ルジェ雪原の戦い
しばらくするとセレーネさんが合流。
戻ってきた二人の話を合わせると、ようやく状況を正しく把握することができた。
何故あの『ルジェ雪原』にあれだけのプレイヤーが集まっているか、ということだが……。
「ハインド君の推測通り、過密日程が原因の一つと見て間違いないみたい」
「やはりそうですか……一つということは、他にも理由が?」
セレーネさんに続くように、トビがマップを開いて指でなぞる。
最初にここ『リア山脈』から『ルジェ雪原』に向けて、他の方向からも同じ様に雪原に向けて指でルートをなぞっていく。
「もう一つの理由もハインド殿の推論に近いでござるな。ルジェ雪原はこのように……実に五つのフィールドが合流する、いわば首都の玄関口。どの経路を辿っても、必ずこのフィールドを経由しなければ首都には入れぬでござる」
「うわぁ……なるほど、そうか……」
俺は思わず呻いた。
それならば、ああなるのも納得……。
マール共和国のイベントでは日程の余裕も、海岸に向かう経路も複数あったのでこうはならなかった。
「「……」」
ユーミルとリコリスちゃんが無言で俺ににじり寄ってくる。
そして、この何かを期待するようなキラキラとした目。
どうやら俺に分かり易く解説しろと言いたいらしい。
声に出して普通に頼めよ……。
「イベントの町、城郭都市スクートゥムは首都の北にあるんだ。そちらに首都を経由しないルートで向かうには、大きく迂回する必要がある。大抵のプレイヤーは、時間的な都合でこちらのルートを使う訳さ」
ゲーム内のマップ上で移動したい場所を指定すると、経路が光る線で表示される。
この時、未踏破エリアの詳細は表示されないが距離くらいは測ることが可能だ。
もう一つのルートは北の端、海岸まで出てから回り込んで内陸に戻る長いルートだった。
セレーネさんとトビの話では、北側以外のどの方向から向かってもそれは変わらないらしい。
ユーミルが腕組みをして軽く頷く。
「ふむ、そうか。ここでPK側の視点で考えると――」
「そういうこと。ルジェ雪原で待ち構えていれば、イベント目当てに必ず大量のプレイヤーが集まる。後は分かるな?」
「金目の物を置いてけー! ……ですね!」
両手を振り上げて、小動物のような威嚇のポーズを取る。
リコリスちゃんのような可愛い連中ばかりなら結構なんだが、実像はそうじゃないからな……。
みんなで囲む焚き火の木が爆ぜ、炭化した一部分が崩れる。
威嚇のポーズを取っていたリコリスちゃんの肩がびくりと震えた。
「このルートを使わなくていいプレイヤーは、最初から首都なり北部なりにホームを構えているプレイヤーだけだな。そして、そういうプレイヤーがそれほど多いとは思えない」
結果が雪原でのあの大乱闘である。
今がゴールデンタイムなのも大きいな……人がみっちりで酷い有り様だった。
「それにしても、今回のPKたちの動きは速いですよね。統率が取れているといいますか……」
「あ、リィズ殿気付いちゃった?」
「はい?」
「実は、PKの活動を助けるようなサイトがあるんだよね。“闇ギルド・マリス”っていうサイト名で、そこのサイト運営者が切れ者らしくって」
セレーネさんとトビの言葉に、リィズは事の成り行きをおおよそ察したらしい。
そのサイト名に関しては俺も初耳だったが、どうりで動きが組織立っている訳だ。
「……そのサイトで一早く情報を流して、PKたちを扇動したと」
「正解にござる。まぁ、PKもMMOの彩の一つでござるからなぁ……増えすぎるとゲームが崩壊するが、全くいないのも緊張感がない。そういうサイトがあるのもゲームが活発な証拠にて――ただし、急に殴られると最高にイラッとくるでござるがな! 故に、拙者は絶対にPKはやらぬ! やらぬぅぅぅ!」
PKに嫌な思い出でもあるのか、話の途中でトビの語調が強まる。
別ゲーか何かでやられたのだろうか?
その血走った眼を見て、シエスタちゃんがのんびりと呟く。
「トビ先輩、怖ーい」
「そんな眠そうな顔で言われてもなぁ……」
「気勢が削がれたでござる……」
「前に言った通り俺もそっち側に回る気は更々ないし、可能ならば――」
こんな話をしているのは、PK討伐隊に今からでも参加が可能だからだ。
核となっている発起人のギルドはあるのだが、ブループレイヤーであれば誰でも参加することができる。
俺が途中で切った言葉に続くように、ユーミルが頷いて拳を握る。
「うむ! 全力で叩き潰す!」
「はい! ボコボコにしてやりましょう!」
「騎士コンビはやる気満々だねえ」
「シーちゃんはやる気ないね……いつもだけど」
「勝てる戦いなら乗っかるよ。心配しなくてもちゃんと最低限はやるってば」
「という訳ですので、ハインド先輩。私たちも参りましょう!」
ヒナ鳥たちとも方針が一致した。
進路を妨害する邪魔なPK軍団を一掃するため、俺たちは再び『ルジェ雪原』へ。
雪原に入ると、戦いは既に始まっていた。
討伐隊と言っても、実態は単純に時間を合わせての一斉突入だ。
告知は決行の三十分前、ログインしているPKたちに気取られないように極短い期間でやり取りが行われた。
察して逃げ出すPKたちもいるだろうが、今の状況で大事なのはPK全体の数を減らすこと……。
とにかく戦闘不能にして、PK専用の長く重いデスペナルティを与えてやらなければならない。
「ハインド、私たちはどう動く!?」
「この場でフィールドから逃げ出そうとするPKを狩る。他の場所から何人か回ってきているけど、やや手薄だ。PKどもの逃げ道を塞ぐのも立派なお仕事ってことで。交戦中のログアウトは不可能だからな」
「つまり、敗残兵狩りですか?」
「そうとも言う」
「格好悪いな!?」
「仕方ねえだろ、寡兵なんだから! たったの八人だぞ!?」
もし大人数に囲まれたらおしまいだ。
主力の討伐は発起ギルドである『ラプソディ』と集まった他の大ギルドにお任せしよう。
『ラプソディ』はベリ連邦所属のギルドだそうで、首都から出発して掃討に入るとのこと。
「蘇生を防ぐために、多人数を一斉に倒すのが理想だ。ここは作戦通りに――っと、来たぞっ!」
HPの減ったPKたちが、逃げ場を求めてこちらに走ってくる。
迎撃に馬は向かないので、俺たちも全員歩兵状態だ。
「リィズ、グラビトンウェーブ!」
「はいっ!」
敵は纏まっているので、この選択で正しいはず。
基本的には足を鈍らせるものが揃っている、リィズの闇魔法を起点に敵を捉える。
俺は『アタックアップ』をポニーテールの少女に使いながら声を張った。
「サイネリアちゃん!」
「撃ちます!」
重力波の範囲内からPKたちの怒りの声が聞こえる。
そこに続けて『アローレイン』による矢が次々と降り注ぎ、HPを削り取っていく。
フルHPではなかったこともあって、それでPKのほとんどが戦闘不能になった。
残った撃ち漏らしには……言葉にする前に、左右から高威力の矢と光線が放たれる。
セレーネさんの『ブラストアロー』とシエスタちゃんの『ヘブンズレイ』だ。
「OK、ナイスだ二人とも!」
「綺麗に全滅したでござるな……あれ、拙者の出番は?」
「私の出番は?」
「私も出番がありませんでした」
「それを言ったら俺もアタックアップを使っただけだし……近接組は、遠距離攻撃で撃ち漏らす敵が出ない限り動く必要はないぞ?」
「「「ええっ!?」」」
こういう大規模な戦闘では当たり前だと思うのだが……。
フィールド中央では、綺麗な隊列を組んで一斉に範囲魔法と範囲スキルを敵集団に放っている。
凄まじいことに、それらが味方を一切巻き込んでいない。
前衛のプレイヤーが野良で戦っていたプレイヤーたちを保護・吸収し、混戦をどんどん集団戦に変化させている。
「軍隊っぽいギルド」というトビに聞かされた特徴と一致するし、あれが『ラプソディ』か?
練度が非常に高い。
「ハインド君、あそこ。あの人が指揮官みたい」
「どれです? 馬上の人ですか?」
「そうそう」
セレーネさんの示す先を見ると、馬上で杖をかざしている男性プレイヤーいた。
確かに動きを見る限り、彼がギルドマスターの『レーヴ』なのだろう。
『ラプソディ』が繰り出す範囲攻撃の嵐から逃れるように、PKの団体が脱出のためにこちらに向かってきた。
数は大体、十五名前後といったところか。
「おっ、これはすぐに近接組の出番が来そうだ。気を抜かずに構えておいてくれ! どうしても初動に参加したいなら、弓の攻撃に合わせて投擲アイテムを投げてくれ!」
「御意!」
「うむ!」
「はいっ!」
その後の戦闘は主軸である『ラプソディ』の活躍により、およそ二十分ほどで終息した。