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サイネリアと八人の先生

 過密日程だった乗馬体験と桃狩りを終え、俺はゲームのログイン前に大広間へと足を運んでいた。

 最初は自転車練習のお礼ということで、静さんと話をしていたのだが……。

 ついつい長話になり、部屋に戻ってこない静さんを捜しに理世と和紗さんが。

 続いて未祐とマリーが合流し、賑やかな雑談タイムとなった。

 まだヒナ鳥たちがログインする予定時間までは間がある。

 みんなで今日の出来事などを振り返る中、和紗さんが静さんへと視線を向けた。


「そうだ、静さん。足は痛くないですか?」

「問題ないとは思いますが……確かに少し張りがあるかもしれませんね」

「自転車を漕ぐ時に使う筋肉は独特だといいます。ですから……」


 理世がそこで俺へと何かを訊きたそうな顔をする。

 ――ああ、そういうこと。


「やってあげたらいいんじゃないか?」

「そうですね。では、静さん。足を出してください」

「え? あの……」

「マッサージをしましょう」


 理世が静さんの隣の席に移動し、手を閉じたり開いたりしてみせる。

 困惑した表情の静さんの様子に、俺は一言添えることに。


「理世はマッサージ上手ですよ。非力ではありますけど……俺もたまにやってもらっています」

「そういうことではなくてですね。メイドである私が、お客様である理世様にそんな――いたぁい!」


 半ば強引に理世が静さん――メイド服ではなくズボンタイプの部屋着――の足を取ると、ふくらはぎを浅く押し込む。

 その程度の刺激でも、静さんは普段の平静な態度からは考えられないような声を上げた。


「滅茶苦茶足に来てますわ!? 静、大人しくマッサージしていただきなさい。そんな状態では、明日動けなくなりますわよ?」

「いえ、お嬢様。ですから――っ!?」

「あ、痛かったですか? それにしても、ほとんど力を入れていませんよ? 筋に沿って撫でる程度で」

「それは……かなり疲れているみたいだね。私たちもちょっと疲れたけれど、静さんは最近になって初めてまともに自転車に乗った訳だから。私たちの比じゃないね」


 そんな和紗さんの言葉に、未祐は静さんのもう片方の足に目を向けた。

 それからそのまま視線を俺の顔へと移動させる。


「待て、同時はやめてやれよ?」

「よく私が考えていることが分かったな! 亘は静にマッサージ、してやらないのか?」

「俺がやったら色々とまずいだろうが……お前や理世にやってやるのとは違うんだぞ?」


 異性の体にそう気安く触るものじゃないだろう。

 こいつの場合は生徒会の用事などが重なった時に、肩が凝ったと俺に訴えてくることがある。

 放っておくと適度に運動をするので、滅多にないことだが。

 逆に理世の場合は放ってくといつまでも座ったまま勉強なり調べ物に集中してしまうので、注意が必要だ。

 そんな俺たちの会話を聞いていたマリーが悪戯な表情を浮かべる。


「それは良い考えですわね……静、もう片足はわたくしがマッサージして差し上げますわ!」

「お嬢様!?」

「わたくしに黙って自転車の練習をしていた罰ですわ! きっつーいのをお見舞いして差し上げますから、覚悟なさい!」

「え、え!? そんな、ご無体な――ッッ!?」


 大広間に苦悶の声が響き渡った。

 そしてそこに、暢気な顔をした司と秋川さんが扉を開いて現れる。


「みなさま、桃のジェラートはいかがですか?」

「秋川さんが先程、採れたての桃で作ってくださいましたよ……って、静さん!?」

「あら、ツカサ、アキカワ」

「お、お嬢様!? これは一体……?」

「そんなことよりも、みなさまにジェラートをお配りして。こちらは気にしなくて大丈夫ですわ」

「は、はあ……?」

「桃のジェラートだと!? 食べる食べる!」


 未祐がジェラートに反応して立ち上がる。

 その素直な反応に秋川さんが笑みを深くした。

 ……あれ? 司が部屋ではなくここにいるってことは、秀平は?


「司、秀平はどこにいるんだ? 部屋にいるなら、俺が呼んで――」

「あ、何か全員集まってる!? ハブられた!?」


 慌てて走ってきたような様子で、秀平が顔を出す。

 どうも俺たちの姿が見えないので、別荘の中を捜していたようだ。


「ハブってねえよ。偶然集まっただけだし、今呼びに行こうと思っていたんだよ」

「本当!? 嘘ついてない!?」

「ついてねえよ!? 何なの、お前のその一人にされることへの恐怖心!?」


 ソロで淡々とネットゲームをしていたころのお前はどこに行った。

 そんな秀平を加え、俺たちは秋川さん作・桃のジェラートをみんなで味わった。




「……と、拙者が乗った感じはそんなところでござろうか」

「なるほど……」


 サイネリアちゃんが話を聞きながら、熱心にメモを取る。

 TBにインした俺たちは、早速乗馬体験で得た経験を元に早速サイネリアちゃんに話をしていた。

 場所は農場で、その都度あの薄墨毛に乗ってそれらを反映させながらの聞き取りとなっている。


「トビさんのこの、曲がる際の体重移動は特に参考になりそうです。ありがとうございます!」

「おお、お役に立てたようでなりよりでござるよ」


 そんな形で、一人ずつ話をしてはサイネリアちゃんが馬に乗る。

 手が空いているメンバーは落馬時のフォローと他の馬の世話や生産、といった振り分けだ。

 もっとも、やはり気になるので全員がサイネリアちゃんを見ることができる範囲にいるのだが。

 俺は厩舎の中から外を窺いながら、砂漠馬たちにブラッシングをしている。

 ここまで、理論派よりの体験談はサイネリアちゃんの性質に近いためか問題なくスムーズに吸収された。

 しかし問題は、バリバリの感覚派であるユーミルの体験談で……。


「こう、ギュッと! ギュッと! そうすると、馬も応えてぐわっと前に――」

「ぎゅ、ギュッと? ええと……両足を使って馬に伝えればいいのでしょうか?」

「それもあるのだが、体全体を使ってだな……馬との一体感というか……ううむ……」


 これがとても伝わり辛い。

 意外にも他に感覚派だったのはワルターだが、本人が一生懸命言葉にしようと頑張った結果、サイネリアちゃんに伝わり一定の成果が挙がった。

 次に厄介だったのがヘルシャで、こいつは理論と感覚のハイブリッドである。

 途中まで理詰めだった話が最後の所で感覚頼りになったりと難解で、乗馬技術の高さを考えれば最も参考にすべき点が多いのに、最もそれを吸収するのが難しいという……。

 それも最終的には、どうにかヘルシャが納得いく形でサイネリアちゃんに伝わったと思う。前日、熱心に教えてくれた基礎知識も含めて。


「……ハインド君。ワルター君やヘルシャちゃんの時みたいに、間に入ってあげたほうがいいんじゃ?」

「……ですね。ちょっと行ってきます。トビ、今って手は空いてるか?」

「では、ここの掃除が終わったらそっちに回るでござるよ。安心して行って参られよー」


 セレーネさんの言葉を受け、その場をトビに任せて厩舎の外へ。

 厩舎の入り口付近で話を聞いて、サイネリアちゃんが薄墨毛と共に農場を回るの繰り返しだ。

 俺が間に入り、ユーミル語を翻訳してサイネリアちゃんに伝えていく。

 結果……。


「凄い……! 本当に最高速の乗りが違いますね!? この子も速く走れて、心なしか満足そうな……ありがとうございます、ユーミル先輩、ハインド先輩!」

「うむ! レース本番も、これでライバルたちを置き去りだ!」

「よ、よかったね、上手く吸収できて……うわ、気が付いたらすげえ時間経ってる!?」


 他のメンバーによる体験談反映の倍近い時間をかけ、ようやくサイネリアちゃんがユーミル直伝のコツ取得。

 後はサイネリアちゃんがメモを見返しながら、時には個別に質問をしながらひたすら薄墨毛に乗ることに。

 するとあれだけ暴れん坊だった薄墨毛もようやく過不足なく指示に従うようになり、ステータスも良い感じに上がり始める。

 レース本番に向け、徐々に準備が整い始めていた。

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