論より
自分が黙っているのに、相手にばかり質問を投げるというのはどうにも遣り難い。
それが、掴みにくい相手であれば尚更だ。
時計の針は既に8時を廻っていた。
どんな私立であれ、学校の始業時間というのはそう変わりがないはずだ。
けれど、心は気にした様子もなくぱたぱたと忙しそうに家の中で立ち働いている。
それとも、此処に自分がいるからだろうか。
それにしては双子があっさりと出かけていくのは解せない。
自然考え込んでいたのだろう。
不意に眉間に押し当てられた何かに、はっとして意識を浮上させると、すぐ目の前に心の顔があった。
「!?」
「眉間に皺寄せてると、難しい顔で固まっちゃうよ?」
それが心の指だと気付いて反射的に払うと、困ったように心が肩を竦める。
「心の事嫌いでも、返事くらいして欲しいなぁ」
「は?」
「呼んだのに何にも言ってくれないんだもん」
しょぼんと肩を落とした少女に思わず眉を顰めた。
主導権は明らかに心にあるはずだ。それなのに、
「あのね、心買い物行くけど、一緒に行く?」
「買い物?」
突拍子のない言葉に思わず声を上げると、心は不思議そうに首を傾げた。
「え? うん。今日のお夕飯の材料とか、買いに行くつもりだよ?」
「お前、学校」
「学校?」
「あの双子は」
双子、という言葉に反応して、心は漸く納得したように小さく笑う。
「心、高校生じゃないよ」
「義務教育は、自主休校はないだろ?」
「お言葉だけど、心、義務教育はちゃんと終わってるもん」
ぷくと頬を膨らめる姿はどう見ても双子より幼い。
けれど、
「それなら、」
義務教育は終わっているが、高校生ではないということは。
「中卒?」
「高校はちゃんと卒業したもん」
「なら」
「これでも、心、女子大生なんだからね」
「!?」
一瞬思考が停止した。
「嘘つくな」
「嘘じゃないもん。嘘なんかついてどうするの?」
肩を竦めた心が、思いついたようにぱたぱたと部屋を出ていく。
それからすぐに戻ってくると、手にしていた小さなカードを差し出した。
「?」
「はい、証拠だよ」
差し出されたのは学生証。
其処に記された大学名と、館野心という名前。
それから正面に立つ人物と寸分たがわぬ顔写真を見比べて、思わず声を失った。