グループ戦前日・後編
装備の一新。
それはMMORPGにおいて、指折りの心躍る瞬間だ。
理由はかかる手間に起因している。
まず、自力で作るなら素材集め。
これは買っても狩っても採取してもどれでもいい。
ただし、どちらにしてもランク相応の苦労が伴う。
レア素材ならレアな敵、あるいはレアな確率でのドロップ、他には行くのが難しいフィールドでの採取・採集にクエスト達成報酬と、強い装備の獲得には難しい条件が付随するものだ。
そしてレア素材は例外なく価格が高い。
「この装備……買ったとすると、どれくらいの値段になるのだ?」
「……」
もちろん誰かに製作を依頼するなら、更に費用は上乗せされることに。
腕のいい鍛冶師が相手であれば、それこそ天井知らずだ。
セレーネさんへの依頼を、仮に知り合いでもなんでもない状態から最優先で――という話になると……おお、寒気が。
寒気というか、素寒貧になるな。
俺の持つゲーム内マネーを全て注ぎ込んでやっと防具を一部位、といったところじゃないだろうか?
もし素材からなにから全て取引掲示板で買ったとすれば、という仮定の話だが。
だからユーミルの質問に対する答えはこうだ。
「考えないほうがいい」
「そ、そうか……」
具体的な数字を出せなくもないが、聞かないほうがいい。
俺だったら卒倒する。
籠手ひとつで高級ギルドホームの購入費用よりも高い。
そんな話をしたからか、新装備を持つユーミルの手つきが慎重なものになる。
と、いうかだな。
「なんでみんな、メニュー画面からじゃなく手動で――いや、わかるけど」
今、談話室のテーブル上にはたくさんの装備が並んでいる。
みんなの新装備だ。
あれから時間が経ち、夜になってついに完成した装備たちのお披露目の場だ。
そして、わざわざ手動で装備を変更している理由だが……。
メニュー画面で装備すると一瞬で身に着けているものが入れ替わるので、味気ないからだろう。
「わかっているなら水を差さないでほしいでござるな! ハインド殿!」
トビが邪魔をしてくれるなと声を張り上げる。
もちろん一番の功労者はセレーネさんだが、他の面々もただ待っていたわけではない。
素材集め、新製法のためのクエスト達成、なによりも鍛冶設備レベルアップに向けた資金集め。
それを今イベント開始前までに済ませているので、みんな等しく悦に入る権利がある。
「おおー。注文通り、おにゅーの神官服は肌触りが……ぐぅ」
「シーちゃん!? 着る途中で寝ないで!」
新装備を確認しながら、順番に身に着けていく作業。
もちろん俺にとっても至福のひとときである。
これらひとつひとつに、膨大な手間とゲーム内マネーが詰まっているのを知っているから。
俺の場合は上下一体の神官服、腰のベルト&今回は出番のないポーションホルダーに、防御力増強用の腕輪。
こんな感じの防具たちだ。
特に神官服には、魔界の奥地にいるやたら強くてレアな大蜘蛛の糸を紡いで作ってある。
魔界産素材で作った神官服という、光と闇が合わさったような性質の防具になった。
見た目の上でも黒基調という仕上がりに。
そして武器だが……。
「ごめんね、ハインド君……間に合わなくて」
残念ながら未完成。
しかし、セレーネさんが一番力を入れて作ってくれていることは知っている。
そのせいで未完成なことも。
だから謝る必要なんてどこにもない。
……間に合わなかったのは、俺と一緒にミョルルルを作ったせいでもあると思うし。
「いえいえ。決勝までには間に合うという話でしたから……後の楽しみにしておきますよ」
むしろ戦闘の合間を縫って作業に当たるのか? 本当に? という感じではあるが。
それをやっちゃうのがセレーネさんである。
引き続き体調面だけ要注意、要観察といった感じだろうか。
これ以上リィズとサイネリアちゃんに迷惑をかけられないので、自分も含めてしっかりしないと。
「――で、お前は一体なにをしているんだ?」
装備を身に着け終えて横を見ると、ガチャガチャと着ぶくれしているやつが目に留まる。
革装備の限界を目指し、金属鎧越えを目論むも失敗した胸当て。
そんな装備の上にライトアーマーを無理矢理着込み、ガントレットの上に俺の編んだリストバンド、最後に大分前に作ったマントを羽織っている。
「フルアーマーユーミルちゃんだぞ! どうだ!?」
「馬鹿者」
有り体に言って、お馬鹿な欲張りセットだった。
同時装備を考慮していないものばかりなので、色やフォルムなんかもまとまりがなく、取っ散らかって迷走している。
ちなみにゲーム的には部位ごとに、先に装備した方の性能を参照。
他は「ただ体に引っかけているだけ」という扱いになる。
そのくせ、当たり判定はしっかりあって耐久値も減るので、同部位扱いな複数の装備を身に着ける意味はまるでない。
「だってだって! 私だって偶にはお前の作った服を着たい! セッちゃんのアーマーにはなんの不満もないが!」
確かに序盤の革装備から変更して以降、ユーミルの防具は鍛造製ばかりだが。
これは騎士という職性質上、仕方ないところもある。
金属製の防具のほうが強いんだもの。
――布・革装備は基本、後衛職のもの。
前衛職の中では軽戦士・武闘家の両職が多く身に着けるくらいである。
しかし金属鎧が完全にセレーネさん製かというと、少々違ってくる。
「アーマーだって調整用のベルトとか、肌に当たる部分のクッションは俺の縫製だぞ?」
「あっ、言われてみればそうか!」
比率としては極々わずかとはいえ、俺の手が入っていないこともない。
その逆も然りだ。
布装備だって、部分的にプレートが仕込んであったり、金属繊維が織り込んであったり。
セレーネさんの手が入っているものも少なくない。
「そうだよ。だから、そんなことは気にせずに――」
「見て見て、ハインド殿! フルアーマーな拙者の姿!」
ユーミルの装備を外させようとしていたところ、忍び装束の上に甲冑を装備したトビが寄ってくる。
ガシャガシャと忍にあるまじき音をさせながら駆け寄ると、ユーミルと目が合う。
そしてその姿を認めると、トビは駆け寄った勢いのままに崩れ落ちた。
バンバンと手甲のついた拳で床を叩く。
「うぉああああ! 被ったァァァァ!! ユーミル殿なんかと! ユーミル殿程度の発想と!」
「おい! ふざけるな! 私だってお前なんかと被りたくなかったぞ!?」
もはやなにも言うことはない。
同レベルである。
同レベルなふたりである。
「もういい! わかった! ではこうだな!」
今度はユーミル、メニュー画面を駆使し、防具をまともな状態にすると……。
次々と武器を取り出し、太い縄を使って盾を中心にくくりつけ、背中に強引にマウント。
「どうだ! フルウェポンユーミルさんだ!」
「もういいのはこっちだよ」
本来の武器である長剣、そして一般的なサイズの剣。
腰と腿には投げナイフ、鎖分銅、ヘルシャ用に試作した鞭とごちゃごちゃと。
更に斧、槍、普段はまったく使わない盾に、昨日――というか今日の早朝に完成したウォーハンマーのミョルルル。
十を超える武器がユーミルに(無理矢理)装備されている。
またまた、コンセプトが迷子な格好だ。
「刀狩りとか、武器マニアの人みたいになっているじゃねーか。お前の腕は二本しかないんだぞ? 使わん、使えん武器を背負うとか、ただのデッドウェイトだろ」
「むぅ! だったら腕を増やすスキルでも覚えるしかないな!」
ユーミルの頓珍漢な発言に、トビへと視線を流す。
なんとか言ってやってくれよ。
「……あるかもしれないけど、脳の負荷的に自分の腕同然には扱えなくなりそうでござるな。武器を飛ばすスキルとか、浮いた武器が勝手に斬りつけるスキルのほうが現実的でござるよ?」
「そうだよな。トビが使うような、分身一体分のラジコン操作が技術的な限界点って聞いたことあるし」
トビが使う分身スキルは、もう一体の自分と疑似神経接続されているわけではない。
そんなことをしたら現実の体、主に脳に影響が出るので……。
頭の中にゲームのコントローラーを思い浮かべ、それを使って操作するような仕組みだそうだ。
だから腕を直接体に生やし、アバターと同じように自分の意志で自在に動かす――というのは、技術的にも健康面への配慮からも不可能と思われる。
人外アバターや、現実の自分と大きく乖離した姿形にできないのも同じ理由だ。
「しかもあの分身操作だって、めっちゃむずいでござるよ。アレ系統のスキルで――魔法の腕が生えてくる! とかで複数武器の使用を実現できたとしても、単細胞のユーミル殿じゃムリムリ。扱えるわけないって。出直して参れぃ!」
話しながら段々と調子に乗っていくトビの発言に対し……。
ユーミルは我慢――できるはずもなく、秒で反応。
「唸れ! ミョルルルゥ!」
「なんのっ! ハインドシールドォ!」
「やめろお前ら!」
背中に無理矢理積載された武器の中から、的確にハンマーを引き抜いてスパークさせるユーミル。
俺を盾にしようとするトビ。
目の前で雷光が弾け――眩しい、眩しいってば。
というか、お互いよくその重量で動き回れて……うーん、なんだろう。
夜更かしした俺が言っていいことじゃないんだろうけど、こんなんで大丈夫か? 明日からのグループ戦。
「ああっ!? 武器が全部落ちた! セッちゃんのおニューの武器たちがぁ! すまんセッちゃん!」
「頑丈に作ったから大丈夫だよ。ユーミルさん」
「なにやっているんでござるか、もー。ハインド殿も、拾って拾って」
「……ああ」
普段通り、リラックスできていて頼もしいと思うことにした。
そうそう、大事大事。平常心は大事だ。きっとそうだ。そうに違いない。
過去のイベント前にも、似たようなことがあった気がするし。うん。




