表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
293/1112

出現理由と接待準備

 立場的に彼女が使用人なし、更には護衛もなしにここにいるということに激しく違和感がある。

 そもそも、NPCがプレイヤーのホームに入ってくるという話自体聞いたことがない。


「あの、殿下」

「何よ、ハインド。折角私が来てあげたっていうのに、あまり嬉しくなさそうじゃない」

「ここにはどういったご用件で?」

「私は貴方たちが組み込まれた部隊の現地人代表ですもの。我が国の軍事演習における勝利のため、こうして親交を深めに来るのがそんなにおかしい?」

「おかしくはないんですが……ええと」

「以前と口調が変わっているな……」


 そう呟いたのはユーミルである。

 ティオ殿下がこの口調になったのは街の視察中のことだ。

 教練中の丁寧口調が徐々に剥がれ……最終的に、素の状態らしき少し生意気さを感じさせるものに落ち着いた形だ。

 どうも猫を被っていただけらしい。


「少し殿下にはお待ちいただいて、みんなと話をしてきても構いませんかね?」

「内緒話? 客の前でそんなこと、普通するものかしら……?」

「あー……」


 確かに失礼か。いくら予告なしの訪問とはいえ。

 俺はティオ殿下の性格を踏まえ、少し考えてから……。


「実は恥ずかしながら、色々と準備不足でして。殿下をどうおもてなしするか、みんなと相談させていただけるとありがたいのですが」

「私のため? ……だったら仕方ないわね! 許します」

「ありがとうございます! ほらみんな、集合! 集合!」


 ほどほどに真実を混ぜた自尊心をくすぐる言い訳を使い、みんなを部屋の隅に呼び寄せた。

 本当は部屋を移動したいが、殿下の機嫌を考えるとこの位置が限界だろう。

 おそらくこの距離でもこちらの話し声は殿下に聞こえないはず。

 ――って、よく見たらまたトビだけがいねえ。

 あいつは一人で待ちぼうけになるのを恐れてか、重役出勤になることが多いな。


「……どうなっているのだ、ハインド! こんなの聞いてないぞ、私は!」

「俺だって聞いてねえよ。最近ここの運営はやることが突飛過ぎる……」

「どなたか、ログイン前に公式サイトをチェックした方はいらっしゃいます?」


 埒が明かないと見たか、リィズが情報提供を呼びかける。

 ちなみに俺たち三人は特に確認せずにログインしてきた。

 そしてゲーム内で見ることができるお知らせページには、まだ何も表示されていない。


「私はさっきまで宿題をやっていました。それが終わってから、すぐにここに!」

「私もリコと同じです」

「私は直前まで寝てました」

「あ、えと、みんなと予定を合わせるために、提出用のレポート作成を」


 一人を除いてみんなやるべきことをやっていたようで、ユーミルがご満悦である。

 シエスタちゃんも「サボっているようにしか見えないのに、いつの間にか終わっているんです。不思議!」とリコリスちゃんが言っていたので大丈夫だろう。

 どうしてそんなことになるのかは、ちょっと俺には理解できなかったが。

 しかし、みんなからの情報はなしか。

 俺たちがどうしたものかと困り果てていると、背後から足音が聞こえてくる。

 扉を開けて現れたのは当然トビで、ティオ殿下に目を止めて立ち止まった。


「――あ、本当にいた!」

「トビ? 本当にって、どういう意味だ?」


 トビが失礼にならないよう殿下に会釈をしながら、俺たちの方に慌てて駆け寄ってくる。


「……やはりご存知なかったでござるか。実は、今から小一時間ほど前に公式サイトの更新が……」

「近っ! 近いな! いつもと更新時間が違うし、そりゃ気付かないって」

「ならばトビ、概要を頼む! 短くな!」

「承知いたした、ギルマス。掻い摘んで話すと、今夜からイベント終了まで応援NPCが対象のギルドホームに出現。拙者たちの場合は、同盟内で参加人数の多いこちらのホームということになるでござるな」

「いやいや、何かその時点でおかしいぞ。昔のゲームじゃないんだから……迎える側にだって準備がいるだろう?」


 あれだけ高度なAIを積んでいて、人間的な反応をする訳だから。

 ただただ「ああ、何かいるねー」程度で終わる従来のゲームのノリを持ち込まれても。

 滞在してもらう場所やプレイヤーたちがいない時間にどうしてもらうかなど、色々あるだろう。


「ま、まぁそれはこの際置いておくとして。運営によるとイベント開始までネームドの育成が可能であること、本人が気に入った装備ならば渡すことで付け替える可能性あり、となっていたでござる」

「それはまた、確保できていない人たちが荒れそうな……育成といっても、さすがにプレイヤーの力を超えることはないんだろう?」

「ただでさえ掲示板などで不満が噴出しているでござるからな。重要戦力までは有り得ても、バランスブレイカーになるようなことはないでござろうよ」

「なるほどね……」


 とにかく、彼女がここにいる理由は分かった。

 それならそれで、当面の扱いに関して考えなければならない。


「とりあえず、彼女が滞在中にメインで使う部屋を決めてしまおう。過去にここを所持していた貴族の当主が使っていた、とかいう一番でっかい部屋があるよな?」

「私たちは使っていませんけれど、確かにありますね。少し手を入れる必要があるとは思いますが」


 俺の言葉に応じてくれたのはリィズだ。

 言われて思い出すと、調度品の類がやや男性向けだったり古かったように思う。

 そのままでは使えないか。


「そこをそれらしく整えて、品目多めのちょっと豪華なおやつを用意しよう。トビ、そういうのに関連した本人の機嫌って大事だよな?」

「大事でござろうな。期間中も好感度の変動ありとなっていたでござるし。拙者たちが稼いだ国軍の練度と同じく、ギルド戦における動きの質に差が出るかと」

「じゃあ、ひとまず掃除組と調理組に別れよう。フィールドに出るのはそれが終わってからかな」

「面倒臭いですねー……」


 最後に一言零したのはシエスタちゃんである。

 俄かに忙しくなったギルドホームで、俺たちは殿下の接待準備に追われた。

 本人がいる中での準備というのは割と滑稽だが、これは運営のせいであって俺たちのせいではない。


「あら、悪くない部屋じゃない。少し手狭だけれど」


 これは準備を終えてティオ殿下を部屋に案内した時の反応。

 予想できた反応ではあるが、微妙に腹が立つのは何故だろう?

 王宮でどんな部屋に住んでいるのか知らないが……。

 ティオ殿下が狭いと言わずに済むであろう部屋なんて、知り合いが持つホームの中ではヘルシャのところの屋敷しか思い当たらない。


「ふわふわ? もちもち? していて美味しいわ! ハインド、これは何というお菓子なの?」

「これはマシュマロです。卵白を泡立てて、甘味を加えた上で――」

「らんぱくって何?」

「そこから!? そこからなのか!?」

「質問責めですね……そしてハインドさんとばかり話しているのが気に入りません。何なんですか、この人……」

「そりゃ、好感度の差でござろうな……リィズ殿、顔が怖いでござるよー。抑えて抑えて」


 街を一緒に歩いた時の記憶が蘇る。

 ティオ殿下は癒しの魔法の勉強ばかりに傾倒していたのか、基本的にあまりものを知らない感じの発言が多かった。

 そんなこんなで殿下の襲来からホーム内が落ち着いたのは、ログインしてからおよそ三十分後のことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ