強化計画の始動
フィールド内を駆ける、駆ける、そして時折武器をツルハシに持ち替える。
方針の相談を終わらせた俺たちがいるのは、岩石砂漠……岩場の多い高レベルフィールドだ。
今回解放された最高レベルは55まで、そしてこのフィールドにいる敵も丁度50から55の間。
フィールドボスのレベルが58という情報がある。
会議後半の内容を思い返すに、今の状況でこのフィールドを使うのは最適だろう。
確か、要点だけ抜き出すとこんな会話をしていたはず。
「メンバーの強化計画とは……すなわちレベリングと装備の更新! 言ってみればそれだけのことだ!!」
「とっても普通です!?」
「普通を馬鹿にするなぁぁぁ!」
「いやいや、ユーミル。リコリスちゃんは普通って言っただけだから。別に馬鹿にしてない。お前が事前に煽るから、無駄に期待値が上がっちゃったんだぞ」
「む、そうか。すまん、リコリス!」
「いえ、大丈夫です! 普通に普通のことを普通にしっかりやるの、大事です!」
「リコ、自分でも何を言っているのか分からなくなってるでしょ……?」
ユーミルによる宣言。
そしてリコリスちゃんの素直過ぎる反応に、装備担当のセレーネさんはやや苦笑気味だった。
こうした地味な強化の繰り返しという行程が、いかにもMMORPGって感じはするが。
「あの……いいですか?」
「あ、どうぞ。サイネリアちゃん」
そういえばお願いがあるとか言っていたな。
サイネリアちゃんはポニーテールを少し揺らした後、決意のこもった表情でみんなの顔を見回した。
緊張が伝播し、一斉に彼女の発言に注目する。
一体何を……?
「実はですね、今のお話とも関係あるのですけど。私たち三人の全面的な装備の更新を、改めて正式にお願いしたく――」
「今更ぁ!? 今更でござるよ、サイネリア殿!」
トビがずっこけながらサイネリアちゃんにツッコミを入れる。
そのオーバーな動きはちょっとどうかと思うが、言いたいことは俺とも他の何人かとも一致している。
「そうですよね。私の属性武器も全属性を揃えてもらいましたし、確かに今更なのですが……その、前回の属性武器の時はなあなあで済ませてしまったので。やっぱり、こういう場できちんとお願いしませんと。ここまでお世話になったお礼だって、何だか中途半端で申し訳ないと常々――」
「真面目! サイネリアは真面目過ぎる! 礼儀を欠けとは言わないが、もっと肩の力を抜くといい。見ろ、シエスタのこの姿を!」
ユーミルが手振りを交えながら、テーブルにほとんど全体重を預けてふやけるシエスタちゃんを示す。
まるで実家にいるかのような寛ぎっぷりである。
「んえ? あー、照れますなぁ……」
「シーちゃん、多分褒められてないよ!? ゆる過ぎるよ!」
「じゃあ中間のリコが代表して、改めてお願いしてー。私もサイは硬すぎると思うよー」
「え、私!?」
「やっぱりそうなのかな……」
急に役目を振られたリコリスちゃんが目を丸くする。
サイネリアちゃんは硬いと言われ、自分の頬を両手で挟んだ。
「え、えーと……その、私たちも新しい装備が欲しいです! お願いします、先輩方!」
素直な欲望の混じった、ただし一生懸命さは伝わってくるシンプルなお願い。
リコリスちゃんに続いて、サイネリアちゃんとシエスタちゃんもぺこりと頭を下げた。
当然俺たちが可愛い後輩の頼みを断る訳もなく、ヒナ鳥三人のものを含めたメンバー全員の装備更新とレベルアップの計画が動き出す。
そして現在、俺たちはここ『グランツ岩石砂漠』でレベリングと鉱石採取を兼ねた行動をしている。
PTは八人の中から五人が参加で、シャッフルしつつ余ったメンバーは採取に回ったり休憩したりといった具合だ。
俺とリィズは序盤から連続で戦闘したので、今は岩に座って少し休憩中。
視線の先では、パーティがフォローし合える程度の距離に散開しながらモンスターとの戦いを続けている。
「さすがにここまで来ますと、レベルの上昇が遅いですね」
「経験値アップが適用済みでこんなもんだからな。もっと高レベル、例えば100近くまで行ったらどうなるんだろうな……」
フィールド狩りを始めて一時間以上は経過したが、俺たちのレベルは未だ50の時点で足踏みしていた。
以前までのレベルならとっくに上がっていてもおかしくないはずなのだが、50から51になるのに必要な経験値は驚くほど多かった。
「もしかしたら、イベント開始までに間に合わないかもしれないな。最高レベル到達」
俺の呟きを聞いて計算してくれているのか、リィズが人差し指を顎に当てて上を向く。
「……その可能性は十分にありますね。今後どれくらい時間を取れるか、51以降の必要経験値がどのくらいなのかにもよりますけど」
「そうだよな。メテオゴーレムみたいに時間限定でもいいから、経験値の高い敵を見つけられればとも思うんだけど。後でちょっとスピーナさんにでも訊いてみるわ。お菓子で釣りながら」
「甘いものに目がありませんからね、あの方」
掲示板が駄目ならご近所さんの戦闘ギルドに訊こう、ということで。
とりあえず今はこのフィールドでできることをしないと。
「そういえば、もう一人戦闘パーティから外れているはずの……」
「リコリスちゃんか? さっきまでツルハシ担いでその辺を――ほら」
休憩も取らずに、鎧を外して軽装になったリコリスちゃんが元気に駆け戻ってくる。
空いた時間で採掘を、とは言ったが彼女はずっと動き回っているな。
「ハインド先輩! ハインド先輩! ――あ、リィズ先輩もいる! 休憩ですか? お疲れ様です!」
「あ、はい。リコリスさんはいつも元気ですね……」
「はい、元気です! ハインド先輩、今そこでブラン鉱石っていうのが採れましたよ! これは初めてですよね!?」
「おー、それは初物だよ。お手柄だね。偉い偉い」
リコリスちゃんから鉱石を受け取りつつ褒めると、はち切れんばかりの良い笑顔を返してくる。
この鉱石もきっと、セレーネさんの合金の一部に変わることだろう。
「えへへー。では、もっと一杯採ってきますね!」
「あ、リコリスちゃん! 休憩しなくていいの!? ――行ってしまった……」
呼び止めようとした時にはもう遥か彼方である。
俺は苦笑しながら、浮かせた腰を再度岩の上に降ろした。
その一連のやり取りを見たリィズが何やら複雑そうな顔をしている。
「どうした?」
「ハインドさんは、ああいった素直で元気な娘はお好きですか?」
「そりゃあ……活発で言うことを良く聞いてくれるし、その割に自分のしたいこともはっきり言うし。嫌いになる理由はないと思うけど。何か、あの娘を見ていると……」
「見ていると?」
鉱石を採ってきては、わざわざここに戻ってきて嬉しそうに報告してくる。
褒めると喜んで、更に元気になって駆けまわる……うん。
「犬を飼いたくなってくるんだよな。中学の時の同級生が、犬を連れて遊びにきたことがあってさ。河原でボール投げをした時の記憶が蘇るな……別にリコリスちゃんにボールは投げていないけど、健気で可愛いじゃないか。和む」
「ああ、そういう……そうですね。可愛らしいですよね、リコリスさん」
リィズがほっとした様子で俺の言葉に同意した。
人を犬に例えるのは失礼だろうけど、リコリスちゃんの動きは記憶の中のあのワンコにそっくりだ。
前に犬耳を装備した姿を見たので、その影響もあるかもしれない。
――さて、そろそろシエスタちゃんがバテる頃合いだろうな。
回復役が一人はいないと辛いから、交代で戦闘に出ないと。