コンテストに向けて・その3
ホームの廊下を進んでいると、その途上で背後から扉が開かれる音がする。
方向から察するに、鍛冶場のドアの音だと思うのだが。
「あ、やっぱりセレーネさん。どうしました?」
振り返ると、開いたドアから顔を覗かせるセレーネさんの姿が。
ずれた眼鏡の位置を直しながら、何故か俺の周囲に視線を走らせている。
「……ハインド君、今一人?」
「見ての通りですけど」
「ちょ、ちょっといいかな? 入って入って」
彼女の手招きに応じ、すっかり彼女の領域と化している鍛冶場の中へ。
クラリスさんとは時間を決めた待ち合わせをしているわけではないので、寄って行っても特に問題はない。
しかし、てっきりもうコンテスト用の武器か防具に取り掛かっていると思っていたのだが……。
鍛冶場に入ると、何故か彼女から棒状の粘土のような物を渡された。何だこれ?
「それをギュッと握ってくれるかな。杖を握る時をイメージしながら、両手で」
「杖を? あの、一体これは……?」
「み、みんなにもこれからお願いするから! 今後の武器を作る時の参考というか……と、とにかくお願い!」
ああ、そういう。
意図は理解したけれど、果たして今やる必要はあるのか?
「でも良いんですか? コンテスト用の装備の作製を始めなくても」
「え? ええっと……これは……そ、そう! あれだよ、息抜き! 今ちょっと行き詰ってて……だからみんなのデータ取りでもして、その間に頭の中を整理しようかなって!」
「そういうことなら付き合いますが」
この前の武器も俺とユーミルそれぞれに合った素晴らしい出来だったのだが、あれよりも更に踏み込んだ作り込みをするのか?
セレーネさんの向上心には頭が下がる思いだ。
妙に早口でお願いされたが、そういうことなら断るはずがないじゃないか。
ということで、杖を持つ時と同じように粘土をしっかりと握る。
それも片手の場合と両手の場合の二パターンだ。
恐らくこいつは、グリップ部分の微調整にでも使うのだろう。
「そうしたら、今度はこれを……」
次にセレーネさんが渡してきたのはいくつかの小さな重りの付いた棒だ。
これはどういう道具か知っている。
重りは可動式で、武器の重心を決める際に使う道具というかサンプルというか。
アルベルト親子はもとより、ユーミルの長剣を作る際にも使用したものだ。
俺も例外ではなく、闘技大会前に杖を製作してもらった際にもやったはずなんだけど……。
「――と、こんな感じですかね。前とあまり差はありませんが。それで、あの、セレーネさん?」
「次はこれを」
「あ、はい」
「次はこっち」
「え? そんなに色々やるんですか?」
セレーネさんは俺の情報を細かく細かく丁寧に取り、しっかりとメモしていく。
随分と精緻な作業だな、と途中まで思っていたのだが……些か度が過ぎているような?
終始漂う、何かを誤魔化すような彼女の態度も妙に感じる。
だが同時に「訊かないでくれ」と切実に訴えられているような気もする。
なので結局、俺は何も言わないまま従うことにした。
そんな作業も終わりを迎え……。
「ありがとうハインド君。引き止めちゃってごめんね」
「いえ、大丈夫ですよ。みんなにも順番に来るように言っておきましょうか? データを取ってもらいに」
「あ、ううん! 自分で言うから大丈夫だよ! ……本当に言わなくていいからね!? 絶対だからね!?」
「そ、そうですか? 了解です……」
そんなに強い口調で言わなくても。やっぱり何か変だな……。
俺は様子のおかしいセレーネさんを残して鍛冶場を出ると、今度こそホームから街へと繰り出していった。
王都ワーハの街は今日も賑やかだ。
プレイヤーの数も日に日に増え、今では白色のネーム表示に混じって青のネーム表示の人間も頻繁に目にするようになった。
ただ、本格的に拠点を構えるに至っていないギルド未所属のプレイヤーも多い印象だが。
「おう、神官の兄ちゃん! 今日は良いそら豆が入ってるぜ! 新鮮大粒っ! どうだい!?」
「ああ、帰りに寄りますよ。沢山買うんで、その時はよろしく」
「早くしねえと無くなっちまうぞ! ガハハ!」
「おや、ハインドじゃないの! 白身魚買っていかない? おばちゃんオマケ付けてあげるから!」
「帰りに寄るんで取り置きしておいて下さい。おばちゃん、今日も若々しいっすねー」
「あらやだ、もー! オマケ増やして待ってるから!」
「痛っ、痛い! オマケは嬉しいけど背中痛いって!」
……目にするようになったが、俺に声を掛けてくるのは食材関係の商人NPCばかり。
頻繁に買い物をしていたためか好感度もグングン上がり、加えて闘技大会優勝の影響で値引きも容易だったりする。
プレイヤーに関してはユーミルと一緒に居ない限り、滅多に声を掛けられることはない。
逆にあいつと一緒に居ると、それはもうしつこいくらいに他プレイヤーに捕まることになる。
今回は一人なので移動が非常にスムーズだ。
「こっちに来るのは初めてだけど……ああ、確かに雰囲気変わるな。店の一軒一軒が大きいし……」
露店やら小さな店の多い庶民的な商店街の一画を抜けると、大きな看板を掲げた高級店が急に増えだす。
この近辺は美術品だったり輸入品、工芸品の店が多く道行くNPC達もどこか小奇麗で静かだ。
簡単に言うとここは、大商人達の店が立ち並ぶ高級商店街である。
「っと、マップマップ。えーと……」
目当ての場所をマーキングして進んでいくと、程なくしてそれは見つかった。
新し目の店構え、白を基調とした上品な外装、掲げられた看板には『クラリス商会』の文字が。
本当に出来てるよ……話を聞いたときは耳を疑ったものだが。
少し重い木製の扉を開いて中に入ると、美しく装飾された姿見や手鏡がまず目に入る。
それらが化粧品や華やかな服などの商品類と分けられた上で丁寧に陳列され、光を反射していた。
俺の入店に気が付いた女性従業員が足早に近付いてくる。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか? 贈答品のご用命であれば、喜んで――」
畳みかけるようなセールストークの中で、贈答品という言葉が引っ掛かる。
しかし店内を見回せばその答えは明白だった。
なにせ男が俺しか居ない……気が付けば、何をしに来たのかという他の客の好奇の視線に晒されていた。
扱っている商品を考えると仕方ないか。
既視感があると思ったら、理世に付き合わされて女性向けの店に入った時と全く同じ居心地の悪さだ。
「あー……クラリスさんはいらっしゃいますか?」
「……はい? 失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
俺が名前を告げると、その従業員は店内で待つように告げると慌てて店の奥へと入っていった。
どうやら取り次いではくれるようだ。一安心。
継続する居心地の悪さにげんなりしそうになるが、待つ間、鏡を眺めて時間を潰すことにする。
これらは俺が提供した銀鏡反応を用いた鏡であり、どういった形で売られているのか以前から気になっていた。来店する暇は無かったが。
細かな装飾等に感心しながら、展示された鏡を順番に見ていく。
見たところ鏡自体の精度も高いようだし、どうやら上手く生産ラインに乗せられたみたいだな……。
大小様々な鏡を夢中になって見ていると、バタバタと慌てたような足音が遠くから近付いてくる。
何事かと振り返ると同時、頬に何かが突き刺さった。
「……クラリスさん?」
肩に手を置きつつ人差し指を立てておくという、小学生のような悪戯を成功させたクラリスさんがそこに居た。
俺が名を呼ぶと、彼女は手を下ろし柔らかく笑んでからお辞儀をしてくる。
「お久しぶりです、ハインド様。クラリス商会へようこそ」