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ウォータースライダーと縦ロール

「ワタル! シュウヘイ!」

「師匠にトビさ――秀平さん! どうしてこんなところに……?」

「それはこっちの台詞でもあるんだが。見覚えのある二人が見えたもんだから、驚いたよ」

「服装が変わっても目立つね、二人とも……」


 俺たちはそのままマリーと司の後ろに並んだ。

 二人の――というよりもマリーの目当ては秀平と同じくこのウォータースライダーらしい。

 マリーは派手なビキニにパレオを巻き、恥ずかしがる様子もなく均整の取れた体を晒している。

 司の方は上下一体型のフィットネス水着のようなものを着ていた。

 相変わらず見る人を誤解させそうな……パッと見は美少女二人組である。


「しかし、そんなに有名なのか? このスライダー」

「スピード・距離・スタート地点の高さ・コーナーの造り……何が優れているのかを語れと言うのであればいくらでも語りますけれど、論より証拠ですわ!」

「乗れば分かると。浮き輪前提なのか、やけに幅もあるしなぁ。しかし、その乗るまでが果てしなく長いようだが……」


 行列の前進速度は非常に遅い。

 今になってようやく一段目の階段に差しかかったところだ。


「そうなんですよねぇ。しずかさんなんて、早々に諦めちゃって……」

「え、どこどこ? あっ、あれか! って、俺の目がおかしくなければ水着ですらないんだけど!? プールサイドでメイド服……ぱねえ!」


 叫ぶ秀平の視線を辿ると、その先にはパラソルの下で涼し気な顔をして佇む静さんの姿が。

 当然注目を集めまくっている訳だが、その表情はどこ吹く風といった様子だ。

 この気候でメイド服って、相当暑いと思うんだがな……。

 見た感じ行列どうこうじゃなく、あれは最初から泳ぐ気がないのでは?

 

「ところで、二人はちゃんと何か飲んでから並んでいるのか? この暑さと日差しだ、熱中症が心配になる」

「問題ありませんわ! 日焼け止めもばっちりです!」


 ああ、確かにマリーは日焼け対策も重要だろうな。

 日本人よりも白い肌だし、おこたると後が酷そうだ。


 それからしばらく経ち、ようやく階段の終わり――すなわち、スライダーのスタート地点が見えてきた。


「同時にお二人以上でのご利用にご協力くださいー! 当スライダーでは、大型の浮き輪が標準装備となっております! 現在大変混み合っておりますので、なるべくお連れ様との相乗りをお願いしておりまーす!」


 監視員なのかスタッフなのかは分からないが、水着の上に上着を羽織ったお姉さんが大声で呼びかけている。


「だってさ、わっち。どうする?」

「どうする? じゃないっての。分かってて訊いてくるんじゃねえよ。野郎二人で相乗りなんて地獄絵図だろうが。絶対にやらないからな」


 秀平は半笑いで、明らかに冗談だと分かる口調だったが笑えない。

 前方で二人乗りでスタートしていくお客さん達たちは保護者同伴の子どもと、後はカップルらしき男女が数組だけだ。

 一人で滑っていくお客さんも多いので、当然俺たちは別々で構わないだろう。


「マリーと司は一緒でも良いんじゃないか?」

「何を言っていますの、ワタル。係員は二人以上、と言っていたでしょう?」

「うん? 以上って、まさか……」

「そのまさかですわ! ――係員、重量制限! それと人数制限は!?」

「は、はい! 250㎏です! 人数は四人までです!」

「どちらもクリアですわね!」


 マリーが係員さんを顎で使っている……お姉さんも簡単に迫力に押され過ぎである。

 確かに合計体重は問題ないだろうが、四人か。

 重さでスピードが出るかどうかはスライダーの状況次第として、終わる時の着水が怖いな。

 やはりここは一人ずつが安全だろう。


「乗り気なところ悪いが、俺は――」

「師匠とご一緒できるのですか!? ボク、嬉しいです!」

「いや、その――」

「面白そうじゃん、わっち! 俺は乗るぜ! みんなで乗ろうぜ! わっちも乗れぃ!」

「だから――」

「次のお客様、どうぞー」

「ふふん、遂にわたくしたちの番ですわね! 全員、覚悟は宜しくて? ……では、参りますわよ!」

「……おう」


 結局押し切られ、ボート型の浮き輪に四人で乗り込む。

 一気に四人がはけるとあって、係員さんは「助かります!」と満面の笑みだ。


「では、行ってらっしゃいませー」


 女性係員の声を受けて、男性係員二人が左右からボートを押す。

 スライダーの水の流れに乗った直後、ボートはグングン加速し……。


「きゃああああ! 速い、速いわ! あははははは! 素敵よっ!」

「し、師匠! 師匠! 怖いです、怖いです!」

「いやー、中々爽快感あるね、わっち! ……わっち?」


 滑り落ちていくボートの上で、何やら三者三様の言葉を発しているが……俺はそれどころじゃない。


「前が見えねえぇぇぇ!」


 金の豪奢な髪――風圧で流れるマリーの縦ロールが俺の顔面に何度も直撃していた。

 次にどちらに曲がるのかが見えなければ、体勢を整えるのは難しい。

 俺はボートの取っ手に必死にしがみつきながら、ひたすら恐怖の時間が過ぎ去るのを待った。


 ……そして後に残されたのは、膝を震わせる司と憔悴し切った俺の姿である。


「何で髪を縛っておかなかったんだよ、マリー……おかげで酷い目に遭った」

「王者は何者にも縛られませんわっ!」

「意味が分からん!?」

「何か未祐っちみたいな返しだねぇ、マリーっち」


 俺の疲れの原因を作ったマリー自慢の縦ロールは、盛大に水に濡れたにも関わらず形状を保っている。

 あれ、どうやってセットしているのだろう……さすがに少しへたってはいるが、それでも髪型が変わるほどではないのは何故なのか。


「ふふっ。でも、そうですわね……お二人に付き合っていただけて楽しかったわ。折角ですから、もう少しご一緒しませんこと? お詫びに軽めの食事でも――」

「行きます! 行くよね、わっち!?」


 金欠気味の秀平が、おごってもらえそうな気配に全力で飛びついていく。

 俺は司を介抱しながら、その言葉に頷き――それから四人、いくつかのプールで少し泳いだ後、施設内にあるフードコートの席に着くことに。

 そこでマリーが注文した品は、何とも庶民的なものだった。


「コーラにハンバーガー、ポテト……マリーは、割とこういうのが好きなのか?」

「好きと言えば好き……かしらね? 初めてこういったものを口にした時は衝撃でしたわ。時折、無性に食べたくなりません? こういうものって」

「ああ、分かる分かる! まぁ、俺の場合は高頻度で食べてるけどね!」

「お屋敷のお食事は上品で薄味ですから……お嬢様がこういったものをお求めになるのも、仕方ないかとボクは思います」

「旦那様より、お嬢様の外食回数に関しては厳しく制限されております。私が逐一チェックしておりますので、お嬢様の健康面には何ら問題ありません。そもそも、VRゲームという健康面に悪影響を及ぼさない最適なツールがあるのですから、味の濃いお食事はそちらで――」

「はいはい! とまあ、うるさい監視役もおりますから。稀に食べる程度ですわね、稀に」


 そんな会話をしながら、マリーは結構な量と種類の料理を注文した。

 さすがというか、必要だと思えば一切の躊躇ちゅうちょがない。

 テーブル上が一気に賑やかになり、軽食というのにはしっかりとしたボリュームの食事となった。

 食べながらの話題は、やはり共有し易いTBに関してのものになる。


「ところで、シリウスの調子はどんなもんなの? マリーっち、司っち、静さん。無事に代表入りしていたみたいだけど」

「当たってからのお楽しみ――と申し上げたいところですが、わたくしグラド内3位通過に納得していませんの! シリウスの実力なら、もっと上を目指せたはずなのです! もっと……!」

「お、お嬢様、みんな頑張ったんですから……師匠たちはサーラ内で2位通過でしたよね? おめでとうございます」

「おめでとうございます」

「ありがとう、二人とも。とはいえ、こっちも今一つピリッとしていないのは確かだな……このまま本戦に進むのはちょっとな」


 予選の内容を思い返し、その場は少しだけ考え込むような空気になり……。

 沈黙を嫌った秀平が声を上げる。


「あー、ほら、こういう時は第三者の意見だよ! みんなで掲示板の様子でも見ない? 上手い修正案が見つかるかもよ?」

「掲示板っていうと、予選の様子とかか? お前、またタブレット持ってきてんの?」

「掲示板……ボクたちはほとんど見たことがありませんね、お嬢様」

「そうね。なら折角だから、お言葉に甘えて見せていただこうかしら」

「ほいきた! 準備するからちょっと待ってね!」


 そこからは秀平のタブレットを使い、その場のみんなで掲示板を回し読みすることになった。

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