリアちゃん、ヘルシャ」
「う、うーん……成長してから性格が変わる子もいますから、まだ何とも……」
仔馬は頭で押してみて、よりリアクションが大きかったリコリスちゃんやユーミル辺りに盛んに同じ行動を繰り返している。
それを見たヘルシャは、顎に当てた人差し指を離すとこう言った。
「……この子、遊んでほしいだけではなくって?」
「え?」
みんなで改めて仔馬を見ると、逃げ回るユーミルとリコリスちゃんを仔馬は元気に追いかけ回し……。
追いつくと、また同じように全然痛くない頭突きをくりだすのだった。
ああ、そうかも……。
結果的に仔馬の性格はやんちゃではあるものの人懐っこく、単に好奇心旺盛なだけであることが分かった。
とはいえまだまだ乗って成長させられるような段階ではなく、今は交代で遊んでやりながら農業区内で放牧している。
疲れたのか、今は仔馬も足を折り畳んで俺たちの傍で休憩している。
「一時はどうなることかと思ったけど……」
「上手く両親の性格を継ぎましたね。ああ……なんて和む光景……」
俺に続いて陶然としたような様子で言葉を続けたのは静さんである。
仔馬の背中で、ノクスとマーネがちょこちょこと遊んでいる姿にうっとりとしている。
顔付近に来ても仔馬は振り払ったりはせず、鼻を近づけたりそのまま触ったり。
これはむしろ大物の予感……。
「確か、すぐに大きくなるのでしたよね? ハインドさん」
「ああ。大体一日で大きくなっちゃうから、TBでは仔馬の時期って結構レアなんだよ。ここにいるメンバーも、仔馬を見るのが初めてって人はいるだろう?」
リィズの問いに俺がそう答えると、何人かが同意を示して手を上げて見せる。
野生馬を用いているヘルシャたちは言うまでもなく、レアだという俺の言葉にスクショを撮り始めた。
「ああっ、もう動き出してしまいましたわ。残念……」
「むっ、では次は私たちが一緒に遊んでくるか。行くぞ、リコリス!」
「はいっ、ユーミル先輩!」
仔馬を追いかけて二人が牧草地を走って行く。
それを見たワルターが感心しなように小さく吐息を漏らす。
「元気がいいですね……仔馬さんも、お二人も。ところで師匠、サイネリアさん。最終的な能力値というか目標って、何か設定しているのですか?」
俺とサイネリアちゃんは、その問いに顔を見合わせて沈黙した。
そういえば、特に何も決めていなかったな……ベストを尽くすつもりではあるが、明確な目標があったほうが良いのは当然だろう。
「何かあった方がいいだろうけど……トビ、他のプレイヤーの様子はどうだった?」
「そうでござるなぁ……拙者の調べによると、現時点でサーラ内に敵はいないでござるが」
「随分はっきりと言っちゃうんだね。でも、考えてみたら急に生産ギルドは生えてこないか……」
セレーネさんが言うように、戦闘系ギルドはソロで強かったりしたプレイヤーが集まって急に出来上がることがあるが、生産ギルドはそうもいかない。
強い生産系ギルドがないということは、必然的に野生馬か買った馬が限界ということになる。
トビが頷いて話を続ける。
「寂しいけれど、事実でござるからなぁ。それよりも、ルストで弦月殿がグラドターク――ほどではないが、駿馬よりも大きな馬に乗っていたとの噂が」
「本当ですか!?」
トビの言葉に食いついたのは、言うまでもなくサイネリアちゃんである。
その勢いにトビが押されながらも頷くと、急に目が覚めたような――言い換えるなら、目の色が変わった。
「駿馬と比べて明らかに馬体が立派なら、もう名馬に到達したと考えた方がいいですよね? ハインド先輩」
「そうかもしれないね……」
TBの馬はランクによって、見た目にもステータスにも大きく差が出るのだ。
それは名馬であるグラドタークを見ていれば明らかで……。
俺の肩へと戻ってきたノクスも、一緒になって頭を捻った。
考え込む俺たちの様子を見て、リィズが問いかける。
「名馬と駿馬のランク差というのは、決して覆らないものなのですか? 能力値的にはどうなのです?」
「いや、馬にもコンデションってもんがある。駿馬が名馬に勝つということもあり得なくはないと思うが……」
「ですが、決して覆らない実力差というのもありますから」
「そうだね。相手が名馬だと仮定するなら、最低でも駿馬の中で最高ランク……名馬の手前くらいまで行っていないと勝負にならないと思う。ただ、これもステータスの数値を見ただけの、あくまで予想に過ぎないから」
実際にレースになれば他の馬との位置取り争いだったり、路面と脚質との相性だったりと純粋な能力以外にも様々な要素が絡んでくることだろう。
そこで俺が言葉を切ると、サイネリアちゃんがこう纏めた。
「結局は、強くて丈夫な子を育てるしかないですよね?」
「ああ。後はサイネリアちゃんと育てた馬次第だからね。ただ、具体的な育成目標として――」
「名馬を目指しましょう! ……私も仔馬と遊んできます!」
「わたくしたちも参りますわ! ワルター、カーム!」
「えー……じゃあ私たちも行くかぁ、マーネ……」
決意表明の勢いのままに、サイネリアちゃんが立ち上がって駆け出していく。
それに触発されたのか、ヘルシャも縦ロールを揺らしながらそれを追いかけていった。
従者二人がそれに追従し、更には渋々とシエスタちゃんもマーネを抱えて重い腰を上げる。
「……俺たちも行きますか」
「ふふっ、そうだね。ところでハインド君、あの仔馬に名前は付けてあげなくていいの?」
「あー、レース登録に必要でござったよな? 馬の名前」
残った四人も話をしながら、草原からゆっくりと立って歩き出す。
「今までは世代交代の間隔が狭すぎて、付けなかったからな……今回ばかりは必要か」
「では、サイネリアさんにお任せしますか? ハインドさん」
「うん。それが一番だろう、きっと」
俺の心の動きを読んだかのようなリィズの言葉に頷き、小さく鳴いたノクスの首元を人差し指で撫でる。
視線の先では、仔馬とユーミルたちが元気に駆け回っていた。