プロローグ。
迷宮に何を求めるか。
富か、名声か。
あるいは、己の限界を超えた先にある栄光か。
危険を承知で迷宮に挑む冒険者たちには、それぞれ譲れない目的がある。
だが、ここに一人。
誰よりも単純で、ささやかな願いを抱く男がいた。
その男が求めるものは――。
ーーーー
「……馬鹿な」
誰かが、呆然と呟いた。
薄暗い迷宮の最深部。
そこには、つい先ほどまで激戦を繰り広げていた冒険者たちがいた。
砕け散った岩壁。無残に抉れた地面。
そして、その中心には巨大な魔物が横たわっていた。
「レベル……90超えだぞ……?」
一人の冒険者が、震える声を漏らす。
それは、並の冒険者では束になっても太刀打ちできない怪物だった。
熟練の冒険者でさえ、討伐には万全の準備と相応の戦力を必要とする。
そんな化け物が、今や物言わぬ骸となっている。
しかも――。
「た、たった一人で……倒しちまったのか……?」
誰も、その言葉を否定できなかった。
冒険者たちの視線が、一斉にある男へと注がれる。
黒く重厚な鎧。
片手には使い込まれた剣を握り、もう片方には無骨な盾を携えている。
兜から覗くのは、手入れの行き届いていないボサボサの黒髪。
そして、何より目を引くのは、その人相の悪さだった。
鋭く吊り上がった目元に、荒んだ瞳。
お世辞にも人好きのする顔立ちとは言えない。
むしろ、街中ですれ違えば、思わず道を譲ってしまいそうな風貌である。
「…………」
男は倒れた魔物を一瞥すると、剣を鞘へと納めた。
そして、冒険者たちへと顔を向ける。
「ひっ……!」
その瞬間、誰かが小さく悲鳴を上げた。
男が一歩踏み出す。
冒険者たちは一歩後ずさる。
さらに一歩。
さらに後ずさる。
「……あの」
「う、うわあああっ!!」
男が口を開いた途端、冒険者たちは一斉に逃げ出した。
「お、おい! 待てって!」
むしろ、その声を聞いた冒険者たちは、さらに足を速めてしまった。
やがて、迷宮には静寂が戻る。
「…………」
男はしばらく、彼らが消えた通路を見つめていた。
そして。
「…………はぁ」
深い、深いため息を吐いた。
「……また友達ができなかった……」
その声には、先ほどまでレベル九十を超える怪物と戦っていた者とは思えないほどの哀愁が漂っていた。
この男の名は、クイ。
冒険者としては規格外の実力を持ち、数多の迷宮を攻略してきた男である。
しかし、彼には一つだけ、どうしても叶えられない願いがあった。
富でもない。
名声でもない。
ましてや、世界最強の称号などでもない。
ただ、気兼ねなく話せる友達が欲しかった。
――それだけなのである。




