血断《ケツダン》ノ花束①
血断ノ花束
作詞・作曲 Reiji
編曲 Jesus Pain
=========================
「Cry! Cry! Bloody bride!」
「貴方ノ身体ヲ切断シ、重ネタ指ヲ血ニ染メテ」
「廻ル、廻ル、私ノ首ガ」
「貴方ノ腹ニ還ル夜」
=========================
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
魔族たちが悲鳴を上げた。
「身体を切断!?」
「残酷な……!」
「首が廻るとは何だ!」
「腹に還る夜とはどういう意味だ!?」
「分からぬ! 分からぬが怖い!」
角のある男が床に膝をつき、虫の複眼を持つ兵士が薄い羽を震わせ、獣人の女が隣の兵士の腕を掴む。黒いホールを埋めた魔族たちは、誰も彼も顔を引きつらせていた。俺たちのサウンドと歌詞を聴いて、今にも逃げ出しそうなほど怖がっていた……のだが。
「怖い……怖いのに! 胸が熱い!」
「身体が勝手に前へ出る! 音を……求めている!?」
♮ ♮ ♮
俺たちはJesus Pain。過激グロ系ビジュアルバンド。コンセプトは、猟奇、殺戮、破壊、絶望。
俺はギター兼リーダーのレイジ。
いわゆる異世界転移とかいうやつで、ここに来たらしい。しかも、血糊と腐肉風のグロメイクは、転移のせいで顔に固定されていた。どうやっても消えない、落ちない、変えられない。
そして今、俺たちは、音楽を知らない魔族たちの前で代表曲を演奏している。
こうなった経緯について、順を追って話そう。
♮ ♮ ♮
ライブ後の楽屋は、昔より静かになった。
若い頃は、ステージを降りてもまだ熱が残っていて、誰かが大声で「お疲れ」と叫び、誰かが勢いのまま水を飲み、誰かが今日の客の反応を早口で喋っていた。うまくいった夜ほど、楽屋までライブの続きみたいになっていた。
今は違う。
誰も騒がない。俺はギターをケースに戻し、シンイチは黙ってベースの弦を拭いている。シンジはドラムスティックをその辺に転がしたまま、弁当の唐揚げを頬張っていた。ボーカルのハヤトはソファに沈み、スマホの時計を見て、明日の朝までに何時間眠れるかを計算しているような顔をしている。
黒い衣装も、血糊も、白塗りも、腐肉風の特殊メイクもそのままだ。
若い頃なら、ライブが終わればすぐに洗面台へ向かっていた。肌が荒れるだの、毛穴に残るだの、翌日の顔が終わるだの、そういうことをまだ真剣に気にしていた。
だが、今はもう全員四十歳を超えている。
メイクを落としたところで、その下から出てくるのは、四十代のくたびれた肌だけだ。二十年近く同じことを続けているうちに、メイクを落とすことの優先順位は、少しずつ下がっていった。
「もうさ……」
ソファに沈んだハヤトが、血涙メイクの顔で天井を見たまま言った。
「殺すとか、切り裂くとか、そういうの歌いたくないんだけど」
ライブ後に喉を冷やしながら、ハヤトはこういう愚痴をこぼすことが多くなった。昔はもっと尖っていた。血糊を吐き、客席を睨み、愛も救いも全部ぐちゃぐちゃにしてやる、という顔で歌っていた。実際、声も顔もそれに合っていた。
だが四十を越えて、嫁さんがいて、子どもがいて、帰りに牛乳を買っていくような生活をしていると、歌詞と日常が変なところでぶつかるらしい。
「また始まった」
ドラムのシンジが、弁当の唐揚げを口の中に入れたまま言った。体は昔から大きかったが、最近はライブ衣装の上からでも、健康診断の結果がうっすら主張してくる。
「聞いてくれよ。こないだの新曲の歌詞、何だっけ。『お前の腸で首を飾った~』、だぞ」
ハヤトが俺を見た。
「レイジ、あれ書いたのお前だよな」
「お前が書きたがらないから、最近は作詞も俺だからな」
「じゃあ責任持って聞けよ。はらわたで首を飾るって、どういう状況だよ。どんな生活してたら出てくるんだよ」
「俺の生活は関係ない。もちろんそんな生活もしていない。バンドのコンセプトに沿った曲なんだから仕方ないだろ。ちなみにあの曲のストーリーは愛する女の腹を切り裂いてだな……」
「だからそういうのが辛いんだよ! このあいだ焼肉食いに行ってさ、嫁さんが焼けたホルモンを皿に置いてくれてさ、娘が笑顔で『お父さんどうぞ』って言うわけ。なんか嫁と娘のはらわた食う、みたいな変な想像しちゃって涙出そうになったよ……ホルモン食えなかったよ……」
変な沈黙が落ちた。俺は正直、その場を想像して少し笑いそうになったが、ハヤトの顔が思ったより真剣だったので、喉の奥で押し殺した。
「それにさ、娘の小学校の作文とか、そういう時に、『お父さんはバンドをやってるひとで、こいびとをころしたり、おなかをきりさく歌をうたってます』とかなってみろよ、地獄だろ」
ハヤトは額に手を当てた。血涙メイクのせいで、人生の最後に何かを悔いている男みたいな顔になっているが、言っていることはホルモンが食えなかった話と、娘の作文の話である。
「ハヤト」
俺はギターケースの留め具を閉めながら言った。
「俺たちは本当に誰かを切り裂きたいわけじゃない。嫁さんも娘さんもホルモンも関係ない。これは仕事で、表現で、客が求めてるパフォーマンスだ」
「俺らと同期のやつらはもう、そういうのやってないじゃん。もう少しこう、普通の格好してさ。正統派というか、普通のやつやろうよ」
「今までついてきてくれたファンはどうなる? 急な路線変更でファンが離れてったバンドもたくさん見てきただろ」
横を見るとシンジが弁当を食べながら、スナック菓子にも手を伸ばそうとしていた。
「メタボ、ダメだ!」
「一個だけだよ」
「俺たちは見た目も大事なんだよ。歳のせいで、ただでさえ脂肪がつきやすくなってるんだから、菓子はやめろ」
「厳しいな、リーダーは」
シンイチがそこで初めて顔を上げ、短く言った。
「シンジ、ダメだよ」
「ほら、兄ちゃんを少しは見習えよ」
俺がそう返した瞬間、周囲から光が消えた。
ブレーカーが落ちたとか、そんな感じではなかった。暗闇の中に吸い上げられていくような、唐揚げの匂いも、汗も、湿布も、狭い楽屋に溜まった熱も、まとめてそこに置いたまま遠ざかっていくような、そんな感覚だった。足裏の感触が消え、胃が少し浮いて、それから急に身体が重くなった。
次に足が触れたのは、楽屋の床ではなく、黒く磨かれた床の上だった。
高い天井、壁に刻まれた見慣れない紋章、一定の間隔で揺れる燭台の火。正面には段差があり、形だけ見ればステージに近いが、吊り照明もスピーカーも袖もない。音を出すための場所というより、誰かを集めて演説か何かをするためのような、そんな場所に見えた。
そして次の瞬間、俺は戦慄した。俺たちの目の前には、化け物たちが陣取っていたからだ。
角。牙。鱗。獣の耳。虫の複眼。蝙蝠の翼。人の形に近い者もいるが、体のつくりや、目の形で、それが人間ではないことは明らかだった。
俺は反射的に半歩下がり、叫びそうになった喉をどうにか止めた。相手が何なのか分からない。ここがどこなのかも分からない。そして、目の前の連中に襲われたら、俺たちはたぶん普通に死ぬ。
「ひぃぃぃぃ!」
止める前に、ハヤトが叫んでしまった。まずい。
こんな化け物たちを目の前にして、恐怖に慄いていると丸分かりの悲鳴を上げた。怯えた獲物だと思われれば、一気に付け込まれてもおかしくない。
俺はそれ以上叫ばせないように、ハヤトの肩を掴んだ。
その直後、向こう側からも悲鳴が上がった。
「うわぁあああああ!」
「こ、怖い!」
「顔が腐っている!」
「頭にでかい釘がささったまま動いているぞ!」
「おぞましい……いや、恐ろしい。これが冥府の四候!」
化け物たちは、こちらへ襲いかかってくるどころか、何人かは後ずさり、翼のある者は羽を畳んで、獣の耳を持つ者は耳を伏せてうずくまっている。
呆気にとられている俺の後ろから、シンジが言った。
「あのさ……これって異世界転移ってやつじゃない?」
お読みいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




