戦闘系ギルドのフィールド狩り
「何だこれは……」
「あんなに一杯いたモンスターがいません!」
「倒した後の光の粒子だけが残っているな……」
焚き火などの後始末をしてフィールドに出ると、周囲には何もなかった。
モンスターも、それを倒したであろうプレイヤーも。
メンバー同士で互いに顔を見合わせて、その場で立ち竦む。
「……ハインド君、折角だからこの状況を利用できないかな?」
「利用……ああ、そういうことですか」
既に姿は見えないが、先程の戦闘音からしてこれを行ったプレイヤー……恐らく複数だろうプレイヤーたちは、まだ近くにいる。
そしてこのフィールドの状況を見る限り、モンスターを殲滅しながら進んでいるのは間違いない。
「じゃあ、モンスターが再出現する前に進もうか。今回の俺たちの目的は戦闘じゃなくて、鍛冶師を探すことだから」
「むう、そうだな。眠気も飛んだし、一気に駆け抜けるぞ!」
「気にしないといけないのは、フィールドボスの位置だけだね」
そんな訳で、俺たちは先行していると思われるプレイヤーたちの後に続いた。
戦闘しながら進むパーティと、戦闘せずに真っ直ぐ進んでいるパーティでは当然速度が違う。
山の六合目あたりで、俺たちは魔物と戦う集団を見つけた。
その数およそ三十人前後といったところか。
「多分ギルドのフィールド狩りだな……それにしても、あの統制の取れた動き……」
「この堅い雰囲気……最近、同じものを見たばかりだぞ」
隊列を組んで、敵を殲滅しながら前へと進む一団があった。
非常に効率の良い――というよりも、効率を極限まで追及した一糸乱れぬ集団戦だ。
遠距離攻撃から始まって、のちに接近戦で潰すという基本に忠実な戦法。
俺たちはそのやや後方から、戦う集団の様子を観察している。
「とても話しかけていいような空気じゃないな。フィールドボスについて訊ければ、とも思ったけど」
「これ、ラプソディだろう? 防衛イベントで見た面子が何人かいたぞ、ハインド」
「あ、やっぱり? そしたら、邪魔するのも悪いから見えなくなるまでこのまま待とう」
「ちょっと怖いもんね、彼ら……私もその意見に賛成だよ、ハインド君」
「この中でミスなんてしたら、すっごく怒られそうです……」
「……」
確かに、このピリピリした空気は怖い。
それにしても、戦い方がストイックというか……一目で組織として以上に、各人の強さが伝わってくる。
幸い雪で視界が悪かったため、少数の俺たちはラプソディのメンバーに発見されることなく距離が開いた。
そこでマップとディンさんがくれた羊皮紙を見比べて確認すると、どうやらそこに見える細い脇道の先が鍛冶師の隠居らしいことが分かる。
「……ここを無視してそのまま通過したってことは、彼らの目的は鍛冶師じゃなかったってことか」
「安心しました! 鍛冶師さんのおうちにあんなに沢山の人数が押しかけたら、大変でしょうから!」
「そこ!? そこなの、リコリスちゃん!? 気遣いとしては間違ってはいないけども!」
「?」
彼らが知らなかった鍛冶師の情報を、自分たちは知っている……ここはその優位性を喜ぶところではないのか?
しかし、無垢な笑顔で首を傾げるリコリスちゃんを見ていると、自分の考えかたが何だか汚いもののように思えてくる。
純粋さが眩しいっ……!
そんな複雑な気分になった俺の背中を、「分かるよ……」などと呟きつつセレーネさんがそっと撫でてくれた。
「そういえばハインド君、知ってる? ラプソディって、戦闘系ギルドのトップを目指して作られているらしいよ」
「そうなんですか? 初耳です」
「ギルド内で決闘を行って、メンバーをランク付けしたりするんだって。もちろんゆったりプレイの人には合わないだろうけど……そういうぶつかり合いが大好きな武闘派には受けが良くて、徐々に人気が上がってきているみたい。ただしPvPとPvE、両方やる人じゃないと入れないって話だけど。総合戦闘ギルドってやつだね」
戦闘系ギルドにも種類があって、PvP中心の決闘ギルド、PvE中心の狩猟ギルド、そして両方を行う総合戦闘ギルドなどスタイルは様々だ。
「なるほど。生産面は?」
「プリームスっていう生産ギルドと提携しているみたい。だからラプソディは新興ギルドの中で、この前のイベント結果と合わせて確固たる地位を築きつつあるよ」
生産もしっかりしているなら、がっちり競い合って上を目指したい人には天国みたいな環境な訳だ。
ギルドの性質上、血の気の多いプレイヤーが増えそうだから、あとは統制さえきっちりしていれば……しかしそれも、あの戦い方を見る限りではクリアしている。
ギルマスであるレーヴというプレイヤーは、それだけ統率力が高いのだろう。
「だからこそのあの空気ですか。色々と納得です」
「別に仲が悪いということではないのだな。常に競い合っているからああなるのか。迫力が出る訳だ……まぁ、私たちは私たちのやり方で行かせてもらうがな! ということで……」
ユーミルが話を切り上げたのを境に、全員で小さな脇道に目をやる。
普通に道を登って行ったラプソディが気が付かないのも無理はない、細い道が木陰の奥に見えた。
侵入不能エリアになっていないことを手を伸ばして確認し、慎重に中へ。
「ここから横に逸れるんなら、フィールドボスとは戦わずに済みそうだな」
「バフが無駄になってしまうが……」
「いいよ、そんなの全然。ちゃっちゃと用事を済ませて、城郭都市に戻ろう」
満腹度の回復にはなったのでOKだ。
細道を進み、やや開けた場所に頑丈そうな石造りの建物が存在していた。
試しに玄関らしきドアをノックしてみるが……。
「……返事がないな。仕方ない、鍵はかかっていないみたいだから勝手に上がらせてもらおう」
「どんな人なんでしょうね? ドキドキします……!」
リコリスちゃんの言葉を背に、ドアを開くと……ひんやりとした居間のような場所には火の気がなく、誰もいないようだった。
しかし、奥に見える扉から何か物音がする。
その聞き覚えのある音にセレーネさんと俺は頷き合うと、その奥の扉――鍛冶場があるだろう扉を開け放った。
すると……。
「うわぁぁぁぁぁん! おじいちゃんの馬鹿! 馬鹿! だからもっと鉄を多く混ぜようっていったじゃないのよぉぉぉぉ!」
「たわけが! お前だって、さっきまでは納得して作業に打ち込んどったじゃろうがぃ! コロコロ意見を変えるな! 人のせいにするな! お前の腕が足りんだけじゃぁぁぁ!」
熱気を放つ鍛冶場で、何やら不平を口にしつつ泣きながら鉄を叩く少女と、それを叱責しながら額に青筋を浮かべる老人の姿があった。
ええと……どう声をかければ正解なんだろう、これは……。