防衛の基本と原因究明
まず一戦目、最初の敵集団の数はおよそ10……それほど苦戦することなく撃退に成功。
懐かしの『ドンデリーの森』にいた『キラービー』と『キャタピラー』の昆虫コンビが相手だった。
最初のフィールドの敵からということから予想できたが、続く敵も『ゴブリン』と『アルミラージ』が出現。
『ホーマ平原』の敵だ……まずは前哨戦というか、低レベルのプレイヤーでも余裕な範囲内。
そんな敵モンスターだったが、途中から徐々に冬山らしい種類のものが増えてくる。
そんな中でも特に鬼門となったのが、鹿のモンスター『シャープディア』による突進だ。
「はっや!? 触れない!」
「抜けてる、抜けてるでござる! あああ、壁の耐久値がガリガリと!」
「不味いぞ!? というか、まだ崩壊するには早過ぎるぞ! ハインドぉぉぉ!」
20前後の鹿の群れが、横幅一杯に広がって一斉に壁に向かって突進していく。
このモンスターのHPや強さは大したことはない。
ユーミルなら一撃、トビでも三発以内、セレーネさんも一撃といった程度。
問題はこの数だ。
「石でも何でもいいから、とにかく攻撃を当てろ! トビは壁に近付き過ぎないように!」
「しょ、承知した!」
このイベントのモンスターの挙動だが、一撃でも攻撃を入れた時点で通常戦闘と同じようにヘイト量に応じた行動を取り始める。
こちらから初手の攻撃を入れない限りは、壁に向かってそのまま前進。
敵のヘイト量は全個体共有のようなので、本来ならパーティ内で一番ヘイトを稼いでいるトビに向かっていくはずなのだが……。
「む!? 壁から動かないぞ、ハインド!」
「馬鹿な……どうしてだ!? ええい、全員ポジションを放棄! とにかく殲滅だ、殲滅!」
「今こそ縮地による高速移動を――おおっ!?」
「ひゃうっ!?」
トビが『縮地』で移動した先には、リィズの背中があった。
衝撃で傾斜を滑り落ちたリィズが、雪まみれになってトビを睨みつける。
「り、リィズ殿……ゆ、許して? ワザとじゃない、ワザとじゃない……」
「………………」
「ひぃぃぃぃ!」
「やってる場合か、貴様ら!? 早くしろ、壁が!」
最終的のその『シャープディア』の群れは撃退したものの、壁の耐久値が大きく削られてしまった。
その後、間の二つの集団は移動速度の遅いモンスターだったため撃退できたが……。
数えて三つ目の集団が再び『シャープディア』、しかも数が30に増えていたことで遂に壁の耐久値が限界に。
あえなくミッションは失敗に終わり、そこまでに得たスコアが半分に削られた。
その後に三戦ほど行ってから城郭都市に戻ると、俺たちはまずヒナ鳥パーティの姿を捜した。
まだ戦闘中か? と思い、フレンドリストで状態の確認を行おうとしたところ……。
「おっ、兄貴たち! どうだったでござるか?」
パーティが戻ってきた。
その表情は冴えず、費やした時間から考えても芳しい結果ではなかったことが明白だった。
サイネリアちゃんの顔を見ると、溜め息を吐いてから口を開く。
「鹿が……」
「――なるほど、分かった。皆まで言うな。とりあえず、一旦落ち着ける場所を探そうか? ここは人が多過ぎる」
「他のプレイヤーに話を聞かれ難い場所の方がいいでしょうか?」
「ああ、できれば。少し歩いて探してみようか」
南は首都からのプレイヤー、東西はイベント用ということで、もしやと思って北門付近に向かったところ……思った通り、人気が少なかった。
更に都合の良いことに、寂れた酒場を発見することができたのでそのまま入店。
店内には顔に大きな傷のある、隻眼の老人がカウンターの奥で本を読み耽っていた。
「いらっしゃい」と呟く際にも一切顔を上げないのは、一種の潔さすら感じる。
先頭で扉を開いていたユーミルが、ドアノブを持ったまま後ろを振り向く。
「穴場発見! ……か? どう思う? ハインド」
「他のプレ――来訪者もいないし、最適じゃないか? ここにしよう」
それぞれ適当に飲み物を注文し、テーブルに座っていく。
店主は注文を受けると実に面倒そうに立ち上がったので、注文品が完成する速度については期待しないでおこう。
「じゃあ、まずはこの数戦で得た基本情報からおさらいしようか。おかしなところがあったら遠慮なく突っ込んでくれ」
そう断ってから、俺は防衛戦について話し始めた。
敵の強さは山を下ってくる固まりを殲滅するごとに上昇する。
ウェーブ間のインターバルは約十秒、この間に位置を直したりスキルを準備したりすることができる。
「ウェーブって何ですか? 波?」
「タワーディフェンスというゲームの用語にござるよ、リコリス殿。敵が登場する区切りをそう呼ぶのでござる」
「っと、そうか。この場合ウェーブはおかしいかな?」
「防衛を行うプレイヤーは自由に動ける訳だから、タワーディフェンスとは違うけど……敵の登場の仕方は、確かによく似ているかも。分かり易いし、いいんじゃないかな? ウェーブで」
セレーネさんのお言葉に甘えて、このまま続けるとするか。
ウェーブごとの敵の登場にはランダム性があり、これによって単純にリトライを重ねるだけでは記録を伸ばせないようになっている。
「あー、それそれ! そうです! 私たちの二戦目なんて、あの鹿が二連続で出たんですよ!? 酷くないですか!」
それは何とも……。
リコリスちゃんが憤慨するのも無理はない。
「そりゃ酷い。そういう意味では楽な敵を引く運も必要だけど、それ以上に対応力かな……思った以上に難しいな、防衛って」
「むー!」
同じ敵が同じ順番で出るなら、何度もリトライして体で対応を覚えればいい話だ。
しかし、このイベントはそうではない。
「同一ウェーブに移動速度が違う敵が混ざらないだけ、まだマシですけれど」
「序盤だけで、後半もそうとは限らないんじゃないの? サイ」
「確かにね……」
シエスタちゃんの言うように、ウェーブごとの敵が二種類になったら面倒だな。
対策としては、パーティ単位でのスキルの回し方か。
特に、範囲攻撃を行えるスキルの運用が重要になってくると思われる。
他の事項としては、防壁に比べて中央に存在する門は耐久力が低い。
低いというよりは、壁に対するダメージが門だけ倍になる。
なので、時には端の敵を後回しにする判断も必要になりそうだ。
撤退の際は防壁の耐久値が残っている状態で、門にパーティメンバー全員が触れることで戦闘終了となる。
その場合、得たスコアが減ることはない。
「こんなもんかな。他に何かある? ……ありますか? ないなら、話を先に進めるけど」
ざっと見回したところ、特に言いたいことはないようだった。
そこでようやく、注文した温かい飲み物がテーブルに運ばれてきた。
基本事項のおさらいはこんなところで、ここからは具体的な検証に入る。
今一番調べておきたいことは……。
「実は、ここまでで一つ気になっていることがあるんだよね。そっちでも同時に調べてほしくてさ」
「はい、何でも言ってください!」
「あの防壁についてなんだけど――」
そして再度、場所は東門へと戻る。
今回の件の検証方法は、ユーミルだけ固定行動で他は通常通りに敵を倒すというものだ。
ユーミルはウェーブごとにヘイト上昇スキル『騎士の名乗り』だけを使用。
普段のヘイト管理をトビに任せきりで、ユーミルが割と使い忘れるスキルである。
「攻撃に夢中になると忘れるぞ!」
「ダメージ取れてる分、結果的に累積値がそれなりだけどよ……できればちゃんと使ってくれ。パーティ内で二位の位置をキープしてくれると、非常に助かる」
「そうでござるよ! 拙者が事故った時にどうする気でござるか!?」
そんな話をしながら、俺たちはユーミル抜きで向かってくる敵の群れを倒していく。
『騎士の名乗り』のヘイト上昇値は固定、そして今回は1ウェーブにつき一回の使用を行う。
それを繰り返していき、一戦目で敵に初突破された付近までやってきた。
「そろそろか……?」
「攻撃を加えた後で、トビさんが無視されたのは第5ウェーブです。次ですね」
「サンキュー、リィズ。さすがだな」
「記憶力凄いね、リィズちゃん……」
「その代わり、恨みつらみも忘れてくれないでござるが。さっきの衝突事故のこと、忘れてもいいのでござるよ? むしろ忘れて?」
「無理だな! こいつはねちっこいからな!」
「張り倒しますよ?」
その時のトビのヘイト累積値は憶えていないが、攻撃力重視の装備で『憎しみの蒼玉』を使っていなかったので、今のユーミルと大差ないはず。
俺の推測が正しければ、次かその次あたりで……。
その後の第5ウェーブ、特に問題なく殲滅。
続く第6ウェーブ、ついに変化が訪れた。
「――あっ! ハインド殿、こいつらユーミル殿の方に行かない!」
「ユーミル、WTは?」
「明けてるぞ!」
「じゃあ、もう一回騎士の名乗りを」
「分かった!」
ユーミルが剣を掲げてピカッと光る。
一々格好つけたポーズを取らんでも……。
それにより『スノーベア』という『フォレストベア』の色違いのモンスターが、壁への進行をやめてユーミルの方を向いた。
「おっ、来たか! 進路が変わったぞ、ハインド! 成功だ!」
「やっぱりそうか……よし、こいつらを倒したら一度撤退しよう。ユーミル、もう攻撃していいぞ」
「うむ! ただ突っ立って光るだけの作業もお終いだぁぁぁ!」
「言葉にされるとその通りなんだが……まぁいいさ。次はトビにやってもらうし」
念のため『クイック』の準備もしていたが、必要なかったか。
しかし、これはもう確定だろう。
あの防壁にもヘイトの累積値があって、それはどうやらウェーブごとに上昇しているということだ。
その具体的な数値の上昇量を導き出すためにも、戻って『騎士の名乗り』を使った回数を記録したい。
そのまま『スノーベア』の群れを殲滅した俺たちは、門に集まって城郭都市へと撤退した。