意外な取り合わせ
今日も今日とて、初心者ゾーンは盛況である。
未だに初心者応援パックの配布とゴールドラッシュイベントは継続しており、夏休みということもあってTBの新規プレイヤーは順調に増えている。
俺たちは勧誘場所として『ヒースローの町』を選んだ。
厩舎の外を行き交う人々を見ながら、リコリスちゃんが小首を傾げる。
「アルトロワの村じゃないんですね?」
「そこはあれでしょ、リコ。完全な初心者よりは、ある程度慣れた人の方が話を通し易いってことじゃない?」
「ものぐさなシーらしい意見ね……そうなんですか? ハインド先輩」
「特に間違っちゃいないよ。話を聞いてもらう際に、各国の特徴くらいは把握してくれていると楽だね。全く何も分からない状態の人に、いきなり砂漠行きを勧めるのは気が引ける」
後から揉めないように、知らない場合は一から順に丁寧に説明する必要があるだろうし。
そういった事情を踏まえて、まずは初心者を脱しかけているプレイヤーが多いここ『ヒースローの町』で。
もし捉まらないようなら手間を惜しまず『アルトロワの村』へ、といった感じか。
ちなみにヒナ鳥たちと四人で初心者勧誘に来た理由は単なる偶然である。
昼間の空き時間に俺がログインしたら、偶然三人がいたというだけの話だ。
そういった時間帯のためか、今は学生らしきプレイヤーが全体的に多めだな。
「で、先輩。どうやって人を集めるんです?」
「一番簡単なのは野良パーティで募集をかけることかな。サーラ行き、生産系プレイヤー歓迎――みたいなタイトルで。ただ、受け身だしいつ決まるか分からないって欠点がある」
「では、パーティ募集をしつつ声かけも行うという形が無難でしょうか?」
「そうなるね。あ、フード付きローブはなるべく着けないようにしてくれ」
TBでは以前に比べて有名プレイヤーの数も増え、一人一人に対する注目度は下がりつつある。
今はメンバーの中で最も目立つユーミルがいないし、顔を隠さなくても大丈夫だろう。
むしろ勧誘を行うという目的上、俺たちを知っている人に見つけてもらえれば好都合だ。
念のため三人とも単独行動はさせないようにするが、そういった状況を踏まえれば大きな混乱が起こることはないはず。
準備を整え終えたので、そこでようやく四人で厩舎から街へと繰り出した。
「――ってな訳で、とりあえず人が集まっていそうな酒場にでも行こうか。そういう落ち着いた場所の方が、ゆっくりと話を聞いてもらえそうだし」
「向こうからどんどん声をかけてくれたら楽なんですけどねー」
「いやいや、シーちゃん! 折角来たんだから私たちの方から積極的に声をかけて、沢山連れて帰ろ――あ、はいっ! こんにちはです! ……あれっ? 今、知らない人から挨拶してもらいましたよ! 何で?」
リコリスちゃんの疑問に対しては、シエスタちゃんがのんびりと応じる。
「どう考えてもギルド戦の中継を見ていたからでしょ。あ、ちわーっす……挨拶よりも、サーラに行きたい生産プレイヤーさん、かもーん」
「それを大声で言ってみたらいいんじゃないの?」
「無理」
一拍も間を置かない即答にサイネリアちゃんが肩を竦めた。
と、ローブなしだとこのように多少声をかけられることはあるが……。
やはり思った通り、囲まれて身動きを取れないなどという事態にはならなそうだ。
これならきっとメリットの方が上回るだろう。
「ルストへ移住希望の戦闘プレイヤーさんを募集していまーす! 護衛もしますので、お気軽にお声がけくださーい! ギルドメンバーも募集中でーす!」
「グラド所属ギルド・パーチェでは、現在ギルドメンバー募集中です! ノルマなし、挨拶不要の気楽なギルドです! ギルドホームの施設を使いたいだけの方もどうぞー。ホームは帝都にありまーす!」
更に周囲には、俺たちと同じ目的だろう高レベルプレイヤーたちの姿もある。
中でも特にエルフ耳を装備したプレイヤーたちが、戦闘系プレイヤーの確保に必死だ。
ありゃあルスト所属のギルド員だな……何となくシンパシーのようなものを感じる。
ゲーム内の募集リストに公式サイト、外部の募集掲示板などもあるのだが、TBでは今のところこの方法――直接勧誘を行うやり方が最も確実だ。
と、その時、道の向こうからじっとこちらを見る少女と目が合った。
「……」
「……」
「あの、ハインド先輩? 真っ直ぐこちらに向かって来ますけど……」
「どうして逃げようとするんですか! 明らかにハインド先輩の方を見ていますよ!」
「いや、ごめん。つい」
妙な迫力を感じる。
装備こそ初心者らしいものだが、中々に派手な容姿をした少女だ。
そのまま少女は目の前で止まると、そこでようやく口を開いた。
「ハインドさん、ですよね? 砂漠で農業を教えてくれるっていう。本当に無報酬で教えていただけるのですか?」
「あ、はい。こちらから提示する条件を一つだけ守ってくださるなら、特に何もいただきませんよ」
おお、まさか早速生産プレイヤーを目指す人と出会えるとは。
見た感じ周囲に仲間はおらず一人だが、これは幸先が良いな。
手間が省けたといった様子で表情を緩めるシエスタちゃんが、こんな言葉を漏らす。
「改めて聞くと、ほとんどボランティアに近いですよねぇ……」
「シー、茶々を入れないの。カクタケアやイグニスの人たちだって勧誘してくれているんだから」
「そのおかげでちょっとだけ、前よりも生産プレイヤーが増えてきたよね。長い目で見るとちゃんと自分たちのためになるよ、シーちゃん!」
「まあ、そうなんだけどさぁ」
「あの……それで、条件というのは?」
「あ、これは失礼を。条件はサーラ国内にギルドホーム、もしくはホームを構えていただくことだけです。それを守っていただけるなら、基本的なことは可能な限りお教えしますよ」
サーラの生産者の数を増やすことが第一なので、そこだけは守ってもらわなければならない。
ホームの場所は『王都ワーハ』だと嬉しいが、特に町や村までは限定していない。
とにかく一にも二にも国内の活性化だ。
この子は少し緊張気味だが、それが却って真面目そうで第一印象は悪くない。
これなら技術だけを盗まれるということはなさそうだ。
「はい、もちろんサーラで農業をやりたいのですが、ええと……お、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒でも大丈夫ですかっ!?」
「へ?」
少女が目を閉じ、思い切るようにそう言い放った。
すると少女の後ろを追いかけるように、ゆっくりと老齢の男女が道の向こうから現れた。
意外な取り合わせに、俺たちはその場でしばし固まってしまう。
書籍版が明日、11月25日に発売いたします。
よろしければ是非、お手に取っていただけますと幸いです。




