出現理由と接待準備
立場的に彼女が使用人なし、更には護衛もなしにここにいるということに激しく違和感がある。
そもそも、NPCがプレイヤーのホームに入ってくるという話自体聞いたことがない。
「あの、殿下」
「何よ、ハインド。折角私が来てあげたっていうのに、あまり嬉しくなさそうじゃない」
「ここにはどういったご用件で?」
「私は貴方たちが組み込まれた部隊の現地人代表ですもの。我が国の軍事演習における勝利のため、こうして親交を深めに来るのがそんなにおかしい?」
「おかしくはないんですが……ええと」
「以前と口調が変わっているな……」
そう呟いたのはユーミルである。
ティオ殿下がこの口調になったのは街の視察中のことだ。
教練中の丁寧口調が徐々に剥がれ……最終的に、素の状態らしき少し生意気さを感じさせるものに落ち着いた形だ。
どうも猫を被っていただけらしい。
「少し殿下にはお待ちいただいて、みんなと話をしてきても構いませんかね?」
「内緒話? 客の前でそんなこと、普通するものかしら……?」
「あー……」
確かに失礼か。いくら予告なしの訪問とはいえ。
俺はティオ殿下の性格を踏まえ、少し考えてから……。
「実は恥ずかしながら、色々と準備不足でして。殿下をどうおもてなしするか、みんなと相談させていただけるとありがたいのですが」
「私のため? ……だったら仕方ないわね! 許します」
「ありがとうございます! ほらみんな、集合! 集合!」
ほどほどに真実を混ぜた自尊心をくすぐる言い訳を使い、みんなを部屋の隅に呼び寄せた。
本当は部屋を移動したいが、殿下の機嫌を考えるとこの位置が限界だろう。
おそらくこの距離でもこちらの話し声は殿下に聞こえないはず。
――って、よく見たらまたトビだけがいねえ。
あいつは一人で待ちぼうけになるのを恐れてか、重役出勤になることが多いな。
「……どうなっているのだ、ハインド! こんなの聞いてないぞ、私は!」
「俺だって聞いてねえよ。最近ここの運営はやることが突飛過ぎる……」
「どなたか、ログイン前に公式サイトをチェックした方はいらっしゃいます?」
埒が明かないと見たか、リィズが情報提供を呼びかける。
ちなみに俺たち三人は特に確認せずにログインしてきた。
そしてゲーム内で見ることができるお知らせページには、まだ何も表示されていない。
「私はさっきまで宿題をやっていました。それが終わってから、すぐにここに!」
「私もリコと同じです」
「私は直前まで寝てました」
「あ、えと、みんなと予定を合わせるために、提出用のレポート作成を」
一人を除いてみんなやるべきことをやっていたようで、ユーミルがご満悦である。
シエスタちゃんも「サボっているようにしか見えないのに、いつの間にか終わっているんです。不思議!」とリコリスちゃんが言っていたので大丈夫だろう。
どうしてそんなことになるのかは、ちょっと俺には理解できなかったが。
しかし、みんなからの情報はなしか。
俺たちがどうしたものかと困り果てていると、背後から足音が聞こえてくる。
扉を開けて現れたのは当然トビで、ティオ殿下に目を止めて立ち止まった。
「――あ、本当にいた!」
「トビ? 本当にって、どういう意味だ?」
トビが失礼にならないよう殿下に会釈をしながら、俺たちの方に慌てて駆け寄ってくる。
「……やはりご存知なかったでござるか。実は、今から小一時間ほど前に公式サイトの更新が……」
「近っ! 近いな! いつもと更新時間が違うし、そりゃ気付かないって」
「ならばトビ、概要を頼む! 短くな!」
「承知いたした、ギルマス。掻い摘んで話すと、今夜からイベント終了まで応援NPCが対象のギルドホームに出現。拙者たちの場合は、同盟内で参加人数の多いこちらのホームということになるでござるな」
「いやいや、何かその時点でおかしいぞ。昔のゲームじゃないんだから……迎える側にだって準備がいるだろう?」
あれだけ高度なAIを積んでいて、人間的な反応をする訳だから。
ただただ「ああ、何かいるねー」程度で終わる従来のゲームのノリを持ち込まれても。
滞在してもらう場所やプレイヤーたちがいない時間にどうしてもらうかなど、色々あるだろう。
「ま、まぁそれはこの際置いておくとして。運営によるとイベント開始までネームドの育成が可能であること、本人が気に入った装備ならば渡すことで付け替える可能性あり、となっていたでござる」
「それはまた、確保できていない人たちが荒れそうな……育成といっても、さすがにプレイヤーの力を超えることはないんだろう?」
「ただでさえ掲示板などで不満が噴出しているでござるからな。重要戦力までは有り得ても、バランスブレイカーになるようなことはないでござろうよ」
「なるほどね……」
とにかく、彼女がここにいる理由は分かった。
それならそれで、当面の扱いに関して考えなければならない。
「とりあえず、彼女が滞在中にメインで使う部屋を決めてしまおう。過去にここを所持していた貴族の当主が使っていた、とかいう一番でっかい部屋があるよな?」
「私たちは使っていませんけれど、確かにありますね。少し手を入れる必要があるとは思いますが」
俺の言葉に応じてくれたのはリィズだ。
言われて思い出すと、調度品の類がやや男性向けだったり古かったように思う。
そのままでは使えないか。
「そこをそれらしく整えて、品目多めのちょっと豪華なおやつを用意しよう。トビ、そういうのに関連した本人の機嫌って大事だよな?」
「大事でござろうな。期間中も好感度の変動ありとなっていたでござるし。拙者たちが稼いだ国軍の練度と同じく、ギルド戦における動きの質に差が出るかと」
「じゃあ、ひとまず掃除組と調理組に別れよう。フィールドに出るのはそれが終わってからかな」
「面倒臭いですねー……」
最後に一言零したのはシエスタちゃんである。
俄かに忙しくなったギルドホームで、俺たちは殿下の接待準備に追われた。
本人がいる中での準備というのは割と滑稽だが、これは運営のせいであって俺たちのせいではない。
「あら、悪くない部屋じゃない。少し手狭だけれど」
これは準備を終えてティオ殿下を部屋に案内した時の反応。
予想できた反応ではあるが、微妙に腹が立つのは何故だろう?
王宮でどんな部屋に住んでいるのか知らないが……。
ティオ殿下が狭いと言わずに済むであろう部屋なんて、知り合いが持つホームの中ではヘルシャのところの屋敷しか思い当たらない。
「ふわふわ? もちもち? していて美味しいわ! ハインド、これは何というお菓子なの?」
「これはマシュマロです。卵白を泡立てて、甘味を加えた上で――」
「らんぱくって何?」
「そこから!? そこからなのか!?」
「質問責めですね……そしてハインドさんとばかり話しているのが気に入りません。何なんですか、この人……」
「そりゃ、好感度の差でござろうな……リィズ殿、顔が怖いでござるよー。抑えて抑えて」
街を一緒に歩いた時の記憶が蘇る。
ティオ殿下は癒しの魔法の勉強ばかりに傾倒していたのか、基本的にあまりものを知らない感じの発言が多かった。
そんなこんなで殿下の襲来からホーム内が落ち着いたのは、ログインしてからおよそ三十分後のことだった。