グループ戦序盤 前編
翌日。
ついに始まったグループ戦だが、流れはこれまでのトーナメントと同じ。
控室で少し待たされてから、武舞台に放り出される……この繰り返しだ。
勝ち抜けていれば。
違うのはグループ戦のみ、控室での交流機能がないところくらいか。
「あったところで困るけど」
両チーム合わせて最小十人、最大三十人が一室に押し込まれるわけだから。
交流どころではなくなるだろう。
人数が多くなると変に気が大きくなる人たちもいるので、これで正解に思える。
「む? なにか言ったか? ハインド」
「なんでもねーよ」
ベンチに座り、柔らかい布で新しい武器を磨きまくるユーミルが独り言に反応してくる。
まだ新品で汚れてもいないのに、なにをそんなに磨く必要があるのか……。
光を反射する刀身、そして鞘の装飾が眩しい。
西洋剣とは思えないほど切れ味がいいので、手を斬らないか心配だ。
「ふふっ」
まあ、大事にされている様子を見てセレーネさんがほっこりしているので、よしとしておくが。
――で、グループ戦で悩むところといえば、各試合のオーダーだ。
どの試合に誰を送り込むのか……。
しかも、出場選手の変更は試合開始前ギリギリまで可能だったりする。
控室内をうろうろしながら、汚れひとつない白い壁を眺めて考える。
うーむ……。
「おー、先輩が悩んでる悩んでる」
ベンチに座り、壁に背を預けるという体勢のシエスタちゃん。
ほとんど不動のまま眼だけで俺の様子を見て笑っている。
軟体生物のように、半分溶けかけているような風情だ。
「……シエスタちゃん。わかっているなら一緒に悩んでくれてもいいんだよ?」
「いえいえー、遠慮しておきます。先輩の楽しみを奪う気はないのでー」
……相変わらず理解が深いな。
そうなのだ、これが苦しくも楽しい時間なのである。シエスタちゃんはわかっている。
なにせみんな強い上にアクも強いから、組み合わせの考えがいがある。
――さて、そんな中でも個の強さだけを見ればいい1対1なわけだけど。
初戦である1対1の選手のみ、控室を出るまでに決めて提出しなければならない。
最悪、未提出のまま時間切れだと、メンバーの中からランダムで選ばれてしまう。
ソロ適性のない後衛が1対1決闘に送り込まれる……なんて事態も発生しかねない。
そうなると始まる前から負けているようなものなので、それだけは避けなければならない。
今いる前衛メンバーを見て、なるべくコンディションがよさそうな――
「私」
――などと悩んでいる俺の前で、自分が出ると強めの主張。
一瞬ユーミルかと思ったが、それにしては静かな声だ。
ついでに声が胸元あたりからする。
動きを止めて視線を下げると……。
「私が出る」
「――おおう!?」
ものすんごい至近距離にフィリアちゃんがいた。
澄んだ琥珀色の瞳がこちらをじっと見据えている。
なぜそんな人の顔の真下から……!?
ほとんど俺のお腹に密着しているような状態である。
同じくグループ戦の助っ人であるアルベルトさんに視線を向けると……。
壁に寄りかかって腕組み姿勢で立ったまま、フッと笑みを見せるだけだった。
どういう意図の笑みなんだ!? それでいいのかお父さん!
親子そろって謎な行動に困惑していると、娘側――フィリアちゃんが続けて発言。
「ハインドたちは、継承スキルをなるべく隠しておきたい。違う?」
「ち、違わない……けど……」
「なんなら新装備も後の試合に取っておきたいぞ!」
ユーミルが元気に横からくちばしを突っ込んでくる。
フィリアちゃんの言葉に対しては――まったくもってその通り。
その通りなのだが、いいのだろうか?
視線で問いかける。
「私たちは傭兵。依頼を引き受けるには、自分たちの能力を最初からある程度明かす必要がある」
だから目立っても問題ない、スキルも隠さずに全力で戦える。
それがいつも通りのスタンスだから、とフィリアちゃん。
本当にそうだろうか?
もうこの親子の知名度なら、ざっくり「戦闘力が高い」で通じると思うけど。
細かなスキルの習得状況まで訊いてくる依頼人がいたとしたら、そいつのほうがやばいやつな気がする。
「無論、隠し玉が一切ないというわけではないがな」
やや無理のある論法を聞いて微妙な表情の俺を見て、すかさずフォローを入れてくるアルベルトさん。
その心は。
「だから遠慮せず、使い倒してくれて構わない。なんなら全試合に出ても構わないが?」
「お父さん。言い出したのは私が先」
――いっぱい試合に出たい! ということのようだ。
散々これまでのトーナメントで暴れたのに、まだ戦い足りないのか……この親子。
更に言うとだ。
「色々言っていますけど、新しい武器の性能を試したいだけなのでは?」
「……」
「……」
口を閉じ、視線を逸らす動きが完璧にシンクロ。
親子だなぁ……実に親子……。
と、そうそう。
グループ戦の協力者には、武器・防具の更新を報酬として先払いしている。
そのほうが戦力も上がってありがたいしな。
つまるところ、前々から優先して鍛冶・縫製作業を引き受けるようなプレイヤーたちが協力者なわけだが。
「ハインド殿。そういや、ヘルシャ殿たちは? いなくない?」
残るグループ戦メンバーはヘルシャたち主従三人組。
もう参戦してくれている傭兵親子二名に、鳥同盟八名の合計十三名がグループ戦の参加者となっている。
で、トビの質問に答えると……。
「今日は無理そうだって。みんなに謝っておいてくれってさ」
スケジュールの関係でシリウス組は明日からの参戦だ。
ちなみにグループ戦、事前登録メンバーから何人か欠員が出ていても問題ない。
一度抜けて戻ってくるのも平気で、なんなら決勝戦のみ参戦したって構わない。
でないと、大所帯の中でひとり急な体調不良などで欠けただけで失格になってしまう。
他のトーナメントに比べてかなり特殊なルールだ。
「だから、明日まで勝ち抜けば参戦してくれるな……ヘルシャに急な仕事とかが入らなければ」
「ふん! ドリルがいなくても、全然寂しくなんかないんだからな!」
どこかお約束を感じさせる台詞を放つユーミル。
そんなことを言うユーミルが一番寂しそうなのもお約束だろうか。
……実はワルターだけでも行かせようか、という提案はヘルシャ側からあったのだが。
確かにいてくれればチームの組み方も変わっただろうし、助かっただろうけれど。
お嬢様が仕事をしている最中にゲームでは、ワルターも集中できないだろうということで断った。
優しいやつだからな。
自分に仕事が割り振られているかどうか関係なく、きっとそうなってしまうだろう。
だから明日から存分に暴れてくれれば――と考えていたところで、袖をクイクイと引っ張られる。
シエスタちゃんの体重をかけてくるダルそうな引っ張り方とは違う。
これは……そうだね、フィリアちゃんだね。
「ハインド。そろそろ1対1の選手を決めて」
――私に。
という副音声が聞こえてくる。
無表情無言でも圧がすごい。
見上げてくる目に力がある。目力!
くりっとしていて綺麗な目だなぁ。まっすぐすぎて見返すのがしんどいよ。
そしてもうひとり、立候補していたお父さんのほうは……。
「……」
無言で新しい大剣の鍔を鳴らしている。
くそ重い大剣を指の力だけで、鞘からわずかに抜いては戻す。抜いては戻す。
チャキンチャキン。
え? なに?
選ばなかったら俺、斬られるの?
「ええと……」
残りの待機時間を確認しつつ、全員の顔を見回す。
他に1対1適性があるのはユーミルくらいなものだが。
「わた――」
「お前はダメ」
「なぜだぁ!!」
目が合った瞬間に立って手を上げかけたが、制して座らせる。
理由は超簡単。
「だってお前、スロースターターじゃん」
おそらくだが、一戦目の動きはきっと悪いだろう。
雑に戦って負けて、以降ずっと調子を崩したまま――なんて状態になられても困る。
体が温まって集中力が増すまで、少し時間を要するんだよな……こいつの場合。
「ユーミルはとりあえず、俺と2対2な」
「!」
その言葉を聞いた瞬間、激しく何度もうなずくユーミル。
久しぶりのタッグなので、とても嬉しそうだ……。
犬だったら尻尾が千切れるくらい振っていそうな顔をしている。
うん、こっちはこれでいいとして。
正直、初戦の相手はそう強くないことが予想される。
アルベルトさんとフィリアちゃん、どちらが出たとしても問題なく狩って……間違えた。
勝ってくれるだろう。それくらいのランク差。
というわけで。
「……親子でじゃんけんしてください」
それでいいのか、という視線がトビとかシエスタちゃんから飛んでくるが。
仕方ないだろう! 俺はどちらかを選んで恨まれたくない!
そして傭兵親子はというと。
「「じゃーんけーん……!」」
割と真剣な様子で握った拳を振りかぶっていた。
よかった、俺がどちらか一方を指名しなかったことには、特に不満はなかったようだ。
そうして他の試合の出場者も考えながら待っていると、しばらく後に控室に転移陣が出現し……。




