ロシュ平原への移動と給餌タイム
「本当に良かったのか? ヘルシャ。ダンジョンに行きたかったんじゃ……」
野生馬のレア個体を目指して、俺たちは一路グラド帝国へと向かっていた。
ギルドホームから出る際に、ありがたいことにヘルシャたちが案内役を申し出てくれたのだが……。
俺の言葉に、当の本人は馬上で片手を胸に当てて笑う。
「もちろん、友人の手助けの方が大事ですもの! 自分たちの都合なんて後で――」
「……?」
不意に言葉を切って、ヘルシャが俺たちの表情を窺うような態度をとる。
「と、友達ですわよね? わたくしたち……」
「急にどうした? これだけ一緒に色々していて、今更友人じゃないって言い張るほうがおかしくないか? 俺はちゃんと三人とも友人だと思っているぞ」
「現実でも拙者たちは別荘にまで招いてもらっているのに、おかしなことを仰るでござるなぁ」
「そ、そうですわよね! おほほほほ……」
「何だ、恥ずかしいやつだなドリルは! そんなの一々確認するようなことか?」
ユーミルの無神経な言葉に、青筋を立ててヘルシャが睨みつける。
そのやや後ろで移動していたワルターが慌ててフォローに入ろうとするが、間に合わず……。
「いつも七転八起でドタバタしているあなたに言われたくありませんわ! イベントの度にそんな姿を衆目に晒して、恥ずかしくありませんの!? あなたなんてハインドがいなければ七転八倒でしょうに!」
「全くです」
「は、恥ずかしくなど……ないよな、ハインド!」
今度は少し前のユーミルのように、俺が顔を背ける番だった。
「ハインド!? どうして何も言ってくれない!? おい、おーい! こっちを向いてくれ!」
「肩に止まったノクスまで一緒になって顔を背けているでござるな……」
「動きがシンクロしてるね……」
思い返せば、俺たちの姿がゲーム内で大きく取り上げられたのはファーストイベント、闘技大会、そしてこの前のギルド戦。
どれもこれも整然と美しく戦っていたとは、とてもじゃないが……。
「ま、まあ何だ……いいじゃないか、ドタバタしていても! お前らしくって!」
「それは私が欲しかった言葉じゃない!? 欲しかった言葉じゃないぞ! うぬぬ……」
「自業自得でしょう。口は災いの元ですよ」
「それこそリィズには言われたくないのだが……」
少し反省したのか、一呼吸置いてユーミルがヘルシャの真横へ。
グラドタークならば、このように他の馬に速度を合わせて並ぶのも簡単だ。
居住まいを正し、小さく咳払いをしてから口を開く。
「あー、その、ドリル――じゃない、ヘルシャ。私はこれでも感謝しているぞ、色々と。いつもありがとう!」
「そっ……そう、ですの……。こっ、こちらこそ、ですわ! ユーミル!」
互いに少し照れながら、そんな言葉を交わし合う。
結局、二人とも恥ずかしい状態になっていることに気が付いているだろうか?
そんな二人をみんなで生ぬるく見守りながら、国境を越えてグラド西部のフィールド『ロシュ平原』へ。
――と、その前に。
目的地の少し手前、山のフィールドの安全エリアで俺たちは神獣たちに給餌をすることにした。
鳥の雛たちは餌鳴きしてくれるので空腹の察知が容易だ。
馬を降り、それぞれギルド単位で分かれて神獣の給餌タイムに移る。
ちょっとした作業をするのに最適な切り株もあるので、給餌場所としては悪くない。
「私たちよりも大分お腹が空くのが早いな!」
「雛だから当然だがな。次の給餌役は誰だっけ?」
「あ、私ですね。おいで、ノクス」
リィズが手を差し出すと、ノクスが俺の肩からそちらへと移動した。
ノクスは何も言わなければ俺にくっついているが、呼べばこうしてちゃんと移動してくれる。
給餌を持ち回りで均等に行っている成果かもしれない。
「……」
「どうしてこの二人……二人? はいつも餌やりの時に見つめ合っているのでござろう……?」
「二人ではなく一人と一羽だが。何でだろうな?」
互いにじっと視線を合わせたまま、黙々と餌を与えるリィズと受け取るノクス。
その雰囲気につられて、何故か俺たちまで小声での会話になる。
「なんか、リィズちゃんって自分の子どもにも同じことをしそう……じーっと見つめながらミルクを、こう……」
「赤子の側からするとどうなのだろうな? それは……」
ユーミルとセレーネさんがリィズとノクスを見ながら呟く。
目を合わせることを悪いとは言わないが、限度というものがある。視線で穴があきそうだ。
その会話に反応したリィズは何故かこちらを向き……。
「別に構いませんよね? 私に将来、赤ちゃんが生まれたとして……それをじっと見つめても。二人の愛の結晶ですよ?」
「良いと思うけど、どうしてそれを俺に訊くんだ?」
「決まっています。それはですね――」
「あー、いい、いい! 説明しようとしなくていいから! 俺が悪かった!」
これ以上踏み込んだら色々と危険だ。
リィズは少し不満そうな表情を浮かべたが、またノクスの給餌へと戻る。
そうして再び場が静かになった。
一方、少し離れた位置で餌をやっているヒナ鳥たちはこちらの様子とは対照的だ。
「――あ、リコ! もうちょっと少しずつ。ゆっくりじゃないと駄目だよ」
「え? でも、かなり勢いよく食べてるよ? マーネ、お腹空いてるんじゃ……」
「雛は自分で食べる量を加減できないことがあるから、どれくらいやったか確認しながらのほうがいいと思うよ。先輩の受け売りだけど」
あれこれと互いに話しながら、賑やかに餌を与えている。
マーネ自身、食べている最中もノクスと違って常にさえずっているので輪をかけて明るい雰囲気だ。
俺はノクスをリィズに任せて大丈夫と判断し、もう一方の神獣の様子を見に――
「あ、拙者も行くでござるよ! まだじっくり見せてもらっていない故!」
「そうか。ノクスを頼むな、リィズ」
「はい。お任せを」
リィズに一言残してから、トビと一緒にヘルシャたちのところへと移動した。
「ヘルシャ、そっちはどうだ?」
「どうもこうもありませんわよ。ケージ内の温度をチェックして、餌をやるだけですもの」
「さっきからカーム殿の膝の上でほとんど動かないそれが、トカゲの神獣でござるか?」
「あ、はい。シリウス全員で共同保有予定の神獣、トカゲのグレンです」
そう答えてくれたのはワルターで、こちらの給餌担当はカームさんらしい。
エプロンドレスのスカートの上に乗ったグレンは、非常に動きが少ない。
基本は呼吸のために首元が動いているだけで、時折顔を違う方向にやる程度だ。
トビが顔を近づけても、舌をちろっと出す程度の反応しか示さない。
膝に乗せても嫌がらない辺り、トカゲにしてはかなり人に慣れてくれそうな素地がある。
この辺りの違いは神獣だから――なのだろうか?
「それにしても、やはり少し退屈ですわね……もっと大変なものだと身構えておりましたから」
「手がかからなくて良いじゃありませんか、お嬢様。あちらの鳥さん二羽は大変そうですよ?」
「見慣れてくると、このマイペースさが愛らしいです。悪くありませんね、トカゲ」
「「「!?」」」
カームさんの意外な発言に、俺たちは驚いて一斉に顔を見た。
お試しモードで彼女が呼び出していた系統と全く違うから、心配していたのだが……。
気に入ったのなら何よりだ。
ちなみにトカゲの名前『グレン』の名付け親はヘルシャである。
日本語の「紅蓮」の響きが美しいということで、この名前に決めたらしい。
「名前通りにちゃんと火系統の神獣になるといいな」
「ですわね。育ってきたら、火系統モンスターの肉でも食べさせようかと思っていますわ」
「ああ、効果ありそうだな。俺たちのノクスもどう育てるか、みんなの意見を統一しておかないと」
「まだ育成方針が定まっていないのですか? 師匠、トビさん」
「一応、全員に効果が適用される万能系アビリティを取得できたらいいなって程度だな。今のところ」
「まあ、まだ幼生でござるし時間の猶予は――」
「ハインドー! トビー! ノクスの餌やり終わったぞー!」
そのまま話し込んでいると、ユーミルが俺たちを呼んだ。
視線をヒナ鳥たちに向けると、そちらも餌をしまっているところのようで……。
「っと、そろそろ移動を再開するか。グレンはもう大丈夫ですか?」
「はい、こちらも終わりました」
カームさんがグレンを小さなケージの中に入れ、馬へと取り付ける。
その後、俺たちは無事に『ロシュ平原』へと辿り着いた。