シエスタと止まり木のお年寄りたち
「では、ハインド殿。拙者は収穫物を拾ったら少し町で情報収集してくるでござるよ」
「ああ、程々にして切り上げてくれ。こっちももうちょっとしたらログアウトする」
トビと言葉を交わし、去ったのを見届けたその時。
「先輩せんぱーい」
「ハインド先輩ー!」
「どうしたんだ? 二人とも。もうみんなログアウトしちゃったけど」
シエスタちゃんとリコリスちゃんが声をかけてきた。
サイネリアちゃんはまだ薄墨毛を走らせているようだが……まあ、落馬の心配はなくなったので付いている必要もないか。
他の渡り鳥のメンバーはついさっきログアウトしたところで、シリウス三人はサーラを訪れたギルドメンバーと共に小一時間ほど前にダンジョンへと向かった。
今夜は昼間の疲労もあり、短めのログインで切り上げる方針になった訳だが……。
まだ厩舎に残っていた俺は、メニュー画面を閉じて二人に向き直る。
「みなさんが乗馬の経験をサイちゃんに教えたりしてくれたのに――」
「私たちだけ役に立ってない感満載っすわー。どうにかなりません?」
「どうにかったって……あ、そうだ」
「何かあるんですか!?」
俺がとある要望を思い出すと、リコリスちゃんが目を輝かせてにじり寄ってくる。
その、リコリスちゃん……近い。
くりっと全体的に丸っこい顔のパーツが至近距離に見える。
「馬に与えている餌の質をもっと上げられないかって、サイネリアちゃんが」
のけぞりながらそう応じると、リコリスちゃんが前のめりの体勢を戻して唸る。
これは具体的に何をすればいいのか分からない、という顔だな。
代わりにシエスタちゃんが眠そうな顔のまま小さく手を上げた。
「今の餌って先輩とサイが一緒に考えたんですよね?」
「ああ。他のゲームみたいに餌の最適案が固まっていないから、現実の餌――飼料を参考に色々ね。でも、正直ちょっと行き詰まりを感じるかな……」
競走馬のものを参考に、栄養バランスを考えて色々な食品を混ぜた飼料を食べさせている。
しかし、特に食欲がない時の飼料……それがどうも、何を選んでも上手く行かなかったり。
農場や厩舎によって飼料の配合が違うらしいことは分かるのだが、具体的なことまでは調べられないので探り探りになってしまっている。
「そういう時こそあれっしょー、先輩」
「あれ?」
「折角提携ギルドっていう力強い味方ができたんですから、止まり木に協力を仰ぎましょうぜー」
「ああっ、それいい! それいいよシーちゃん!」
「言われてみれば……早くも彼ら、俺たちが栽培したことがない作物の栽培を始めているし」
「それに、年寄りも多いですんで。知恵袋的なものに期待しましょうよ」
「うん、一々もっとも。じゃあ、早速――と思ったんだけど、パストラルさんはともかく、みんなまだ起きているかな? 寝てない?」
「「そこが問題ですよねー」」
俺たちだってそこまで深夜までプレイしている訳ではないが、この前のようなこともある。
リストでイン中であることを確認してから、急いで農業区内を移動すると……。
果たして、今日はバウアーさんとエルンテさんがまだログインしていた。
「おお、渡り鳥のみなさん。本日はいかがなさいましたかな?」
「あらあら、いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
「こんばんは、みなさん!」
「バウアーさん、エルンテさんにパストラルさん。お久しぶりです。実は……」
事情を話すと、馬に詳しいというメンバーをバウアーさんが呼んでくれるそうだ。
それにしても、止まり木はまた人数が増えているようで何より。
そのメンバーも年寄りと……あと、孫らしき幼いプレイヤーが少々。
小学生らしきプレイヤーが老人たちの後ろに隠れてこちらの様子を窺っている。
俺たちの視線を感じ取ったのか、バウアーさんが呵々(かか)と笑う。
「これでは止まり木といっても枯れ木ですかな? アッハッハッハ!」
「「「わはははは!」」」
「いや、その……ハハハ……」
声を揃えて笑う年寄りたちに、俺は愛想笑いで応えた。
どう返せば正解なんだよ……。
「枯れ木と新芽ですかねー、正確には」
「こら、シーちゃん!」
「えー、悪口のつもりはないよ? 枯れ木は枯れ木で、渋くて格好いいじゃん」
シエスタちゃんの歯に衣着せぬ物言いに、バウアーさんを始め止まり木の方々は呆気に取られた後……。
先程よりも大きな声で一斉に笑い出した。
「気に入った! 嬢ちゃん、正直者!」
「若者はそれくらいで結構ですとも。遠慮が見えると年寄りとしても寂しいですからなぁ」
「何でも訊きなよ! 馬の飼料だったね? おばちゃん昔飼育員やってたから、詳しいのよ」
気が付くと、バウアーさんが呼んでくれたプレイヤーが積極的に手助けしてくれる態度を取っていた。
それにシエスタちゃんはゆるっとした笑顔で答える。
「ありがとうございますー。ついでに馬の飼料に使う食材も売ってくださいなー」
「あらやだ、そんなのタダで持って行きなさい! タダで!」
「――あ、駄目ですってさすがに! ゲーム的なマナーもあるんですから、タダは! まだまだ私たちには資金が……」
パストラルさんが慌てて止めに入る。
提携ギルドといってもタダで生産ギルド側から物を提供してもらえる訳ではなく、買い取ったり交換条件として戦闘エリアのものを取ってきたりと互いに与え合う関係でなければならない。
安く譲ってもらったり、時には無償でのやり取りもありと言えばありなのだろうが……基本的にはそうなっている。
しかも止まり木はまだまだ立ち上げたばかりで資金がないので、当然タダという訳にはいかない。
それをパストラルさんに告げると、安心したように息を吐いた。
「すみません……もうちょっと余裕ができれば、そういう気前の良いこともできるのでしょうけれど。力なき我が身が憎い……あ、じゃなくって! すみません、まだまだ小さい生産ギルドで」
「大丈夫です、分かっていますよ。しかし、なんとまあシエスタちゃんは甘え上手な……」
「若干我儘なくらいの方が、年上の人は喜ぶってシーちゃん前に言ってました……」
「そ、そうなんですか? 何という小悪魔っぷり……私にはとても真似できません」
俺たちは老人たちに囲まれるシエスタちゃんを見ながら、そんな会話を交わしていると……。
横合いから、湯気の立つカップを乗せたお盆を持ってエルンテさんが現れた。
「はーい、お茶をどうぞー」
「あ、ええと、ありがとうございます。もうお茶も収穫できましたか……早いな」
「あ、ありがとうございます! この湯飲みも手作りですか? 凄い!」
「そうなんですよぉ。お茶っ葉は私の、湯飲みは主人の作で……」
「おばあちゃん……」
あまりにマイペースなエルンテさんの態度に、パストラルさんが額に手を当てる。
彼女が淹れてくれたお茶は緑茶で、ほっこりと癒される味だった。
最終的にシエスタちゃんがその元飼育員だというおばちゃんから、馬の体調に合わせた飼料の詳細なレシピを。
そしてレシピに含まれる食材のいくつかを止まり木から購入し、俺たちは厩舎へと戻った。