お嬢様一行の砂漠訪問 前編
「で、どういうことなのか説明してくれるんだろうな?」
「む? そうだな。さて、どこから話したものか……」
強引にログインさせられた俺は、談話室に集まったメンバーに問いかける。
発起人は未祐……もといユーミルのようなので、視線はそちらに。
頭の中を整理するように唸っている間に、横から助け船が出る。
「私から説明するよ、わ――ハインド君。直前まで現実で会っていたから、ちょっと変な感じがするね?」
「ああ、まあ拙者たちは慣れているでござるからな。そう言うセレーネ殿は……?」
「うん、私はこういうの初めてだから――って、ごめんごめん。話が脱線しちゃったね。実は……」
セレーネさんの説明は簡潔かつ分かり易かった。
要はこの旅行のついでに、普段家事漬けの俺を休ませようという相談を未祐がみんなにしていたらしい。
何かの手伝いだったりを始める素振りを見せたら、TBの中に放り込んでしまおうという……。
「思った以上に発作が早かったな! 正直焦ったぞ!」
「放っておくと、自分からやることを見つけて動き出してしまいますからね……」
「人を病気持ちみたいに言うなよ……でも、そうか」
やり方が強引過ぎるが、理由は分かった。
普通に口で言われるよりも休ませたいという想いの本気度が伝わってきたので、結果的には未祐の思惑通りなのだろう。
……こいつには敵わないな、本当に。
「それじゃ、旅行中は羽を伸ばさせてもらうとするかね。ゲーム内の生産活動までやるな、なんてことは言わないよな?」
「言わん言わん。ゲーム内なら神経はともかく、体は疲れないしな!」
「私が休んで欲しいと言っても、兄さんは中々休んでくれないでしょう? ですから、今回はこの人の提案に私も乗らせていただきました。トビさんとセッちゃんにも相談したところ、賛成してくれまして」
家事疲れっていうのは結構じわじわくるからな……。
前に俺は一度、盛大に体調を崩したことがあるのでそれを心配してくれたのだと思われる。
昨夜の内に俺以外のメンバーで連絡を取り合っていたとのこと。
「みんなの気持ちは嬉しいよ。ありがとう」
俺の言葉に四人が笑顔を応えてくれる。
今回のログインは、そんな事情の説明もあって昼食まで軽くということだそうだ。
折角別荘に来たのだから当然だが……夜は再び、全員ゲームにログインするとのこと。
こう冷静に考えると、かなり生活の中にゲームが食い込んできているな。
実生活に悪影響が出ている人間はいないので、全く問題ないが。
「で、ログイン前にも言っていたけど。ゲーム内でもヘルシャたちと合流するって?」
「うむ。旅行中はその方がいいだろう? お前たちが一度、家に戻っていた時に話をしておいた。サーラのダンジョンを回りたいとも言っていたしな、ドリルが」
「ああ、ジーンズを取りに行った時か」
「ジーンズ? 何の話でござるか?」
俺はその質問に口ごもった。
何となくトビにはこの話、しない方がいいような気がしているのだが。
「……後で説明するよ。ヘルシャたちとはどこで合流するんだ? 迎えに行くんだろう?」
「荒野の町バスカで合流するのが無難だと私は思うが。みんなはどう思う?」
「距離的にも中間地点だね。それから、さっきラクダに乗ってみたいってヘルシャちゃんが言っていたような」
「ああ、そうなんですか。でも、ヘルシャたちは馬で来るだろうから……ラクダで迎えに行くと歩調が合わないな」
「ここに着いてから、牧場で拙者たちのラクダに乗ってもらえば良いのではござらんか?」
「そうすっか。じゃあ馬でバスカまで行くとして、連絡は――」
「私がメールをしておくぞ!」
まともに名前で呼び合わない割に、ユーミルとヘルシャは仲が良い。
そんなこんなで、俺たちはギルドホームを出て『荒野の町バスカ』へと向かった。
「暑い……ですわ……わたくしの炎ほどではありませんけどね……ふふ……」
「おい、ドリル! しっかりしろ!」
そして合流したは良いものの、ヘルシャは既に暑さでバテていた。
使用人であるワルターとカームさんも、執事服とメイド服で汗をダラダラ流している。
とりあえず、まずは服の調達からかな……。
ひとまず全員で近場の店の中に入り、飲み物を注文。
三人の状態が落ち着いたところでようやくまともに話せる状態に。
「――何で気候に合った装備を用意してこないんだよ」
「正直、見くびっていましたわ。サーラがここまで暑いなんて……」
「まだここは荒野だがな! ここから西に進めばもっと気温が上がるというのに、大丈夫か?」
このままではまずいので、服の調達に行こうと呼びかけたのだが……。
ヘルシャはその提案にやや渋い顔をした。
「そうは言っても、戦闘時はこの服でないと気合が入りませんわ。サーラって、ダンジョン内も暑いんですの?」
「砂漠のド真ん中よりは暑くないけど、それなりに暑いぞ。ダンジョンによっては砂漠以上の……火が吹き出しているようなダンジョンもあるしな。ワルターとカームさんもヘルシャと同じ意見なのか?」
「そうですね……執事服を着ると、身が引き締まるような心地はしますね」
「仕事着兼戦闘服というのは間違っていないかと。できればこのままで行きたいと私も思います」
「やっぱりちょっと変わっているでござるなぁ、ヘルシャ殿たちは」
「「「……」」」
呟く声に、その場にいた全員が「お前が言うな」という視線をトビへと向けた。
頑として忍び装束を脱がない癖に。
でも、そうか……現在の服装を維持したいということであれば、これが役に立つ。
「じゃあ、三人ともこれを」
「何ですの?」
「火の属性石を付加した、ウールのコートだ。試作品だが、念のために持って来ておいた。とりあえずこれを装備しておけば、暑さを凌げるだろう」
「え……暑いと言っているのに、この上まだ重ね着をしろと仰るの?」
「まあまあ、騙されたと思って。ですよね、セレーネさん?」
「うん。効果は保証するよ」
怪訝な表情をしつつも、ヘルシャが赤いドレスの上からコートを羽織る。
すると……。
「あら? 熱が遮断されて、しかも……」
「中に籠った熱が逃げていきますね。これは素晴らしいです」
「わあ……ありがとうございます、師匠!」
以前『ベリ連邦』でセレーネさんに聞いていた属性石の特性を活かしたコートである。
これで当面は大丈夫だろう。
「そういえば、トビや妹さん――リィズさんの衣装も相当暑そうですけれど、どう対処しているんですの? 何だかとても涼しそうな顔をしていらっしゃいますけど、属性装備ではありませんよね?」
「ああ、二人とも色が黒っぽいしな。属性石が付いてないってのは正解。属性防具って、便利だけど一部の属性に弱くなるのがな……」
火の属性石を防具に付加すると水に弱く、水を付加すると土に弱く、といったように属性相関に従って弱点が発生してしまう。
だから現在は、全身を覆うコートやマントなどに属性石を付加したものを上から装備させてはどうか? ……という考えがTBの生産プレイヤーたちの間では主流になりつつある。
これなら中の防具は無属性でOKなので、状況に合わせた付け替えも楽な上に低コストで済む。
それらは市場に徐々に出回りつつあるので、いずれはヘルシャたちのような戦闘系プレイヤーの目にも留まるようになるだろう。
「ということは、この属性付きのコートはゲーム的には最先端のアイテムなのですわね?」
「だったらベリ連邦に行くときは、水属性のコートを持って行けば寒さを防げて便利……ということでしょうか? 師匠」
「そういうこと。で、話を戻すけど……リィズとトビが属性付きのコートもなしに涼しそうにしている理由は、服に使われている素材の違いだな」
砂漠の布は通気性に優れており、組み合わせによっては見た目以上の涼しさを得ることができる。
ヘルシャが装備している『エイシカドレス』も砂漠の布ではあるのだが、性能重視のために繊維を多く束ね――要は魔力上昇効果をより多く得るために通気性が犠牲になっているため、暑いのだ。
ヘルシャのドレスを最後に作ったのはダンジョン遠征の直後……あれからまた新たな素材や製法が見つかっているので、今なら通気性と性能を両立できるかもしれない。
「――ってことだ。良い機会だから、ドレスを作り直すか? 前回の……今ヘルシャが装備しているやつは、ガチガチの魔力特化だからな。もしかしたら防御力も多少は上げられるかも」
「魔力の上昇量が変わらないのでしたら、是非お願いしたいですわ!」
「難しいけど……まあ、やってみる。ギルドホームに着いたら条件面を詰めよう。二人の執事服とメイド服はどうする? 懇意にしている生産者が怒らないようなら、そっちも請け負うけど。通気性の良い布で作り直そうか?」
「あ、よろしいのですか? この執事服は自作なので大丈夫です! お願いします、師匠!」
「私もワルターと同じく自作ですので。是非よろしくお願いいたします、ハインド様」
二人ともその服、自作なのか……。
でも、よく考えたらワルターはゲーム序盤から執事服だったので少し考えれば分かることか。
ヘルシャは生産系はやらないと過去に宣言していたしな。
新たに装備品三つの受注に成功したところで、俺たちは店を出た。
途中、俺の服を掴んでユーミルが顔を寄せてくる。
「ハインド、私たちもドリルたちの防具作りは手伝うからな? 無理はするなよ」
「ああ、サンキュー。でも、ゲーム内の生産活動は制限しないって――」
「そうは言ったが、休めと言った直後にこうでは不安にもなろう! くれぐれも程々にな! ひとまず休め! 休んでから全力で遊べ! 私との約束だ!」
「……分かったよ、ギルマス」
だったらしばらくはユーミルの勧めに従って、スローペースで行くことにするか。