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猟奇V系バンド、魔王城へ転移したら「黒き冥府の四候」として崇められた  作者: たま8


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22/22

鳴らせ、この世界の果てで

 その報せを持ってきたのは、シンイチだった。


 こいつが自分から口を開くのは珍しい。それだけで、ただ事ではないと分かった。


「レイジ。ちょっと来い」


 連れていかれたのは、城の奥の書庫だった。天井まで届く棚に、古い書物がびっしり詰まっている。シンイチは暇さえあればここに入り浸っていた。異世界に来てまで古い本を漁っているのは、こいつくらいのものだ。


「これだ」


 シンイチが一冊の書物を差し出した。魔族の文字でびっしりと何かが書き込まれている。


「読めるのか、これ」


「少しずつな。ザントに手伝ってもらった」


 この男がこの数か月、黙って何をやっていたのか。俺は今になって知った。ただ趣味で本を読んでいたのではなかったらしい。


「召喚術の記録だ」


 シンイチがページの一点を指した。


「異界からものを呼び寄せる術。俺たちがこの世界に飛ばされたのも、たぶんこの類のものだろう」


 俺はその書物を覗き込んだ。読めない文字の羅列だったが、シンイチが指す図だけはなんとなく分かった。円の中に幾何学の紋様。俺たちが立っていたあの楽屋に走った光と、どこか似ている気がした。


「じゃあ、これを使えば」


「呼ぶ術は書いてある」


 シンイチはそこで一度、言葉を切った。


「だが、帰す術はまだ見つからない」


 書庫がしんとした。


「呼び寄せる術はあっても、送り返す術は別だ。この本には載っていない。他の書物のどこかにあるかもしれん。ないかもしれん。それは、これから探すしかない」


 俺は天井まで続く書棚を見上げた。気の遠くなる量だった。この中から、あるかどうかも分からない一冊を探す。しかも読めない文字で。


 それでも。


「手がかりは、あるってことだな」


「ああ」


 ゼロが一になった。それだけでも大きかった。この数か月、帰る方法など考えることすら諦めていた。それが、糸の先くらいは見えてきた。


「ハヤトには」


「まだ言ってない。ぬか喜びさせても悪い」


 シンイチらしい気の回し方だった。あいつには元の世界に嫁と娘がいる。誰よりも帰りたがっている。だからこそ、確かなことが分かるまでは言わないでおく。


「探すか」


「ああ」


 俺たちはそれきり黙って、書棚を眺めていた。


♮ ♮ ♮


 その夜、城の広間でちょっとした宴があった。


 戦の祝いというわけではない。戦争はまだ終わっていないからだ。ただ、しばらく人間側が攻めてこない。それだけで、魔族たちは久しぶりに肩の力を抜いていた。


 俺は隅で酒を舐めながら、その光景を眺めていた。


 魔族たちが笑っている。子どもが駆け回っている。ラギが料理を山ほど抱えて頬を膨らませている。シンジがそれと早食い勝負をして負けていた。神に、食で挑むな。


 エレンとミラも、すっかりこの輪に馴染んでいた。エレンは魔族の兵と酒を酌み交わし、ミラは子どもらに囲まれて笑っている。人間の勇者と聖女が、魔王城の宴でくつろいでいる。少し前なら考えられなかった光景だった。


「なあレイジ」


 いつの間にか、ハヤトが隣に座っていた。


「俺さ、最近思うんだけど。ここ、案外悪くないよな」


「そうだな」


「飯はうまいし、客はよく沸くしさ。まあ、顔はこんなだけど」


 ハヤトが腐った己の面を指してけらけら笑う。


 俺はシンイチと交わした約束を思い出した。帰る手がかりが少しだけ見えたこと。ハヤトには、まだ言っていない。あいつには元の世界に嫁と娘がいる。ぬか喜びさせるわけにはいかない。


 いつか、あの本の続きが見つかって、帰る術が分かったとき。俺はこいつに何と言うだろう。帰ろうと言うのか。それとも、こいつはこの城に残ると言い出すのか。今の顔では、答えは出なかった。


 その答えは、まだ先でいい。


「ま、しばらくはここでやってくしかねえよな」


 ハヤトが酒をあおる。


「どうせ帰る家も、今んとこないんだしさ」


 あいつはけらけらと笑った。俺は何も言わなかった。


♮ ♮ ♮


 宴の輪の中心で、ラギがふらりと立ち上がった。


「ねー! なんか物足りないんだけど! アレやってよ、アレ!」


 こっちを見て、手をぶんぶん振っている。アレというのは、言うまでもない。演奏だ。


「宴の締めに、四候様の音を」


 ザントまでが、恭しく頭を下げてくる。魔族たちの視線が、期待とともに集まってきた。


 やれやれ、と思う。宴の席でまで、仕事か。


 だが、悪い気はしなかった。


 俺はギターを担いで立ち上がった。ハヤトが喉を鳴らし、シンジがスティックを回す。シンイチが黙ってベースを構える。さっきまで書庫で難しい顔をしていた男の顔は、もう、いつものそれに戻っていた。


 帰り道は、まだ見えない。顔は化け物のまま。戦争も終わっていない。北の空の下では、あの大神官が、次の絵図を描いている。問題は、山ほど残っている。


 だが、今は。


 目の前に、笑っている連中がいる。俺たちの音を待っている客がいる。


 だったら、やることは一つだ。二十年前から、何も変わらない。


「いくぞ!」


 俺が弦を鳴らすと、広間が沸いた。


 異世界の魔王城に、今夜も Jesus Pain の音が響く。


 帰れない旅は、まだ続く。それでも、ライブは止まらない。

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