グループ戦前日・前編
グループ戦の開始までは一日だけだが間がある。
トーナメントの日程もそのほとんどが終わり、全体のムードとしては、かなりまったりというか緩い空気だ。
それだけグループ戦に出場するプレイヤーは少なく、一部トーナメントのみの参加者としてはイベント終了! という人ばかりだからだろう。
ただ、観戦者確保と盛り上がりを最後まで維持するためか、賭けに勝った際の支払金も観戦達成数による報酬も、これまでのトーナメントでは最も豪華だ。
そんなゲーム全体の流れではあるが……。
「知らん! 私にとっては明日からが本番! しっかり準備するぞ!」
とのギルドマスターの下知によって俺たちは集まっている。
時間は大体、昼食後の午後一番といったところ。
もちろん、グループ戦はメンバー集めの大変さや試合時間・拘束時間の長さに目を瞑れば、出場者目線でも一番報酬がよい。勝てれば。
そんなわけで……ログインするにせよ休むにせよ、出場チームは総仕上げに余念がない。
「わははははーっ! 見よ! この金色に輝くハンマーを!」
……余念がない。
はずなんだけどなぁ。
遊んでいて大丈夫なのかね? 俺たちは。
「危なっ! 危ないでござるよ、ユーミル殿!」
ギルドホームの訓練場で、ユーミルが振り回しているのは金色のハンマー。
その造形も装飾も華美で、荘厳で、しかしギリギリ下品にならない範囲で収められている。
ただまあ、金のハンマーという時点で成金趣味というかよろしくないイメージは付き纏うわけだが。
無慈悲に爆散させられるカカシを背後に俺たち……俺とセレーネさんは――
「で、あれが昨夜一晩の成果ですか」
「……しかも夜更かし、しちゃったんですよね?」
――リィズとサイネリアちゃんからお説教を受けていた。
訓練場の堅い床に正座させられている。
……正直、厳しい表情で見下ろしてくるリィズだけなら、そこまで圧はなかったかもしれない。
なんだかんだで優しい妹だからな。
しかし、隣で心配そうな顔で見てくるサイネリアちゃん。
これが精神的によろしくない。大ダメージである。
チクチクと良心を刺激してくる。
「いいのですか? 大事な時期にあんなものを作っていて。後悔するのは自分たちだと思うのですが」
リィズが正論で責め。
「今はよくても、イベント終了後の体調が心配です。もし寝込んだりしたら……私はすぐに駆けつけられない距離にいますし、簡単にはお見舞いにも行けません。罹るのが軽い風邪程度だったとしても、おふたりと数日話せなくなるのは寂しいですよ」
サイネリアちゃんが優しく忠告してくる。
まるで口が堅い容疑者・関係者を追い詰める刑事コンビのような組み合わせ。
リィズが理屈で詰めてきて、サイネリアちゃんが感情を揺さぶってくる。
そんな凶悪なコンビネーションに……。
「す、すみませんでした……」
「反省しています……」
あっさりと陥落する俺たち。
そもそもこちらが一方的に悪いので、謝るほかにないのだが。
ついでに触れるなら、セレーネさんに別武器の製作を唆した俺が一番悪い。
されども、それでも。
言い訳したくなるのが人の性。
黙っていればいいのに、ついつい余計な言葉が口から出てくる。
「で、でもほら! あれ見てくれよ! ついにできたんだ、変形武器が!」
お説教組と被お説教組がいる場から、やや離れた位置でたむろしている残りのメンバー。
ユーミル、トビ、リコリスちゃんにシエスタちゃんのほうを指し示す。
以前に話した、二種以上の武器が組み合わさった複合武器。
これに関してはソラールが使った『ソードシールド』があるように、少し前に他のプレイヤーが作りだして製法も広まっている。
十徳ナイフのような、あるいは『ランタンシールド』などのような、実際に存在したものを参考にしているものも多くあり、作製成功は時間の問題だった。
合体・分離できる武器も、性能はともかく実現はしているらしい。
「うおおお! 柄が伸びた! 頭の部分が開いたぞ!? しかも光ってる!」
しかし! しかしだ! あの変形武器は違う!
これに関してはファンタジーに片足を突っ込んでいるジャンルだ。
折り畳みの武器が開くとか、柄が結合して長くなるとか、そういう現実的で単純な構造のものは該当していない。
ガションガションと「強度的に無理がないか?」と思えるほどに形が変わり、性能もズドンと大幅上昇!
ファンタジーというかむしろロボだ。SFだ。
「ユーミル先輩かっこいいです!」
「いや、リコリス殿。格好いいのはユーミル殿でなく武器のほう……」
柄尻に避雷針のようなものが出現し、ハンマーヘッドは展開して雷光を纏う。
ユーミルが力強く槌を振り回す度に、バリバリとつんざくような音を立てながら空気を震わせている。
「おー。派手ですねー……眩しくて眠気が飛びそうー」
「うはははははは! 最高に楽しいぞ、このハンマー!」
仕組みは大体、以下のような感じだ。
魔法回路に魔力を流すと、それに反応して武器が展開。
ヘッドの部分が開き――構造が脆弱になるせいか物理攻撃力が下がるものの、リーチが伸びて魔法攻撃力が増加するという具合だ。
名前はセレーネさんから聞いた雑学に紐づけて『偽神器・ミョルルル』と名付けた。
深夜ハイ状態で付けた名前だ。我ながら痛いというかダサいというか。
共同製作者のセレーネさんもノリノリだったので、名付けに関してだけは同罪だと思っておこう。
「手前味噌だが、傑作だぞあれは! 色々な偶然が重なったんだけどな!」
ゲーム上の性能としては、属性武器の極致と言えるような数値に仕上がっている。
物理攻撃力が貧弱なので、万能とはいかない――ともならない点がまた優秀である。
魔法防御や光属性耐性の高い相手には、ハンマーを展開させずにぶん殴ればいい。
素晴らしき2WAY方式なのである。
「すごく久しぶりの達成アナウンスも出たんだよ! 深夜というか明け方だったから、まだあんまり話題になっていないけど!」
セレーネさんも興奮気味だ。
昨夜のことを思い出すに、そうだな……。
まず、最高級の魔法のスクロールなら属性石込みで武器に仕込めるという発見があった。
試行錯誤に対し成功が続き、変形武器製造の理論が確立していった。
俺たちは調子に乗った。興も乗っていた。
材料も揃っていた。では、それを踏まえて楽しみは明日に……とはならなかった。
合流から数時間経って夜中になり、それでも手が止まらず――ふたりで語って溶かして叩いて伸ばして冷やして調えて熱中し、気づけばミョルルルが完成していた。
終わった時には夜が明けかけていた。
熱く語る俺たちに対し、リィズは一言。
「そういう問題ではありません」
バッサリ。
バッサリだった。
これには揃って、再び項垂れるしかない。
「はい……」
「ごめんなさい……」
わかっている。
成果の有無が問題なのではない。
夜更かししたこと。
ただそれのみが問題なのである。
その結果、いくら若いといってもノーダメージではなく。
ちらりと横目で様子を見る。
「うぅ……」
セレーネさんは眼だけはギラギラしているものの、全体的にやや萎れていて。
俺はなんだかフラフラしていた。
普通に座っているつもりなのに、視界が微妙に左右に揺れている。
午前中、健治&秀平と遊んでいた間は大丈夫だったんだけどな……。
「幸い、今はまだ日中です。昼寝でもなんでもして、夜にまた再集合としましょう」
無情な宣告。
それに対し隣で何度も首肯するサイネリアちゃん。
そんな! 前日の間にやりたいこと、確認しておきたいことがたくさんあるのに!
「でもさ、リィズ――」
「リィズちゃん、あと一押しで完成の武器が――」
「夜もなしにしますか? 負けたいわけではありませんが、私は別に構いませんよ。体調を崩してまでやることではありませんから」
「……」
「…………」
これでも譲歩はした、というリィズの言葉。
それを受けて、俺たちは情けない顔でうなずくことしかできなかった。




