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VRMMOの支援職人 ~トッププレイヤーの仕掛人~  作者: 二階堂風都
大型アップデートと新コンテスト
183/1113

アルテミスの弦月

「この状況、どちらに非があるかは明白だが……どうせ君達は、どれだけそれを説いても納得しないのだろう?」

「当たり前でしょ! あたしのどこが悪いって言うのよ!?」

「ならば、折角オンラインゲームをやっているんだ。ゲームらしく決闘で決着をつけるとしようじゃないか。君と私の、一対一で」


 周りを囲むプレイヤー達から驚きと期待を含んだ声が上がる。

 その態度に、相手のクレーマー……『ガーデン』の『アリス』は大いにたじろいだ。


「あたしは魔導士なのよ!? 前衛無しで、弓術士のあんたと一対一で勝負になるわけがないでしょうが!」


 基本的にPvPにおける一対一では、後衛……特にスキルの発動に詠唱を伴う魔法職は不利だ。

 それでも平気で受けるヘルシャのような例外も居るには居るが、アリスの言うことは間違っていない。

 魔導士と弓術士は後衛職同士だが、よほどプレイヤースキルに差がない限り詠唱が不要な弓術士が有利となる。


「……そうか。よろしい、ならば取り巻きの二人も出し給え。私は一人でも一向に構わないが――」

「舐めるのも大概にして! 三対三よ!」

「品性に問題はあっても、最低限の矜持は持ち合わせているのだな。ならこちらは……」


 『弦月げんげつ』さんが辺りを見回す。

 先程の反応を見る限り、この広場に残っているメンバーで参加する気概のあるプレイヤーは恐らく居ないだろうな……予想通り片っ端から視線を逸らして、弦月さんと目を合わせようとしない。

 見たところ、彼女と同ギルドである『アルテミス』のメンバーはこの場には居ないようだ。

 ……俺はリィズと視線を交わして頷き合うと、二人で弦月さんに並ぶように一歩前へ。

 かばってくれた彼女に、恥をかかせるわけにはいかない。


「俺達が勝ったら、そのまま大人しくお帰り願います」

「即席パーティがあたし達に勝てるわけがないでしょ!」

「「お姉さまの言う通り!!」」

「ハインドさんと私に喧嘩を売ったこと……必ず後悔させて差し上げます……」


 地の底から響くようなリィズの声に、味方のはずの弦月さんを含めた全員が肩をびくりと震わせた。

 まだ怒りが収まっていなかったのか……あ、そうだ。


「そのまま少々お待ちを」

「へ? ちょっと、アンタ何を――」


 その場を放棄して一人で作業を始めた俺を、五人は呆気に取られたように見ている。

 インベントリからポプラを原料とした試作品の『洋紙』を取り出し、数字を記入して小さく切り取っていく。

 簡易な整理券を作り、まだ残っていた列の先頭から順にそれを渡していく。

 決闘が終わったら直ぐに営業を再開します、と念を押しながらだ。

 元の位置に戻ると、弦月さんは呆れを含みつつも俺に向かって苦笑した。


「君はマイペースだな」

「大事なお客さんなんで。弦月さんは何番目くらいでした?」

「列から出たんだ、最後で構わない……代わりに、とびっきりのを頼むよ」


 彼女は自分の勝ちを確信しているらしい。

 その笑みはとても頼り甲斐のある、不思議な安心感を与えてくれるものだった。

 弦月さんが表情を引き締め、アリスたちの方へ向き直る。


「……さあ、始めようか」




 町中でのPvPは、一定の広さがある場所で互いの合意があれば成立する。

 ここは広場なので、それを満たすのに充分な広さがあるわけだ。

 俺とリィズが弦月さんとPTを組むと、あちらから決闘の申し込みが入ってくる。

 弦月さんをリーダーに設定したので、彼女が代表して承諾のボタンを押下。

 ルールはどちらかが全滅するかリーダーが降参したら終了という、最も一般的なものが選択されている。

 防護フィールドが張られ、一定距離内に決闘実行者以外が進入禁止となった。

 その様子を何とはなしに見ていて、俺は思ったことをつい呟く。


「気のせいか、ギャラリーが増えたような……」

「気のせいではないよ。町中での決闘は、周囲に住むNPCも見に来るからね」

「そうなんですか? 初耳です。本当に高度なAIですね」


 詳しいな、弦月さん。

 あ、さっき買い物をしたショップのおばさんが居た。

 ショップのNPCも町や村によっては店番が複数居て、交代したりするんだよな。

 もう一つの世界としてきちんと成立している感じがして、中々良い感じの細やかさだと思う。

 それはともかくとして……。


「あちらは後衛一、前衛二か。魔導士・騎士・騎士の組み合わせ……編成だけ見ると、こちらが少し不利ですかね?」

「後衛三でどうにかなるものなんですか? 向こうは全員、レベルもカンストしています」

「問題ない。何故なら、私は弓術士といっても――」


 視界に文字が躍る。

 READY……


「近接型さ」


 GO!

 取り回しの良さそうな小型のコンポジット・ボウを片手に、弦月さんが前に出る。

 弓を持った手の反対側、右手に持った短剣で先制攻撃。


「は、速っ!? あうっ!」

「イリス!」

「い、イリス!? エリス、しっかりフォローしなさいよ!?」


 ちなみに彼女達の名前は『アリス』と『イリス』と『エリス』である。

 憶えやすいんだがややこしいんだか、微妙な名前のトリオだ。

 イリスを短剣で突き刺し、そのままエリスの前に躍り出た弦月さんは強烈な蹴りを放った。

 一撃、二撃、そして回し蹴りで三連撃。

 盾で受けるものの、重い音と共にエリスがじりじりと下がっていく。

 そしてどうにか戦線に復帰してきたイリスに対して素早く短剣を納剣、矢をつがえて連射した。

 強い……本当に一対三でも余裕だったんじゃないか?

 武器を使い分けながらの、凄まじい手数と精度だ。


 俺とリィズはその間にせっせとMPをチャージし、魔法の詠唱を開始した。

 まずは『シャイニング』で何かの魔法を使おうとしているアリスの詠唱妨害。

 上手く命中し、アリスが顔をしかめてこちらを睨みつけてくる。


「――このっ、鬱陶しいわね!」

「そりゃどうも」


 戦いにおいてそれはただの誉め言葉だ。

 そしてリィズがアリスに対して駄目押しとなる『マジックダウン』を使用。

 デバフが成功し、アリスの顔が絶望に染まる。

 それを見て体勢を立て直すべく、燃え盛る剣を持ったイリスとエリスが弦月さんを押し返す。

 あれは『ファイアエッジ』という火属性を通常攻撃に付与するスキルだ。

 そのことから見て二人はバランス型で、やはりメイン火力兼リーダーはアリスのようだ。

 そもそも三人の関係性からして、相手パーティの誰を優先して狙うべきかは戦う前から明白だった。

 このまま流れをこちらに。


「リィズ、準備は?」

「できています。ですが、弦月さんが――」

「あの動きを見る限り、彼女は瞬時に対応できるだけのプレイヤースキルを持っている。撃ってよし!」

「……了解しました。撃ちます」


 『ガーヤト・アル=ハキーム』のバラバラとめくれるページが止まり、魔法陣が現出。

 敵前衛の後ろの空間に闇が広がり、球形となった『ダークネスボール』が吸引を始める。

 その発動位置は完璧で、弦月さんと戦うイリスとエリスを同時に捉えた。

 ダメージこそ低いが一度捉えれば連続ヒットによるヒットストップと吸引で、面白いように相手の動きが止まる。


「次!」


 そして俺は『アタックアップ』を弦月さんに使用。

 続けて『クイック』の詠唱を始めた直後、バフを帯びた弦月さんが光の尾を引きながら一気にアリスの元へ迫る。

 何も言わなくとも、弦月さんは恐らく分かっているのだろう。

 相手のパーティの性質上、アリスさえ倒してしまえばそこでこの戦いの勝利は確定する。


「見事な援護だ、惚れ惚れするな。後は私に任せてもらおうか!」

「ちょ、調子に乗んなぁっ!」


 アリスが吠え、高速移動する弦月さんが到達する前に何かの魔法が完成する。

 陣が大きい! 大魔法クラスか!?

 シャイニングは間に合わない――俺は『クイック』を唱え切ってMPチャージ中のリィズに使うと、そのまま詠唱を開始するように早口で囁く。

 そして詠唱を始めたリィズを横抱きにかかえると、


「あっ……!」


 何故そこで嬉しそうな声!?

 アリスの魔法が発動し、土の槍が地面から大量かつ広範囲に吐き出された。

 これ、土系大魔法の『アースグレイブ』か!

 デバフの乗った攻撃なのでダメージは大したことはないが、槍がぶつかる度に右へ左へ体が吹き飛ばされる。

 あ、足が、地面に着かない……!

 可能な範囲で体を捻り背中で受け、足で防ぎ、着地後に抱えたリィズの様子を見ると……どうにか詠唱が中断せずに繋がっていた。

 そして敵前衛に、効果の切れかかったダークネスボールに重ねるようにもう一つプレゼント。

 苛立ったような「あー!?」とか「またぁ!?」という叫び声が聞こえてくる。

 弦月さんは――


「逃げ足だけは速いな、君は!」

「こ、のっ! そう簡単にっ! ――まだ戻ってこれないの!? イリス、エリス!」

「「無理ですぅー!!」」


 思いの外粘るアリスを追って、攻撃を続けていた。

 アリスは俺達に『アースグレイブ』を放った後、詠唱が一瞬のファイアーボールやアースショット、アクアショットを使って弦月さんに応戦している。

 が、そこで弦月さんが動きを変えた。

 矢を三本同時につがえたかと思うと、空に向けて解き放つ。

 曲射としても方向が不適当だが、これは……そしてそのまま突進を再開。


「はい? どこ撃ってんのよ、バッカじゃないの!」

「フフッ……」


 アリスには見えなかったのだろうか?

 弦月さんが空に矢を放つ瞬間、スキルの光が走ったところを。

 空から飛来した三本の矢は、アリスの後方から不自然な軌道を描いて――背中に次々と命中した。


「!?」


 確か誘導性能のついた『コンダクトアロー』という技だったはず……アリスはそれに見事に引っ掛かり、驚愕の表情で足を止めた。


「終わりだ」


 弦月さんの体が緑色の光を帯びる。

 スキル『精霊の加護』……全ての通常攻撃を二段ヒットに変える、近接型弓術士を代表するスキルだ。

 ナイフ、蹴り、そして弓による接射と流れるように連続攻撃が決まり、アリスがHPミリの状態で地面を転がっていく。

 実にスタイリッシュ……! 使う人が使うと、地雷と呼ばれる職業がこうも変わるのか。

 彼女はこの決闘、なんとここまでダメージ0の無被弾である。


「……降参するか?」

「す、する! 降参するから、もうやめて……!」


 全力で首を縦に振るアリスを見て、憐れむような視線で見下ろしてから弦月さんが背を向ける。

 アリスはメニュー画面を開き、降参ボタンを押そうとする素振りを見せていたのだが……。


「ククククク、バーカ! イリス、エリス!」

「「はい、お姉さま!!」」


 ダークネスボールの拘束が解けたイリスとエリスが、弦月さんに向かって剣を振りかぶる。

 だが、俺達の様子が見えている弦月さんは動じない。


「やはり無駄な勧告だったようだ。彼等には分かっていたのか……君達がそんなに潔い人間ではないと」

「は? なに余裕こいてんのよ、紙防御の弓術士風情が! そのまま死ねぇっ!」


 漆黒の刃が、弦月さんに斬りかかる寸前だったイリスとエリスを横合いから連れ去っていく。

 一連の攻防でHPが減っていた二人は、声を上げることもできずに戦闘不能となった。


「――へ?」


 闇魔導士にしては珍しい、ダメージ特化の詠唱魔法『シャドウブレイド』……『エントラスト』で渡した俺のMPも使い、リィズが自身の周りに浮いた残り11の剣と共に酷薄な笑みを浮かべる。


「言ったはずですよ……? 必ず後悔させて差し上げます、と……」

「ひっ!?」


 怯えた表情で後ずさるアリスに対して、リィズは容赦なく手を振り下ろして次々と闇の剣を浴びせた。

 決闘フィールドが解け、興奮したギャラリーの歓声が耳に飛び込んでくる。

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