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隣町のプールへ

「わっち、俺思ったんだけどさ……」

「何だよ?」


 秀平が岸上家の――つまりウチのソファで横になって涼みながら呟いた。

 俺はもう一つのソファで座り、手芸の本のページをめくる。

 卓上のオレンジジュースの氷が、カランと音を立てて中に沈んだ。


「TBの話だけど。相手の総指揮官が分かっているんならさ、わっちのサクリファイスとセレーネさんのスナイピングアローで――」

「アホか。大抵俺が総指揮官やってんのに、そんなことをして失敗したら自滅だろうが。それに、もし狙った相手が総指揮官じゃなかったらどうするんだ?」


 総指揮官の比率としては七割が俺で、残りの三割がサイネリアちゃんとなっている。

 後半戦、躍起になって俺を狙って来るチームは一気に増加した。

 そこでサイネリアちゃんを指揮官に、自分を囮として使って勝利したりといったケースが数戦存在した。

 事前に彼女に指揮の練習をさせておいて、本当に良かったと思う。

 そんな俺たちのチームの指揮官事情だが、トビの言った案は残念ながら使い物にならない。


「あ、やっぱり? 指揮官がサイネリアちゃんの時ならいいかと思ったけど、どっちみちリスポーン不可だったよね。サクリファイスで戦闘不能になった場合はさ」

「そうそう。だから総指揮官じゃなくても、それ以降は一人少ない状態で戦うことを強いられるな。運営に使うなって言われているようなもんだろ?」

「もしかしてわっち、ピンポイントで狙われてない? ファーストイベント、闘技大会と2イベントもサクリファイスで取ったからなぁ」

「いやいや、考え過ぎだろう。どちらかというとアレじゃないか? サクリファイス付きの範囲魔法ぶっぱとか、アローレインとかの対策。サクリファイス使用後に復活可能だと、一定時間ごとに超火力が飛び交うことになるぞ。先に攻撃を当てた方が勝ち、みたいな」

「ああ、ありそう! 一撃即死の大味な戦い間違いなし! それは嫌だなー」


 運営の想定を超える効果を発生させた訳でもあるまいし、一個人を狙ってそういう仕様にしたとは考え難い。

 可能性があるとしたら、今言ったようなリスポーン可能というルールとの折り合いだと思う。


「はー……しっかし、課題の終わった夏休みがここまで快適だとは」

「さすがのお前も、小学生のころはちゃんとやってたんじゃねえの? 宿題」

「うーん、小学……一年生の時までしか早目に終わらせた記憶がない……」

「そりゃ酷い。しかし、自由研究とかって今思い出してみても難しいよな」

「何でもいいって言われるとそれはそれで困るよねぇ――あ」


 そこまで話したところで急に、秀平がソファから立ち上がる。

 立つなり時計を確認すると、急にその場をウロウロし始め……。

 その様子に、俺は本から目を離して顔を上げた。


「どうした?」

「わっち、プールに行こう! プールに!」

「は? プール? どこの?」


 秀平は一つ頷くと、何やら財布からしわくちゃになった紙を二枚取り出した。

 それを一枚、俺に渡してくる。


「えーと、プールの半額券? 隣町のあそこか……確か改装していたんだっけ?」

「かなり綺麗になったらしいよ! 今日は未祐っちも理世ちゃんもいないみたいだし、わっちが気疲れする心配もなし! 野郎二人で華がないしちょっと遠いけど、行こうぜ!」

「未祐は章文おじさんとお出かけだからな。理世は夏期講習だけど……今から行けば帰宅時間までに十分に戻って来られるか。いいぞ」

「よっし! 偶には体を動かさないとねー。何でも、ウォータースライダーが凄いらしいよ?」

「ウォータースライダー目当てってお前、男子高校生としてそれは……いや、まあいいけど」


 俺が本を閉じると、秀平は多量の水滴のついたコップを手に取る。

 そのままオレンジジュースを一気に飲み干すのを横目に、俺はリビングを出た。

 海水パンツを用意しないと……どこにしまったっけな? 学校指定の水着は着心地が悪いんだよな。




 隣町への移動はバスを利用し、リニューアルオープンしたプールへと到着。

 さすがに夏休みで天気も良いとあってか、家族連れなどが多く園内は賑わっている。

 俺たちは着替えを済ませると、真夏の太陽が照り付けるプールサイドへと出た。


「おおー!」

「おお……」


 そして秀平お目当てのウォータースライダーだが、これがまた非常に大型のものだった。

 長い階段を上り切った先、そこからぐるぐるとうねるようにスライダーが伸びている。

 確かに凄い、凄いのだが……。


「行列も凄いな……これを並ぶのか?」

「もち! 並ぶ!」


 ウォータースライダーへと続く階段には、既に長蛇の列ができ上がっていた。

 最後尾付近では、せがむ子供を前に母親が諦めるように説得している。

 あのお母さんの気持ち、俺にはよく分かる……。

 注意書きによると小さな子供は保護者同伴で、一つの浮き輪に一緒に乗る必要があるそうだ。

 これを目当てに来たという秀平の手前、言えやしないが……本当は俺も諦めて、一刻も早く水に浸かりたい。

 流れるプールで漂いたい。


「これは干からびそうだな……ちゃんと水分は摂ってきたけど――おや?」


 その母子と背の高い父親らしき男性が退いた先……。

 そこには派手な金髪の女性と、上下一体型の水着を着けたショートカットの――何だろう、見覚えのある二人組が並んでいた。

 こちらに向かって列の傍を通る何人かの男性たちが、吸い寄せられるようにその二人に視線を向けていく。


「くぅぅぅぅぅ! 全然進まないじゃありませんの! 何とかなさい、ツカサ!」

「何とかと仰られましても。無理なものは無理ですよ、お嬢様……ここは静かに待ちましょう」

「もうっ! こうなったら家に同じものを作らせて――」

「それこそ無茶ですよ! ボクが旦那様に叱られてしまいます!」

「わっちわっち、あれって……」


 秀平が声をかけてみろとせっついてくる。

 自分でやれよ、という抗議の視線を秀平に送ってから、俺は恐る恐るその背に声をかけた。


「……マリー? 司?」


 その呼びかけに振り向いた二人は……。

 予想通りこの場に全く似つかわしくない、お嬢様と執事の二人組だった。

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