森の別荘と部屋割り
「おおー、一面緑……目に優しい」
「ふいー。こうして比べてみると、やはりルストの森とは全然違うのだな!」
未祐が俺の呟きに反応して、大きく伸びをしながら辺りを見回す。
にしても、比較対象がルストの森か……。
「そりゃそうだろう。モデルになっているだろう植物自体、海外のものが多い上に……」
「あっちはもっと大きな葉っぱとか樹が多いよね、サイズ感が狂うような。ファンタジーらしさを出すための工夫なんだと思う。こっちは良い意味で……」
「管理の行き届いた日本の森、ですね。癒されます。避暑地としては一級品かと」
「綺麗な森だなあ。ごみのひとかけらも落ちてないじゃん、すげえや」
俺たちのそんな感想に、マリーは鼻高々である。
荷物を持って優しい木漏れ日の中を歩いて行くと、やがて緑色の切れ間から美しい建物が見えてくる。
大きいのは言うまでもないのだが、その外観に特に女性陣が色めき立つ。
「白い! 眩しい!」
「酷い感想ですね、未祐さん……小さな子どもでも言えますよ、その程度なら」
「うむ、自覚はある! が、貴様に言われると素直に受け入れ難いのはどうしてだろうな?」
「ま、まあまあ二人とも。あ、自転車が置いてあるね」
和沙さんの視線の先を辿ると、確かに入口の傍には自転車が並べてある。
ん? あれは……。
「この地域では、車を使った移動を控えるのが暗黙の了解になっております。みなさまの自転車もご用意いたしましたので、滞在中はそちらでの移動をお願いいたします」
「あの、それは了解しましたけど、静さん。誰がロードレーサーになんて乗るんですか?」
説明を受けながら近くで見ると……間違いない。
コンパクトでお洒落なデザインの自転車と一緒に、競技用の自転車が置いてあった。
赤いフレームはピカピカに磨かれているが、それでいて使用感もきちんとあるように見える。
「わたくしの愛車ですわよ?」
「マジで!? マリーっちかっけえ! 普段こんなのに乗ってんの!?」
「むむ、確かにこれは格好いい。私も乗ってみたい!」
未祐には似合いそうだし、すぐに乗りこなしそうではあるが……。
見たところここにあるのは、シティサイクルかクロスバイクの二択。
個人的にはクロスバイクの時点で十分に格好いいと思うのだが。
未祐の言葉を聞いたマリーは、自分の自転車に興味を持ってもらえたことに嬉しそうな様子でこう答えた。
「あら……でしたら麓のレンタルショップで取り扱っておりますから、後で向かうとしましょうか。ご案内いたしますわよ」
「おお、ありがとう!」
「あ、私もロードレーサーには触ってみたいかも」
「乗ってみたいではなく触ってみたい、なんですね。かずちゃんは……」
「らしいと言えばらしいがな」
そんなことを話している間に、静さんが鍵の束を取り出して扉を開錠していく。
大きな二枚扉を開け放って彼女が軽く頭を下げてどうぞと示し、最初に入ったマリーの招きに応じて順番に中へ。
俺が最後尾で入口を通過すると、後方からの小さな呟きを耳が捉えた。
「……私には、あんなに不安定なものが真っ直ぐ走るというだけで信じられませんが……」
聞こえた声に振り返ると、自転車を見ながら不思議な表情を浮かべた静さんの姿があった。
それは何かを思い出すようでもあり、また単に自転車にも乗れない自分の運動神経に苦笑しているようでもあり……。
「あ、申し訳ございません亘様。聞こえてしまいましたか? 私のことはお気になさらず、どうぞ中へ」
何事もなかったようにいつもの顔に戻る静さんだったが、俺は先程の表情がやけに気にかかった。
「部屋割り! 部屋割りを決めよう!」
一通り別荘内を見せてもらった後、そんなことを言い出したのはやはり未祐である。
ちなみにこの別荘だが、当然のように一人が一室を使っても余裕のある造りになっているらしかった。
そんな中でわざわざ部屋割りなどと言い出した訳だが……。
「楽しそうですわね……いいでしょう! では、広い部屋に何人かずつ固まって泊まるようにいたしましょうか!」
「話が分かるな、ドリル! みんなはどうする? 嫌なら無理にとは言わんぞ!」
未祐が別荘の広間――いや、これは大広間だな。
大広間でみんなの顔を見回すが、特に反対する者はいないようだった。
理世が一言、こう条件を付け加えただけである。
「構いませんが、男女は別ですからね」
「うむ! では、人数の多い女子の方はくじにでもするか!」
「……いいの、理世ちゃん? てっきり私、理世ちゃんは亘君と一緒が良いって言い出すかと……」
「もちろん、そうしたいのは山々ですが……山々ですが!」
「う、うん……」
「どうせ未祐さんに反対されますし……だったら、男女別ということにしておいた方が兄さんがいくらか安全です……」
「ああ、そういうこと……」
ひそひそ話すのは構わないが、全部こちらに聞こえているんだよな。
男は三人しかいないので、一室に泊まればいいことにして……。
俺はくじをせっせとこしらえている未祐とマリーを見つつ、理世と和沙さんに声をかけた。
「はい? 何です、兄さん?」
「二人とも、静さんも同室に入るように誘って来てくれないか?」
「静さんを? 呼ばなくても、未祐ちゃんとマリーちゃんは最初から五人分のくじを作っているみたいだけど……」
「まあ、そうなんですけど。駄目押しと言うか……頼むよ」
「……そうですね。分かりました」
「うん、折角一緒にいるんだものね。呼んでくるよ」
静さんは「私は使用人ですから」と言って渋っていたが……。
その理屈で行くとボクも叱られてしまいます、と司も説得に加わってくれたことで首を縦に振ってくれた。
そんな訳で、最終的な部屋割りはこう決まった。
「私とドリルで一部屋!」
「私とかずちゃん、静さんで一部屋ですね」
騒がしくならなそうな組み合わせで良かったです、と理世の表情が雄弁に語る。
マリーの手前、口にこそしなかったが。
そこで俺は大広間にある、やたら豪華な振り子時計を確認すると……ああ、そろそろ正午近いじゃないか。
道理でお腹が空いてくる訳だ。
「なあ、司。昼食の準備で、何か俺に手伝えることってあるか?」
「いえ、師匠はゆっくりなさっていらっしゃって大丈夫ですよ。だって――」
「――む!? 分かっているな、みんな!」
未祐の態度がにわかに緊張を帯び、引き締まった顔で呼びかける。
何だ?
どうも未祐の言葉の意味が分かっていないのは俺だけらしく……。
「はい、了解です。秀平さん!」
「え、本当にやるの? あー、わっち……君のVRギアはこれですかな?」
「そうだが、何を勝手に人の荷物を漁って――」
「捕らえろ! かずちゃんは右側を!」
「ご、ごめんね亘君。でも、未祐ちゃんと理世ちゃんからのお願いだから。こうする理由も良く分かるっていうか……」
「は、はあ……?」
未祐の号令に従い、みんなで俺を囲んで動けないようにする。
事態を飲み込めないまま、俺はそのまま宿泊予定の部屋へと連行され……。
「亘、ギアを装着!」
「え? あ、はい――って、秀平痛い! 痛いっての! 無理矢理被せんな、自分でやる!」
「そのままTBにログイン! 昼食までにドリルたちとゲーム内でも合流するぞ!」
「はい?」
「いいから早く! 早く! 私たちもすぐに追いかける!」
「あ、ああ……」
反論は全て遮られてしまうようなので、指示に従いログイン作業を行う。
ネットワーク環境は……当たり前のように完備されているな。
しかし何だこのベッド。柔らかい上に肌触りが異常に良い。
そのまま俺は、半ば強制的にゲームの世界へと意識を送り込むことになった。




