表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VRMMOの支援職人 ~トッププレイヤーの仕掛人~  作者: 二階堂風都
アイテムコンテストとギルドの発展
117/1098

クラリス商会とヒナ鳥達の裁縫

 店の奥、商談スペースのような場所に案内された俺はクラリスさんと向かい合って席に着いた。

 ハーブティーを出されたので口を付けたが、このお店本当に女性しかいないな……。

 給仕をしてくれた従業員も女性だった。もちろん、最初に応対してくれた従業員とは別人である。

 それをクラリスさんに訊くと、自然とそうなってしまったのだと言う。


「女が店主だから、とかそういう差別的な理由ではないんですよね?」

「女王様をトップに戴く国ですから、そういった心配はありませんね。単純に扱っている商品の都合です」


 その言葉を受け、少しどういう経過を辿ったのか想像してみる。

 商会の資本となったのは言うまでもなく例の『鏡』なのだが、別に鏡は男女の区別なく利用する商品ということで間違いないと思う。

 ただ、その利用頻度に関しては……。

 男性で女性よりも鏡を長く多く見る機会があるという人は、かなり特殊なのではなかろうか?

 それこそクラリス商会でも扱っている化粧等、平均すれば女性の方が鏡を見ている時間は圧倒的に長いはずだ。


「スタートは鏡に対する需要の差、ですか? 特に手鏡など顕著だったのでは」

「ええ。手鏡をご自分用に買っていかれる男性のお客様は、とても少ないですから」

「自然、女性客と女性従業員の方が増えていくと。その流れで需要のありそうな商品を増やした結果が、今のお店を形作っているということで――合っていますか?」

「ハインド様には隠し事が出来ませんね……ご想像の通りです。気が付いたら私、行商人じゃなくなっちゃってました」


 なっちゃってましたって……確かに頭の上のネーム表示は『商人クラリス』に変化しているが。

 ここまで名前の称号がころころ変わるNPCというのも、実に稀な存在だと思う。

 変遷を思い出すと『道具屋』から始まり『行商人』、そして現在の『商人』だもんな。

 服装に関しても村娘らしいサッパリしたものから旅装束、今は砂漠らしいゆったりとした上品な服装に変わっている。


「そういえば、おばあさまとの約束は良いんですか? 確か、行商人として各地を回って修行するご予定でしたよね?」

「お店がもう少し安定したら、みんなに任せて私は行商人に戻る予定です。でも、心配の種は尽きませんよねぇ……」


 あ、人に任せてあっさり手放す気なのか。

 何とも欲がないというか思い切りが良いというか。

 権利関係次第とはいえ、少し勿体ないような?


「――あ! もちろん、ハインド様にはとても感謝しています! 直接御礼を言う機会も作れず、申し訳ございませんでした」

「いえいえ! お忙しいというのは噂で聞いていたので。俺の方から伺わなかったというのもありますから」

「闘技大会でのご活躍もお聞きしましたよ! 私も応援に行きたかったなぁ……そういえば帝国魔導士の方々って、ああいう時しか力を行使してくれないんですよね。魔法で都市間を移動出来たら便利なのに」

「へえ。やっぱりそうなんですか」


 話があちこちに飛ぶが、クラリスさんとの会話はとても有益だ。

 プレイヤー間では知り得ない情報がポンポン出てくる。

 そして話題は一度戻って、商会の今後に関する意見をクラリスさんから求められた。

 プレイヤーにそういうことを訊くのか……ううむ。


「……一度おばあさまに手紙をお出しになられてはいかがでしょうか」

「おばあちゃんに?」

「そもそもクラリスさんが行商人になったのは、見聞を広めるためと商人としての修行のためですよね? 行商人という肩書に拘る必要は無いのでは、と思う次第で」

「それですと、見聞を広めるという目的が果たせないのでは……?」


 見聞を広めるには移動は必須、砂漠に居たのではそれが出来ないのだと彼女は主張する。

 だが、そのために折角大きくした店を人に渡してしまうのはやはり勿体ないじゃないか。


「ならば他の国にも出しましょう、店を」

「え? それって、まさか……」

「支店を各国に作って回りましょう。その過程であちこちを回れば、おばあさまとの約束も充分に果たせるのではないかと」


 上手くいかなかったら、その時こそ行商人に戻るしかないが。

 負債だけはなるべく抱えないよう――と、これは釈迦に説法だな。

 ともかく、もっと大きな商売に手を出してみては? と、俺はクラリスさんに意見してみた。


「おばあさまに現状をお知らせして、それからお決めになられるといいかと。最も身近で、最も頼りになる商売の先輩でしょうし。知恵を借りてしまいましょう」

「……考えてみます。大変有意義なご意見をありがとうございます。ハインド様」


 考えてみる、とは言いつつも彼女の瞳は……。

 俺の勘違いでなければ、既に希望と野望に燃えているのだった。




「これがお約束のエイシカ・クロスです」


 クラリスさんから受け取ったのは、不思議な光沢を放つ赤い布である。

 自分で用意する時間が足りないことに加えNPCならではという素材を求めた結果、俺は彼女に素材の調達をお願いすることに決めた。

 エイシカクロスはエイシカ村という僻地の村で少数織られ、高額で取引きされている布だそうだ。

 製法は部外秘、更には村の詳細な位置さえも不明と謎に包まれた商品。

 これならば他のプレイヤーと素材が被ることはそうそうない……はずだ。


「美しい布ですね……入手に苦労なさったのでは?」

「正直に言いますと、かなり。この地域の商人としては、私は新顔も良いところですから。繋ぎをつけるためにハインド様にお渡しする予定だった鏡の報酬を、ほとんど使い切ることになってしまいました。本当に宜しかったのですか?」

「問題ないです。この布を見ていると、大金でも惜しくないような気がしてきますし」

「結果的に私達商会の販路も大幅に増えたので、こちらと致しましては万々歳ですけど……」


 店内に置いてあった衣服関係は、その影響で品が充実しているのだそうだ。

 鏡の俺に対する報酬は多額だったそうだが、必要経費だったと納得しておく。

 使用した経費の詳細を説明しましょうか? とクラリスさんが律儀にも申し出てくれたが、胃が痛くなりそうなので固辞。

 ゲームとはいえ、大金がじゃんじゃか出ていっている様を見るのは気分が良いものではない。

 ここ最近、農地の買い付けでも大金を投じたばかりだというのに。

 知らない方が良いこともあるということで、一つ。クラリスさんのことは信用しているし。


「ありがとうございました。また何か売り物になりそうなアイテムを作製出来たら、持ってきますよ」

「本当ですか!? ありがとうございます、ハインド様! ……早速、おばあちゃんに手紙を書いて送りますね?」

「それが良いと思います。では、また」

「はい! いつでもいらっしゃってください。お待ちしております!」


 何度も何度もこちらに向けて頭を下げるクラリスさんと別れ、俺はエイシカクロスを持ってギルドホームへの帰路についた。

 そら豆と白身魚を忘れずに購入し、日々糧となる食材に関しても抜かりはない。




 ホームに戻って工房のドアに手を掛けると、中から姦しい話し声が聞こえてくる。

 トビはログアウトして資料集めをしてくるというメールが入っていたので、中には居ないはずだ。

 となると、この声は――。


「あ、先輩ちーっす」

「ハインド先輩、こんばんは!」

「お邪魔しています」


 中に入ると、床に横になったシエスタちゃんがまず俺に気付いた。

 続けて椅子に座ってテーブル上で作業中のリコリスちゃんとサイネリアちゃんが挨拶してくる。

 ギルドホームの施設に関しては使っていいと事前に言ってあるので問題ないのだが、何で約一名は床で寝ているのか……。


「こんばんは。三人揃って、コンテスト用の作業かい?」

「そうなんですよ! 例によって半人前なので、三人で一品だけ出します! サイちゃん名義です!」

「リコ、事実だけどそんなに元気よく半人前宣言しないでよ……ハインド先輩も苦笑いだよ」

「ふぁー……あ、本格的に眠くなってきた……」


 手元を見る限り、作っているのは『枕』だろうか?

 テーブルは一つしかないので、少しだけ離れた位置にエイシカ・クロスを置いて自分の道具を取り出していく。


「おー、とっても綺麗な赤い生地ですね! ハインド先輩も、出品するのはお裁縫ですか?」

「まぁね。あ、リコリスちゃんそこほつれてるよ。縫い付け緩いんじゃない?」

「はい? ああー! 本当だ!」

「それとしっかりした厚手の生地を使ってるみたいだし、マチ針からいきなり本縫いしないでしつけ縫いをしてからの方が上手くいくよ。学校で習わなかった? サイネリアちゃん」

「そういえばやったような……ミシンがあれば楽なのですが、そうもいきませんよね。他にも何かおかしなところってあります?」

「え? うーん、そうだな……」

「さすが先輩、オカンですね」

「誰がオカンだ!」


 結局色々と口出ししてしまい、殆ど共同作業で綿をたっぷり入れた枕を完成させた。

 この綿は貸した農地の一画で三人が育てたものだ。天然コットン100%である。

 丁寧に縫ったことによって丈夫になり、シエスタちゃんが先に使っていた試作品よりも綿を多く入れたのでふっくらした仕上がりとなった。


「ところでシエスタちゃんは、作業に参加せずに何をしているのかな?」

「私は枕の感触を確認して横から口出しする役です。眠りのプロなので」

「あ、そう……」


 眠りのプロって何だろう……どうせ聞いても理解不能だろうから、訊かないけど。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ