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お嬢様一行の砂漠訪問 後編

 今更、道中の敵に関して言うことは特にない。

 高レベルプレイヤーであるヘルシャたちに手助けは必要なく、ここまで簡単にモンスターを撃破しながら進んでいる。

 それどころか、どうやら馬から降りる必要性すらないようだ。

 フィールドボスの周囲を旋回しながらヘルシャが『ファイアーボール』を撃ち込んでいく。


「さすが、砂漠の魔物だけあって火には強いですわね……ですがっ!」


 更に騎乗したまま詠唱を始め、コートから覗くヘルシャのドレスが赤く発光する。

『ヴェノムスコーピオン』の攻撃を手綱を繰って簡単に躱すと、魔法陣が現出。

『レイジングフレイム』が火属性に耐性を持つサソリを関係ないとばかりに焼き尽くし……。

 ワルターとカームさんが手を出す必要もなく、王都への道が開かれた。


「しかしヘルシャのやつ、乗馬がやたら上手いな……」

「道中の雑魚モンスターも、鞭で簡単に倒していたでござるしな」

「ふふふっ、もっと褒めてくださってもよろしくてよ!」


 耳聡く俺たちの声を聞きつけたヘルシャが、黒馬をスムーズに停止させながら大きく体を逸らした。

 そのヘルシャが乗っているのは、俺が貸した『グラドターク』である。

 どうしても乗ってみたいというので、王都に着くまでという条件で使用権をヘルシャに解放した。

 弦月さんも乗馬は上手かったが、見たところヘルシャのそれも全く引けを取っていない。


「それにしても、素晴らしい馬ですわねグラドタークは……闘技大会を勝ち残れなかったのが本当に悔やまれますわ。ちらっ」


 言葉通りにチラチラと俺へと視線を向けてくるヘルシャ。

 何だそのおもちゃ売り場を前にした子どもみたいな顔は……。

 俺の横でヘルシャたちの戦いを見物していたユーミルが小さく鼻を鳴らす。


「お前がどれだけ羨ましがっても、グラドタークはやらんぞ! なぁ、ハインド!」

「ああ、まあ、やらんけど。そもそも、今のは単なる冗談だろう? 私見だけど、ヘルシャって自分で勝ち取らないと気が済まないタイプに見えるし」

「良く分かっていますわね、ハインド。お察しの通り冗談ですわよ、冗談」

「だろうな。それに、俺としてもグラドタークには愛着が――おっと、よしよし」


 ヘルシャが降りて手綱を持って近付いて来ると、『グラドターク』が俺の肩を上唇で柔らかく噛む。

 その首筋を軽く叩くと、ヘルシャが感心したような吐息を漏らした。


「あら、ちゃんと信頼関係を築けているんですのね。TBの馬のAIはリアリティがありますから、中々できることではありませんわよ。本当に、ちまたでは馬の扱いが雑なプレイヤーの多いこと多いこと……」


 憤懣ふんまんやるかたない、といった表情でヘルシャが声を震わせる。

 ヘルシャは現実でも度々乗馬に興じているらしいので……。

 なまじ馬の正しい扱い方を知っている分、そういったことが人一倍気になるのであろう。


「……そういうのが行き過ぎると、乗馬拒否をされるんだっけ?」

「ええ、乗馬拒否の判定は甘めですけれどね。そういった輩はよっぽどですわよ、よっぽど。見たところ、あなたたちにはそんな心配はいらないようですわね」


 馬にもコンディションや乗るプレイヤーへの信頼度といったものが設定されており、それによって発揮できる能力に差が出るそうだ。

 もっとも馬のステータス上でそれらの項目は確認できず、有志による検証を経て「そういうものがあるらしい」ということまでしか分かっていないのだが。

 何にせよ、大事に扱うに越したことはない。NPCの好感度のようなものだ。


「馬の世話は主にサイネリアちゃんが頑張ってくれているからな。みんなにも、自分が乗る馬とはきちんとコミュニケーションを取るように――と、そろそろ行くか? こんなところでいつまでも立ち話もなんだから」

「おっと、言われてみればもうすぐ正午でござるな。一旦ログアウトもしなければならないでござるし」

「昼食の用意もそろそろ終わるでしょう。参りましょうか?」

「うむ、そうだな。おーい、四人とも! 早く王都に入ってしまおう!」


 ユーミルが俺たちとは少し離れた位置で話し込む四人に呼びかけた。




『王都ワーハ』に戻ってきた俺たちは、ヘルシャたちに街の中を軽く案内しながら移動していた。

 本格的に見て回ってもらうのは後になるが、ヘルシャは興味深そうに都の様子を観察している。


「へえ……思っていたよりも文化的な都市ですわね。きらびやかで、活気があって」

「文化的って……ヘルシャはどういうところだと思っていたんだよ、サーラを」

「師匠、それはきっとお嬢様がギルド戦の戦いぶりをご覧になっていたためかと」

「以前トビ様にお見せていただいた掲示板でも、そういったイメージを持たれた方が少なからずいたようですよ」

「あー……なるほど」


 ヘルシャに続く使用人二人の言葉に俺たちは得心が行った。

 ってことは大体イグニスのせいだな……トーナメント一戦目のカクタケアも、中盤からは狂戦士みたいな雰囲気だったし。


「むう、私たちはちゃんと部隊らしい動きをしていた……よな?」

「そこは断言してくれよ。最後以外は俺かサイネリアちゃんが総指揮官だったんだから、そう見えていなければ俺たちのせいじゃねえか」

「大丈夫でござるよ、ハインド殿。大部分は拙者たちに好意的な意見でござったし、問題ないない」

「みんな結構掲示板をしっかり見ているんだね……私は自分のプレイヤーネームが書き込まれていたのを確認した瞬間、怖くなって見るのを止めちゃった」

「意見は人それぞれですからね。セッちゃん関連の書き込みの大半は狙撃を褒めるものでしたけど、セッちゃんはそれでいいと私は思いますよ」


 そんなことを話しながらギルドホームへ向かっていると、出発時よりもプレイヤーの数が増えていることに気が付く。

 移動がし難いな……何かあったのだろうか?


「その先程から名前が挙がる、サイネリアさんというのがヒナ鳥さんたちのリーダーなのですわよね?」

「ああ。真面目ないい子で、ちょうどあんな風に長い髪をポニーテールに束ねた――うん?」

「ハインド君。あれ、本物のサイネリアちゃんじゃない……?」


 俺がヘルシャに示した先。

 手を振りながら近付いて来るその姿は、セレーネさんの言う通りとても見覚えがあるものだ。

 人混みの中からリコリスちゃん、シエスタちゃんと一緒に近付いてきたのは紛れもなく話題に出ていたサイネリアちゃんのもので……。


「おお、どうした三人とも!? 何かあったのか!?」


 目を丸くしてユーミルが訊ねる。

 急いで走って来たためか、三人の息はやや上がっていた。

 ヒナ鳥たちは後ろのヘルシャたちの存在に気付かず、そのまま順番に口を開いていく。


「今日の正午からイベント発表だと聞きまして、ログインしてみたら――」

「先輩方もログインしているようだったので、慌ててホームから出てきました! 一緒に発表を確認できそうで良かったです!」

「……はぁ、ふぅ……げほっ! はぁ……さすがですねえ。いつもと違う告知タイミングだったのに、まさかもうログインしているとは。っていうか二人とも、走るの速いってば……」

「いや、待って。イベント発表? 今から?」


 俺の質問に三人は「おや?」という表情をしながら頷き返す。

 その直後、イベント用の色の違う字幕が視界の中に流れ始めた。

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