首吊惨歌《くびつりさんか》
首吊惨歌
作詞 HAYATO
作曲 Reiji
編曲 Jesus Pain
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淡い幻想に彩られるまま
夜の静けさに身を委ねていた
月の光は私を照らすよ
君が残した白い輪郭とともに
愛してる君を、愛してる、カラダの奥まで
キミの欠片を一つ砕いて風に流した
揺れて、揺れて、喉元に輪をかけ
笑って、笑って、私は首を吊った
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「音の流れが美しい……」
「だが怖い……!」
「笑って首を吊るとはどういう祈りなのだ……!」
「分からぬ! だが胸が締めつけられる!」
『首吊惨歌』
それが、今日の定期ミニライブでの演奏曲だった。Jesus Painには珍しい、ミドルテンポのナンバーだ。
うちの曲は基本的に、叫ぶ、壊す、殺す、血を撒く、みたいなものが多い。音数を詰め込み、リフで押し、ドラムで煽り、ハヤトの喉に負担をかける。若い頃はそれでよかった。むしろ、そうでなければ負けだと思っていた。
だが、この曲は少し違う。速さで殴るのではなく、沈める曲だ。ゆっくり沈めて、沈んだ先で首に縄をかける。そういう曲である。激しい曲ばかりでは、ライブの流れも単調になる。割合は多くないが、Jesus Painにもこういう曲はある。
作詞はハヤト。
俺たちが三十歳くらいの頃だったと思う。ちょうどハヤトが結婚を控えていた頃で、珍しく自分から歌詞を書きたいと言い出した。
最初に持ってきた詞は、まあ、ひどかった。歌詞自体を見れば悪くはなかったのかもしれない。ただ、Jesus Painとしては最悪だった。
朝が来る。隣で君が笑う。君がいるから今日も生きていける。人生って素晴らしい。そんな感じの、真正面から幸せを歌った、人間賛歌みたいな詞だった。ハヤトはたぶん、本気でそういうものを書きたかったのだと思う。彼女を愛していたし、生活も少し落ち着いていたし、自分の人生がまともな方向へ進んでいるように感じていたのだろう。
だが、俺たちはJesus Pain。猟奇、殺戮、破壊、絶望、そういうことを演っていたバンドが、急に「君が笑うから世界は美しい」みたいなことを歌い出したら、客はたぶん困る。下手すりゃ見限られる。
「やり直し。タイトルは首吊惨歌でよろしく」
ハヤトは本気で嫌そうな顔をした。
「何で今幸せで、人生これからなのに首吊らなきゃいけないんだよ!」
そうして、ハヤトの幸せなラブソングは、俺が何度も何度もダメ出しを重ねた結果、愛している相手を抱き締める歌だったはずなのに、愛した相手を壊し、最後に笑って首を吊る歌になった。
観客を見渡すと、泣いている者もいるし、膝をついている者もいるし、なぜか両手を組んで祈り始めている者もいる。音楽を知らなかった連中が、俺たちの曲をどう受け取っているのかは、いまだによく分からないが、少なくとも悪い影響を与えていることはなさそうだ。
♮ ♮ ♮
魔王城での暮らしは、想像していたよりもずっとまともだった。
最初は、魔王の居城というだけでかなり身構えた。廊下は広いし、壁には見たことのない紋章が彫られているし、夜になると燭台の火が妙な揺れ方をする。案内役の魔族も、角があったり、翼があったり、目が三つあったりする。慣れるまでは、曲がり角で誰かと鉢合わせるたびに心臓が跳ねた。
だが、用意された寝床は普通だった。普通というのは失礼かもしれない。飾りつけはいかにも魔族、という部分はあったが、天蓋までついた、ふかふかの上等なベッドだった。
食事も、思ったよりずっと食べやすいものが並んだ。熱を通した肉、野菜に近いもの、果物に近いもの、パンのようなもの。見た目が少し黒かったり、香りが元の世界のものと違ったりはするが、少なくとも皿の上で何かが蠢いていることはなかった。
心配といえば、シンジが食べ過ぎて太らないかということくらいだった。
「シンジ、少し控えろ。こっちに来て明らかに食事の量が増えてるぞ」
「異世界の食文化を知るのも大事だろ」
シンイチはその横で黙って食べている。必要な分だけ食べ、余計なものには手を出さない。寡黙な低音職人は、食事でも低音みたいに安定していた。
シンジには、兄を少しは見習ってほしい。
もっとも、魔族側にしてみれば、俺たちの食欲も体調も、重要な問題らしい。
「四候の皆様。あれほどの音の儀式を行えば、魔力の消費は計り知れぬものと存じます」
宰相ザントは、そう言って本気で心配してくる。
「いや、魔力は使ってないと思うんですけど」
「ご謙遜を。あの音、あの声、あの震え。通常の術式で説明できるものではございません」
魔王さんも同じだった。
「無理はなさらないでください。皆様のお身体は、魔族全体にとっても大切なものですから」
だが、こちらとしても、何もしないで世話になるのは気が引けた。寝床をもらい、食事をもらい、機材を置く場所まで用意してもらっている。しかも帰る方法は分からない。だったら、できる範囲で何か返すしかない。
そうして俺たちは、週に二回か三回ほど、魔王城のホールで小さなライブをすることにした。
小さな、と言っても、魔族側からすれば立派な儀式らしい。ザントは毎回、開演前に妙な口上を述べようとするし、ローブ姿の魔族たちはやたら厳粛な顔で並ぶ。俺たちからすればミニライブか公開リハーサルに近いのだが、向こうは完全に神事扱いだった。
それ以外の時間は、練習もできた。
魔王城の一角に、音を出しても問題ない広い部屋を用意してもらったのだ。元の世界ならスタジオ代だけでもそれなりにかかる。時間を気にして延長料金を計算する必要もない。
正直、至れり尽くせりだった。
問題は、俺たちが異世界にいて、顔が腐乱死体風のまま固定されていて、魔族から黒き冥府の四候と呼ばれていることくらいだ。
♮ ♮ ♮
首吊惨歌を演奏し終えたあたりで、ロザリアが、慌ただしくホールへ駆け込んできた。
魔族軍の隊長である彼女は、普段から熱い性格だった。俺たちのライブを聴いて以来、その熱の向かう先が少しおかしくなっている気もするが、軍人としては優秀らしい。
そのロザリアの顔には、いつもの勢いとは違う緊張があった。
「魔王様。前線より急報です」
魔王さんの顔が変わる。
「国境付近で、人間側の攻勢が強まりました。これまでとは違います。統率が取れており、数も多い。さらに……」
ロザリアは一度、言葉を切った。
「勇者と呼ばれる者が、戦場に現れたとの報告があります」
勇者。その単語だけで、俺たちは全員黙った。
魔王城にいる俺たちにとって、どう考えても相性の悪い言葉だった。
ハヤトが小さく俺を見る。
「レイジ」
「何だ」
「勇者って言えば、魔王を倒すやつじゃないの?」
「普通はな」
「じゃあ俺たち、完全に倒される側じゃん」
その通りだった。
今の俺たちは魔王城に世話になり、魔族に囲まれ、黒き冥府の四候などと呼ばれている。ここまで来て「ただのバンドマンです」で済むとは思えなかった。
たぶん、自己紹介の前に斬られる。
魔王さんは静かに息を吸った。
「前線へ応援部隊を送ります。ですが、このままでは士気が持ちません」
ザントの視線が、ゆっくりと俺たちへ向いた。
「四候の皆様。応援部隊の出陣前に、もう一度、音の儀式をお願いできませんか」
俺たちは見た目こそひどいが、中身はただの一般人だ。剣も振れないし、魔法も使えない。できることといえば、いつも通り、曲を演奏することくらいだ。
自分たちの命を守るためにも、前線に向かう魔族たちの背中を押せるなら、やるしかない。
ハヤトが、心底疲れた顔で天井を見上げた。
「次、何やるんだよ」
俺は少し考えた。
必要なのは、沈める曲ではない。奮い立たせる曲だ。となると……
「Grotesque in the Rage」
ハヤトの顔が、分かりやすく死んだ。
「あぁ……アレか」
「戦いの前だ。あれが一番向いてる」
こうして俺たちは、勇者が現れたという前線へ向かう魔族たちのために、ハヤトが「ホルモン食えなくなった」と愚痴をこぼした新曲を演奏することになった。




