オリーゴー遺跡
「おっ、何だ何だ?」
遺跡の内部に入った直後に、床を滑る光の輪が俺たちを追いかけて来る。
特に害はなさそう……というよりも、躱す暇がないほどにそれは速かった。
「このダンジョンは少々特殊でしてよ。こうして入場したパーティの人数に応じて……」
「ふむ、応じて?」
「ボスと通常モンスターの数が増えるんです」
「――はい? どういうことでござる?」
渡り鳥の面々は、俺を含めて首を捻った。
詳しく訊いたところ四人パーティ以上でダンジョンに入場するとボスが二体に、一般モンスターはおよそ二倍に数を増やすそうだ。
ボスの挙動が特殊になって難易度が上がってしまうらしく、このダンジョンは三人パーティでの攻略が基本とのこと。
だから、この光の輪はパーティの人数を判定している演出なのだそうだ。
「駄目ではないか!? 難しいと分かっていながら、どうしてわざわざ五人パーティで来るような真似をしたのだ!」
「話は最後までお聞きなさいな。上がるのは難易度だけではなくってよ」
「あっ、もしかして報酬も増えるのか?」
俺の問いにヘルシャは大きく頷いた。
今まではシリウスでも三人パーティで稀にここを回る程度だったらしいのだが、今回はそれとは別に勝算があるらしい。
「勝算、でござるか」
「ええ。このダンジョンのボスは、二体をほぼ同時に倒さなければならない……という条件があるのですけれど」
「それは面倒だな。三人パーティでの攻略が推奨される訳だ」
ダメージを調整したり攻撃方法を吟味したりと、敵の種類に関わらず結構大変な作業になる。
連携に自信がないパーティなら、絶対に三人以下のほうが良いだろう。
しかし、ワルターもヘルシャを後押しするように一生懸命力説する。
「でもですね、効率的には五人のほうが属性石が早く集まるはずなんです。ボスをスムーズに倒せたなら、ですけど」
「五人で円滑に回れるならそれがいいと。なるほどなぁ……」
この場合の報酬というのは上位の属性石のことだろう。
ボス撃破で宝箱から取れる確定報酬のことを指しており、二倍ということなら必要な周回回数は今までよりも少なくなる。
ヘルシャとワルターの取り分を除いた数なので、単純に半分とはならないが。
「五人での攻略を推す理由は分かったけど、肝心の勝算ってのは何なんだよ?」
「そんなもの、決まっているではありませんの!」
そう言ってヘルシャは確信に満ちた表情で人差し指を突き出した。
何だよ、その指は……後ろを向いてみるが、遺跡の入り口があるだけで他には何もない。
「どこを向いていますの? 貴方ですわよ、ハインド! 貴方が指示を出して、ボスのHP調整をして、同時撃破が叶うように上手く運べばいいことですわ!」
「無茶振りだ!?」
ユーミルがヘルシャの言葉に同意するように深く頷き、お前ならできるという力のこもった目で見上げてくる。
続いてワルターも、信頼し切っているような表情でこちらを見てきた。
唯一トビだけは気の毒そうな顔をして、俺の肩を静かに叩いてくる。
ダメージ計算はリィズのほうが得意だから、せめてリィズがいてくれればやりやすいんだが……。
しかし、ここまで来てダンジョンから引き返すのも癪だ。
「……分かったよ、やるよ。ただし、指示にはきちんと従ってもらうからな?」
「それでこそ、わたくしの見込んだプレイヤーですわ! さあ、そうと決まれば早速参りますわよ!」
「うむ! って、どうしてお前が仕切るのだ? ドリル」
不思議な質感の床を踏みしめて、ヘルシャが先頭で号令をかける。
まずは敵の傾向を、低レベル帯の内に掴んでおかないとな。
「うわあっ!? また出たでござるぅ!」
「うおっ!?」
通路の壁が突如スライドして、中から鎧を模した頭部のない人形が現れる。
ゴーレムに似ているがコアはなく、一定のダメージを与えると体を維持するエネルギーを失ってバラバラになるという仕組みだ。
一早く反応したワルターが掌底を一撃、低レベルの『ドールミーレス』が剣を振りかぶった状態で吹き飛ぶ。
「ふぅ、分かっていてもびっくりしてしまいますね。あの、大丈夫でしたか?」
「心臓に悪いよなぁ、これ。ありがとう、ワルター」
「助かったでござるよ! ついつい体が硬直してしまう……今の内に慣れないと、後が大変でござるな」
珍しくユーミルとヘルシャが会話に参加していないな、と思い視線を向けると……。
そこには武器を構えたまま固まる二人の姿があった。
同時に咳払いをして、少し恥ずかしそうに武器を降ろす。
「つ、次だ、次! どんどん先へ進むぞ!」
「そ、そうですわね!」
「強引な誤魔化しでござるな!?」
「触れてやるな、トビ。ところでヘルシャ、どのダンジョンもモンスターは基本二種類だけど……ここのもう一種類ってのはどんなやつだ?」
現在地は3階層だが、今のところ『ドールミーレス』一種類にしか遭遇していない。
俺の質問に対して、ヘルシャは少しだけどう説明するべきかという顔で間を置いた。
「そちらも出現が唐突でしてね。こう、漂う光が集まってきまして……」
「ふむふむ?」
「ワープゲートとでも言えばいいのでしょうか? もしくは光の塊から直接生み出されているという可能性もありますが……とにかく! その中から雷を纏った獣がわらわらと――」
「あー……もしかして、あれのことか?」
「ドリル、後ろだ!」
何というタイミングか、ヘルシャの背後に光の門とも塊ともつかないものが現れた。
中から全長一メートルを切る程度の獣が、二体単位で次々と不自然な体勢で吐き出されていく。
うん、ヘルシャが言い方に迷った理由がよく分かる出現法だ。
後ろを振り返ったヘルシャは、落ち着いて魔法の詠唱を始めた。
「お嬢様! 詠唱の援護は……」
「無用ですわ! ハインド、こちらのモンスターは基本的に門を通って群れで現れますわ。最も単純にして効果的な対処法は一つ! すなわち――」
ヘルシャの得意魔法『レイジングフレイム』の魔法陣が展開される。
俺が助けに前進しようとするユーミルを止めた直後、あっという間に10体を超えていた『トゥルエノブルート』ごと『光の門』を焼き払った。
「門ごとモンスターを焼き尽くす、ですわ!」
「おお! 綺麗さっぱりでござるな!」
「素敵です、お嬢様!」
「門にも判定があるのか。無限湧きの巣が存在するモンスターと同じタイプっぽいな。物理攻撃は?」
「通りません。ですから、わたくしの魔法をどんどん頼ってくださってよくってよ?」
ヘルシャが胸を張って誰かとそっくりな不敵な笑みを見せる。
一方のユーミルは、お株を奪われて悔しそうにしていたが……。
不意に何かを思い出した様子になり、明るい表情で俺へと詰め寄った。
「ハインド! ハインド! 私のバーストエッジでも、あの門――」
「壊せると思うぞ。バーストエッジはれっきとした魔法攻撃だから」
「そうか! そうと分かれば貴様にでかい顔はさせんぞ! ドリル!」
「上等ですわ! どちらがより多く門を壊せるか、勝負ですわよ!」
「望むところだ!」
「なんか、こう、聞いていてムズムズする会話でござるな」
「本当にな……」
闘技大会でも、この二人は似たような性質の会話をしていた記憶がある。
俺たちが中間地点の10階層に到達したのは、それからおよそ五分後のことだった。