終業式の朝
「カクタケアの人たち、ミレス団長と一緒に女王様について語り明かしたそうだぞ。それも何度も」
自宅のダイニングテーブルで朝食のトーストを齧りながら、昨夜のギルド戦エントリーについて二人と話す。
今朝のメニューはトーストにベーコンエッグ、サラダ、スープ、フルーツヨーグルトと洋風だ。
低めの音量に設定されたテレビからは天気予報が流れている。
「ベーコンカリカリ! うまー! ……なるほど、それで好感度が私たちよりも高かったのか」
「そういえばかなりの親女王派でしたね、彼は。忠誠心の塊といった印象です」
「さぞかし話が合ったことだろうな。ただ、女王を邪な目で見るような発言については、激しく噛みつかれたそうだが」
「それ、一部のメンバー的には駄目なのではないか? かえって気が合わないまであるように思うが」
「かもな……」
それでも好感度トップのプレイヤーがいたのだから、どんな形であれ女王の話をできる同士がいることが嬉しいのだろう。
俺たちの中で積極的に女王談義をできるのはトビだけだが、それだって本命ではない訳だし。
……にしても、未祐はどんだけスープにクルトンを入れるんだよ。
それも結局はパンだぞ? 相変わらず良く食べるなぁ、朝から。
「ま、それは分かった。私たちは女王が苦手だからな。それはそれとして、どうして聖女なのだ?」
「俺にも分からないんだけどな。順を追って聖女様に俺たちが実行したことを思い出してみるか」
「聖女……女王様の妹さんのティオ殿下ですか。兄さんとシエスタさん担当の、神官部隊所属でしたよね?」
対する理世は、言葉こそしっかりしているがちょっとふらついている。
チーズを乗せたパンで低血圧対策をさせよう。
これでも小さい頃よりはずっと健康的になってきている。
未祐に比べるとモソモソとしたスピードだが、朝食を摂ると段々血色が良くなってくる。
「殿下は一応部隊長だ。性格的には……まず、魔導の天才である姉に激しいコンプレックスを抱いているな」
「そうなのか?」
「本人は絶対に口にしないけどな。言動の端々に分かりやすく出ているからなぁ……多分、同じ分野にいないのもそのせい。意地っ張りで居丈高だけど、その分向上心は強い。そんな感じ」
「尖ってますね……」
「尖っているな。なもんで、初期は部下に嫌われていたな」
その態度の裏に在るものが子どもらしい意地だということで、徐々に理解が広がっているが。
そもそも最初の軍事教練からして、彼女のプライドをへし折るところから始めたからな。
それを見ていた部隊員が、ようやくティオ殿下の性格を把握できるようになったというか。
「今では部隊長を見守る部下たちっていう構図になってるから、部隊としてはちゃんと機能するぜ。常に張り詰めた状態の殿下に対して、ある意味正反対なシエスタちゃんも人気があったはず」
「神官部隊の部隊員たちの方が大人になったのだな……珍妙な。しかし、結局どうして好感度トップなのか分からんな」
「シエスタさんが人気といっても、そこまで特殊なことをした訳ではないでしょうしね」
「人気があるのは部隊員にであって、殿下はまた別だしな」
今日は終業式ということで、夏休みを楽しみにしている未祐は一段と元気だ。
生徒会からのお知らせで壇上に上がる予定があったはずだが、全然緊張していないのが凄い。
「そうだなあ。思い返してみるとレベル差の現実を見せ付けて、訓練して、訓練して、時々相談に乗って、訓練して……あ」
「あ? あって何だ、亘。何か思い出したのか?」
「一回だけ、街の視察をしたいって言うから案内したことが」
「「……」」
どう考えてもそれが原因じゃないか、という顔で二人が俺を睨んでくる。
怖い……でも、忘れていた理由は明白で。
「ちょっと前の遠征の合間、それも短時間の出来事だったから忘れていたんだよ。王宮前の道で呼び止められてさ。こう、お忍びの格好で」
街中の店を回って庶民の生活に関する質問攻めをされたり、服を見たり、屋台の食事を食べたり……。
ホームに戻ったらみんなに報告するつもりが、すっかり忘れてしまっていた。
「しかし、これで原因ははっきりしましたね。兄さんが大した親切のつもりじゃなかったとしても、王宮暮らしの聖女様にとっては違うでしょうから」
「全く、亘はこれだから! しっかり一イベント起こしているじゃないか!」
「この件に関しては未祐さんに同意させていただきます。全く、兄さんは……」
どうして怒られるのか分からないが……とにかく、謎は解けた。
遠征の忙しさの中で行った、あの何気ない行動が引き金となっていたらしい。
その時、階段から誰かが下りてくる音が――って、誰なのかは分かり切っているが。
「おはよー……あら、未祐ちゃん!」
「明乃さん!」
「未祐ちゃん!」
「明乃さぁぁぁぁん!」
「未祐ちゃぁぁぁん!」
朝から大声を上げて抱き合う二人。
どうしてこの二人はこう、会うと喧しいのだろう。
「おはよ、理世ちゃん。今日もカワイイー!」
「おはようございます、明乃さん……」
「亘ー。私のパンも焼いてー」
座ったままの理世にも軽く抱きつき、そして何事もなかったかのようにパンを要求する。
俺はげんなりした表情の理世の肩を軽く叩き、食パンを焼きにキッチンに向かった。
少し冷めたスープも火をかけ、温めていく。
「明日から夏休みよね、あなたたち。羨ましいわねぇ。私も休み欲しいー」
「看護師さんというのは、やっぱり休みが少ないものなんですか?」
未祐は母さんに対しては普段からちゃんと敬語を使う。
その質問に対して、母さんは難しい顔をして応じた。
「そうねえ、多いとは言えないわねえ。職場の有休消化率も低いし……あ、でも同じ部署に、最近めでたく二人ほど増員されたから。一人は経験豊富な方で即戦力だし、もう一人の新人ちゃんが育ってくれれば……」
「おおー! それはおめでとうございます!」
「ありがと! だから亘、その新人ちゃんの餌付けのために弁当を一個多く作ってちょうだい!」
「何の話!? 餌付け!?」
言っていることが突飛過ぎて理解が追い付かない。
そもそも急に話を振られるとは思っていなかったので、驚いて配膳中のスープをこぼしそうになった。
「彼女、一人暮らしなのよ。慣れない仕事で大変なのか、出来合いのものばっかり食べててね。夏休み中のどこかで、作ってあげられないかしら? お願い!」
「あ、ああ、そういうこと。別に一個多く作るくらい、なんてことないけど……」
「ありがとう! さすが我が自慢の息子!」
出来合いのものばかりとなると、どうしても油物が増えて胃が荒れやすい。
その点を考慮して、胃に優しく手作り感の出易いものを多く入れれば良いか。
和食中心になるかな。
「理世、今の時間は?」
「五十分です」
「そっか、そろそろ食べ終わらないとな。母さん、パン焼けた」
笑顔で礼を言いながら受け取る母さんも食卓に加わり、いつもの朝食風景が過ぎていく。
食後のコーヒーをしっかりと堪能してから、俺たちは三人でのんびりと家を出た。