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夏休みの開始と掲示板

 俺がカップを磨く前で、カウンター席に座る秀平が唸りながら問題集と向き合う。

 お客さんの波が一段落したので、今はマスターも麻里子さんも休憩中だ。


「……ねえ、わっち」

「何だ?」

「去年までなら今ごろ、俺は冷房の効いた部屋でのびのびとゲームをやっている時間なんだ。夏休みだーって、叫びながら」

「ここだって冷房は効いてるじゃないか。涼しいだろ?」

「そうだけど、そうじゃない! ……あ、ごめん。うるさかったね」

「……」


 終業式が何事もなく終わり、解放感に満ち溢れた顔のクラスメイトたちと別れた午後。

 俺はいつも通り喫茶店でバイトを、秀平は客としてコーヒーを飲みながら夏休みの課題に取り組んでいた。


「何かやけに愚痴っぽいが、その割に長時間粘れているじゃないか。面倒とは思いつつも、悪い気分じゃないんだろ?」

「あー、やっぱり分かる? 今まで散々逃げ回ってきたからねぇ……いざこうして向き合うと、何だか清々しい気持ちになるよね。面倒なことには変わりないんだけど」

「良い傾向だと思うぞ、それ。とはいえ、問題集を始めてから今で大体二時間くらいか」


 本格的に話し始めたら、秀平は完全に集中力の切れた顔になってしまった。

 このカップを拭き終われば俺も特にやることがなくなる。

 お客さんも秀平以外にはいないので、少しくらいは構わないか。


「要は休憩したいから、話し相手になれって言いたいんだろ? 勉強以外の話で」

「大正解! ゲームの話しようぜ、ゲームの! それだけで俺はまだ戦える!」

「それは問題集の進み具合によるな。どこまで進んだ?」

「半分!」

「おっ、結構進んでるじゃないか。じゃあ、ちょっと待ってろ」


 売上伝票に書き込んで、財布から小銭を取り出す。

 手を洗ってチョコレートケーキを二つ用意し、皿に乗せて自分と秀平の前に置いた。

 こういった自由が許されるのが個人経営の店の良いところだ。

 無論、マスターの許可は事前にきちんと取ってあるが。


「ほれ、俺の奢り。食べながら話そうぜ」

「わっぢぃぃぃ! いづもありがどぉぉぉぉ!」

「それ食べて、気力が回復したらまた頑張れよ」

「おうよ! 今日でこの問題集とはおさらばだぜ! でさ、休憩中に久しぶりに掲示板を一緒に見ようと思うんだけど」

「あー、そういや俺もここのところチェックしてない。イベントスレだよな? セレーネさんが荒れ気味だって言ってたのを聞いたきりだ」

「なら好都合! 準備不足で嘆く亡者どもの書き込みを見ようぜー!」

「お前、結構いい性格してるよな……」


 こういう時はそれぞれのスマホで同じスレッドを閲覧するのがお約束である。

 俺は自分のスマホを取り出すと、秀平が指定するスレを開いて覗き込んだ。


【ネームド】ギルド戦イベントについて語るスレ3【空欄】


TBで開催予定の国別対抗・ギルド戦に関するスレです。

1チームのプレイヤー最高参加人数は50人、同盟との混成チームも可。

ギルメン募集は専用スレがあるのでそちらでどうぞ。

荒らしはスルー、マナー厳守。

次スレは>>950が宣言して立てること。 


845:名無しの魔導士 ID:6pusyjk

はぁぁぁ……


846:名無しの弓術士 ID:3kj2pwt

あぁぁぁ……


847:名無しの武闘家 ID:y7pgsfp

スレの空気が辛気臭ぇ


848:名無しの軽戦士 ID:5pfd5j2

運営の不意打ちから結構時間経ったのにね


849:名無しの軽戦士 ID:sycdmmi

仕方ない、俺だって悔しい

軍事教練なんて一回もやってねえよ! 畜生!


850:名無しの騎士 ID:kg9j37b

ちゃんと前もって準備してたぜ!

って言っていた人たちがいつの間にかいなくなってる


851:名無しの魔導士 ID:su8gh3b

こんなスレの空気じゃ、見ていたとしても何も書き込めないよ


852:名無しの神官 ID:xpzchk4

イベントに向けて今からできることって何があるんだ?


853:名無しの重戦士 ID:kkgj2y8

NPC関連をやってなかったギルドは、

プレイヤーで満員にすれば良いんじゃないの?

人数足りないなら募集募集

何ならグラドに行って直接新規を捉まえてくるのだ


854:名無しの神官 ID:xpzchk4

まあ、それしかないか

問題はプレイヤー一人でNPC二人分の働きができるかどうか

加入させても新人プレイヤーだと、育成が間に合うかどうかって問題も


855:名無しの魔導士 ID:e5icru4

スレによってはそれと逆意見が出てて面白いよ

いくら人数多くても、NPCで大丈夫かーって


856:名無しの神官 ID:xpzchk4

そうなのか

NPCの能力が国単位で最低値保証っていっても、

無補正の俺らだと不安だよな……指示が伝わる速度が違うってのも怖い


857:名無しの軽戦士 ID:5pfd5j2

がっつり軍事教練やれてたギルドはNPC多めに入れた方がお得なのかね?

どのくらいの比率にすれば正解なのか分かんないけど


858:名無しの重戦士 ID:ubg4hgh

とりあえず、スレタイにあるネームドは間違いなく強いんじゃない?


859:名無しの魔導士 ID:6pusyjk

ネームドの話はするな! はぁぁぁ……


860:名無しの重戦士 ID:ubg4hgh

いや、その、何かごめん


861:名無しの武闘家 ID:y7pgsfp

俺も可愛いネームドNPCをチームに入れたかった……


862:名無しの騎士 ID:d38psdr

最初から選択肢が狭まってると悲しい

まぁ、今くらいの時期までに軍事教練をやっておけって、

運営も前もって示してたけど


863:名無しの軽戦士 ID:snrfdrp

>>862

嘘? どこで?


864:名無しの騎士 ID:d38psdr

特に明言はしてないけど

軍事教練にクエストでしか手に入らないスキルポイントの書とか報酬にあったし、

考えてみれば他の報酬もやけに豪華だったんだよね

期間で報酬区切ってるし、それが終わったら何かあるって言ってるようなもん


865:名無しの弓術士 ID:9jizmc8

ちょうどイベント発表の前日までだったんだよね、最初の報酬期間


866:名無しの軽戦士 ID:snrfdrp

それはちょっと俺のセンサーが死んでたかも……

言われてみれば、めっちゃ分かりやすい兆候だな


867:名無しの魔導士 ID:5wz74j2

NPCのレベル上昇がすげえ遅くて、何となくやめちゃった俺みたいなのもいる

根気が足りなかった……


「……何かさ、わっち。夏休み終盤の俺の姿とダブって、いたたまれない気持ちになったんだけど。この慌てて準備を始める感じが特に。あっちは不意打ち予告の結果だから、俺のとはちょっと違うけど」

「休憩のつもりでスレを覗いてんのに、影響されて気落ちしてどうすんだ……。結局、課題を終わらせない限りお前は呪縛から逃れられないんじゃ?」

「それもそうか……よし! わっち、休憩終わり! 俺、やるよ!」

「ああ。応援してるぞー」


 ケーキの乗っていた皿を回収し、カウンターの奥に引っ込んだところでドアベルが鳴る。

 俺の方の休憩もこれで終わりだな。


「いらっしゃいま――お、佐藤さんに斎藤さん。いらっしゃいませ」

「げっ、委員長!」

「やっほー、岸上君。約束通り来たわよ。津金、あんたはちょっとそこで待ってなさい。今の失礼な反応について、たっっっぷりと言いたいことがあるから」

「ひぃっ!」

「岸上君、今日のおすすめは?」

「斎藤さんはマイペースだねぇ。暑いし、パフェなんてどう?」


 クラス委員の佐藤さんが、文化祭の時の約束通り斎藤さんと一緒に来店してくれた。

 タイミング良くマスターが戻り、それを切っかけにお客さんも増え始める。

 色々あったが、どうにか秀平はこの日の内に問題集を一つ終わらせた。

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