ティオ殿下と渡り鳥の訓練 その2
「――って話になったから連れてきた」
「唐突だな!? 別に構わんが!」
「ここが渡り鳥の畑なの? 何だか、砂漠のものとは思えない景色ね」
最初は素材の収穫から、ということで農業区へ。
雇えない、勝手に入ってこない現地人がここにいるということ自体がかなりの特殊ケースである。
畑で作業をしていたのはユーミルのみ。
「ならば己の手を汚して収穫作業を手伝うのだ! ほら、ティオ! 早く早く!」
「凄まじく切り替え早いわね!?」
「そういう奴なんで。まずは一番簡単な薬草の収穫から始めましょう」
回復アイテムの基本素材『薬草』と『滋養草』はただ真っ直ぐ引っこ抜くだけだ。
土から出した際に種が一緒にポロポロと落ちる。
「砂……じゃない、土か。しかも黒いわね。どうなっているの? 確か昔、ルストを訪問した時にこんな……」
「む、止まるなティオ! 手を動かしながらでも考えごとはできるだろう? そんな動きではいつまで経っても終わらんぞ!」
「動きも速っ……わ、分かっているわよ!」
ユーミルの収穫速度に関してだが、若干の作業の荒さもあるものの尋常なスピードではない。
ティオ殿下は最初その豪奢な服が汚れるのを気にしていたが、根の張った薬草を抜いた際に盛大に尻餅を着いた。
「きゃっ!」
「あっ……大丈夫ですか? だから掃除の前に、もっと汚れても良い服にと申し上げましたのに」
「これ、私が持っている服では一番古くて安いものよ……」
「えっ、嘘だろう!? そんなドレスもどきの服が!? ハインド、ティオにも作業服を作ってやったらどうだ?」
「いや、用意したんだけど着たくないって」
「だって、作業服って見た目が……」
どこかで聞いたような話の流れだが……。
ユーミルは殿下のその言葉を聞いた直後、目をカッと見開いた。
「作業服を馬鹿にするなぁ! これは働く人間の戦闘服だぞ、貴様!」
「なっ……!?」
ユーミルの一喝にティオ殿下は雷に打たれたような顔になった。
ちなみに装備の洗浄機能があるプレイヤーが作業服を着る必要性だが……。
植えたり設置したりした生産物の完成までの時間が短縮されたり、収穫の際の素材ランクが僅かに上がったりといった恩恵がある。
だから俺たちは生産系を行う際は、それぞれ作業着をちゃんと装備している。
「……分かったわ。ユーミルの無礼な言葉遣いはともかくとして、作業服を馬鹿にしたことは謝る。私の考えが甘かった……!」
「うむ。かつて私も、実用性抜群の木の棒を馬鹿にしてハインドに一喝されたことがある」
「あれか……懐かしいな、初心者用装備」
「見た目を整えることは確かに大事だ! が、時と場合によっては見た目よりも実用性! そしてその実用性を追求した姿は、表面上はダサくとも見る者が見れば美しい!」
「良い言葉ね……その言葉、胸に刻むわ!」
「……」
何か言うべきかとも思ったが、二人が盛り上がっているので俺は口を噤んだ。
そしてティオ殿下の服が一瞬で切り替わる。
プレイヤーの装備変更もこうなのだが、NPCにこれをやられるとギョッとするな……。
クラリスさん以来か? 変なところでゲーム的なのは相変わらずだ。
更にセミロングの黒髪を紐で縛り、作業服の袖をまくると殿下に元から備わっている活発な印象が増した。
「やってやろうじゃないの! さあ、薬草の次はどれ!?」
「その意気やよし! 次は食べ物系だ! 作物によって採り方が違うから、少し難易度が上がるぞ!」
「おお。気合い入ってるな、二人とも」
ティオ殿下の向上心とユーミルの突進力が噛み合った。
全身を泥だらけにしながら収穫作業は一気に進んで行く。
二人が荒らした土を均し、少し離れた場所で俺は静かに種植えを行った。
そして……。
「終わったぁー!」
「ぜぇ、ぜぇ……」
作業が終了し、元気に叫ぶユーミルと息も絶え絶えなティオ殿下がそこにいた。
やっぱりこうなったか……。
「慣れない作業に良く付いてきたな! お疲れさまだ、ティオ!」
「で、でも採り方が下手だったりで足を引っ張って――」
「初めてなのだろう? 私も最初はハインドに頼り切りだったしな! 気にするな! それよりも、最後までやり切ったその根気を私は評価したい! 片付けは私がやるから、そこで座っていろ!」
そう言ってユーミルは収穫に使用した鎌や採り忘れた種などを拾っていく。
俺が座り込んだ殿下の傍に近付くと、彼女はユーミルの背中を見て呟いた。
「……凄いわね、あなたたちのギルドマスター」
「でしょう? 何せあいつの言葉は基本的に、全部本音ですからね。ああいう時に難しい言葉は必要ないんだって、思い知らされますよね」
「私もいつの間にかその気にさせられていたもの……今のストレートな褒め言葉も、少しくすぐったいけれど悪くない。ハインドが支えてあげたくなる気持ちが分かるわ。勉強になるわね……」
その後はユーミルと殿下の三人で他の農業地の作業を手伝ったり行ったりで、ギルドホームへ戻った。
収穫した素材を使ってリィズのところでアイテム調合を行い、俺以外のその場にいたメンバーはそこでログアウト。
また殿下と二人になったところで、次は……。
「殿下、お疲れですか?」
「いいえ、まだ大丈夫よ。何かあるなら言ってみなさい。今日の私は絶好調だから!」
その言葉に偽りはないようで、ティオ殿下の瞳は今も興味と活力で輝いている。
それを見た俺は、作業服に続いて新たな服を用意した。
「殿下、庶民の服を着ることに抵抗は?」
「特にないけど? 姉上がそういう風潮とか、そういう選民的な思想を持ってる人間をみんな吹き飛ばしちゃったもの」
「あー、何ともらしいお話で……ではこちらと、このエプロンを」
「エプロン? 料理でもするの?」
「ええ、そうです。今から販売用の料理を作ります」
俺はクラリス商会で入手した現地で流行りの服と自作のエプロンを渡し、殿下と一緒に調理室へ向かった。
ここまで来たら、作ったアイテムや料理が売れるところまで見てもらおうという肚だ。
服を作業服から着替えた殿下と共に、売り物の料理を作っていると……。
「ニンッ!」
「きゃああああああ!」
隠し扉……壁の中から突如トビが現れた。
公共スペースのいくつかにある、トビがこさえた忍者屋敷っぽい改造の成果だ。
談話室や通路のショートカットなど、使用に害のない場所はこんな風になっている部分が結構存在している。
調理室は俺の管轄なので許可を出したが、各個室や調合室、鍛冶場などには当然ながら隠し扉の類はなしだ。
「おお、これは殿下! ハインド殿だけかと思っていたので……失礼いたしたっ! おや? 殿下の服装が……」
「どこから出てきているのよ!? このギルドは本当に変な奴しかいないわね!」
俺もその変な奴とやらに含まれ――聞くまでもないか、この顔を見ると。
トビは回転する壁から出てくると、ティオ殿下の姿をしげしげと眺めた。
「うむうむ! 女王陛下と違って、ティオ殿下はそういう町娘みたいな格好も似合うでござるな!」
「……それ、褒められているのかしら?」
本人の容姿そのものがゴージャスだからな、女王は……同じものを着せたら服の方が負けそうだ。
かといって、そうではないティオ殿下が劣るという話でもないだろう。
「ちょうどいいところに来たな、トビ。これから街に出て、屋台を引くから手伝ってくれよ」
「おっ、屋台でござるか。もちろんOKでござるよ!」
「……屋台?」
ティオ殿下の疑問の言葉に、俺は頷いて説明を始めた。




