生産ギルドの命名と提携
「豊穣の女神よ、我に力を! 恵みの大地を今ここに! ……アースショットォ!」
パストラルさんが絶好調な様子で土魔法『アースショット』をばら撒いていく。
それを見たトビがススッと俺の横へと移動してくる。
「ハインド殿、あれ天然?」
「天然」
「ロールプレイとかじゃなく?」
「ロールプレイとかではなく」
トビに応じる俺の視線の先では、パストラルさんに対抗してユーミルが魔物の巻物を使い、呪文のようなものを叫んでいる。
どうでもいいけど「飛び出せ! ええと、土!」はないんじゃないか……もうちょっと言葉を選べ。
リコリスちゃんも真似しなくていいよ、それは。
「マジでござるかぁ……天然……」
「マジだよ。しかも、あれで本人は創作呪文を叫んだことに気が付いていないんだぜ?」
「マジで!?」
その証拠にリィズがハイになっているパストラルさんにそれとなく伝えると、顔を赤くして縮こまった。
ちなみに彼女はリィズと同学年、俺たちの一つ下の年齢だそうだ。
バウアーさん・エルンテさんの老夫婦は孫が出した土を一生懸命にザクザクと耕している。
自前で土も水も出せるのだから、水・土型の魔導士は生産をやる場合は得だな。
しかし人当たりが良いとは思っていたが、こうまでスムーズに事が運ぶとは。
「何だか三人とも圧迫感がなくて、私でもすぐに自分から話しかけられたよ」
「おや、セレーネ殿」
「ああ、セレーネさん。そういえば昨日、三人と何かを話していましたよね?」
「パストラルちゃんとは今みたいな……ゲームやアニメなんかの呪文について盛り上がってね。凄いんだよ、彼女。色んな作品の呪文を丸暗記していて、スラスラと口にできるんだから」
「さもありなんでござるが……して、夫妻とは?」
「海外の博物館で見たっていう、本物の武器のお話を聞かせてもらっちゃった。参考になったし、楽しかったなぁ……」
人見知りするセレーネさんですらこうである。
だから俺たちもついつい手伝いに熱が入り……。
今日はまだあの話し合いの翌日だというのに、もうかなり農地が形になってきている。
今まさに、作業をしているこの一画で一区切りだ。
やがて砂で白っぽかった農地が、完全に黒土で覆われた。
「お疲れさまでした、御三方」
「あ、お疲れ様です!」
「ここまでくれば、後は普通に生産活動を始められますので」
これで一番面倒な初期段階は終了だ。
以降は他の地域――極寒のベリ連邦を除いた地域のような作業を行えば大丈夫だ。
耐暑性能を得るまで実りが悪いものもあるが、それは追々。
作業が終わったことで、巻物やら鍬を手に各員がぞろぞろと集合する。
「お世話になりました、みなさん」
「待て待てバウじい、頭を上げるのだ! そんなにかしこまる必要はないぞ!」
「いやいや、あなた方に出会えて本当に良かった。それから、今後ともお世話になります」
「あ、それでは――」
バウアーさんが俺の言葉に、笑顔と共に片目を閉じる。
どうやらこのままこの土地を使って生産を始めてくれるようだ。
「実は、もうギルドメンバーの募集も始めていてですな。なあ、パストラルや」
「そうなんですよ。あ、おじいちゃんたちの人を見る目は確かですから! きちんと加入者は選びますし、みなさんにご迷惑はおかけしません!」
「それでなんだけど、もしみなさんがよろしければギルド間提携? というのを結んでやってくれませんかねぇ。この子ったら、誰かに先を越される前にみなさんお抱えの生産ギルドを作りたいって――」
「お、おばあちゃん!」
ああ、だから早く準備を整えたいと言ってくれていたのか。
パストラルさんは奇特なことに俺たち全員の……掲示板でいうところの鳥同盟のファンらしい。
ユーミルファンになら今までに会うことも珍しくもなかったが、昨日それを聞いた時は驚いた。
何ともありがたい話である。
俺たちが全員一致で提携を承諾すると、三人は握手と共に笑みを返してくれた。
その後、パストラルさんが何かを言いたそうに一歩前へ。
「あのですね。厚かましいとは思うのですが、もう一つお願いが」
「何です?」
「みなさんに、私たちがこれから作るギルドの名前を付けていただきたくって」
その言葉を聞いた直後、ユーミルがハイハイハイハイと喧しく手を挙げる。
嫌な予感がするが……。
「どうぞ、ユーミル。とりあえず言ってみるといい」
「鳥のえ――鳥のごはん隊!」
「……その心は?」
「無論、パスティたちが我々の食べる物を作ってくれるからだぞ! ありがたやー」
「鳥の餌と言い切らなかっただけ良しとするか。でも、別に生産するのは食材だけに限りませんよね?」
三人に話を振ると、ユーミルのネーミングセンスに苦笑しつつも手を横に振った。
食べ物をメインにするのはその通りだそうだが、薬草なども作ってくれるらしいのでこれはやや不適切か。
ただ、提携を前提とするなら今のような鳥関連の名前は良い気がする。
俺がそう方向性を示したところ、パストラルさんも頷いてくれているし。
そこまで話したところで、ユーミルが再び手を挙げる。
「では、鳥の飼育員さんならどうだ!?」
「何がでは、なのかさっぱりですが」
「むっ、文句ばかり言っていないで貴様も案を出せ! リィズ!」
「そうですね……」
そうして色々と案を出し合った結果……。
「ハインド先輩の案が一番綺麗ではありませんか?」
「そうですね。私もハインドさんの案に賛成です」
「私も先輩の名前に一票です」
俺が口にした案に次々と票が投じられていく。
他にも良い案があったと思うのだが、反対する者は特にいないようだ。
「え、いや、本当に? ってことは俺が名付け親か……少し照れくさいな」
「ふむ。照れくさいなら私の――」
「「「それはちょっと」」」
「そんなに声を揃えて否定しなくてもよいではないか!?」
そんな訳で、パストラルさんたちのギルド名は「止まり木」に決定ということに。
三人は――特にパストラルさんはその名前を気に入ったのか、とても嬉しそうだった。
その時、農地への立ち入り許可を求めるシステムメッセージが俺とユーミルの視界に表示される。
知っている人物だったので、ユーミルと視線を交わして許可を出すと……。
「おーい、鳥同盟ー。何か、生産ギルドの加入希望者っていう人らが農業区の入り口に固まって――」
「あ、これはこれは。不死身のスピーナ殿ではござらんか」
「おお、不死身のスピーナ! 久しぶりだな!」
「こんにちは、不死身のスピーナさん」
「おい、やめろよその呼び名ぁ!? 恥ずかしいんだよ、何であっという間に浸透してんのぉ!?」
こんなことならギルド戦であんなに粘るんじゃなかった、などとカクタケアのギルマスであるスピーナさんが愚痴る。
そしてパストラルさんは「不死身」という呼び名を聞いて、何かを抑えるように背を向けてプルプルと震えていた。




