第7話
「待たせたわね。イグナ」
身体を流し、食堂でしばらく待っていると、ラヴィリエは食堂に現れた。ワンピースに着替えた彼女は少し申し訳なさそうに眉を下げ、席につく。
「お腹空いたわよね、すぐに食事を持たせるわ」
「いや、そこまで待っていないよ。むしろ、ゆっくりさせていただいた」
「良かったわ。小さな屋敷で悪いけど、今日は寛いで」
「ありがとう。あと、充分立派な屋敷だと思うぞ」
イグナはそう言いながら食堂を軽く見渡す。
屋敷は落ち着いた木製の内装で、装飾も最低限。だが、隅々まできっちり磨き上げられ、清潔感のある雰囲気だ。
「それに皆さんも丁寧にもてなしてくれてありがたかった」
扉の傍に立つ使用人の視線を送り、軽く会釈する。ラヴィリエは少し目を丸くすると、嬉しそうに表情を緩めて頷いた。
「そう言ってもらえるのは嬉しいわ。でもそれだけじゃなくて、料理も美味しいわよ――イグナはお肉とワイン、好き?」
「両方とも大好物だ」
「ふふ、なら楽しんで。私の都市は魚よりも肉の方が名産でね」
その言葉と共に使用人が部屋に入ってくる。香ばしい匂いと共に、肉料理が机の上に並べられていく。新鮮な色合いのサラダやパン、スープも添えられる。飲み物は赤ワインだ。
見ているだけでも唾が込み上げてくる。ラヴィリエはナイフとフォークに手を伸ばしながら言う。
「礼法は気にしなくてもいいわ。好きに食べてどうぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
テーブルマナーは分からないので、ありがたい。イグナは安心しながらナイフとフォークに手を伸ばした。肉を切って口に運ぶと、熱い肉汁が口の中にあふれる。
「……美味い」
「でしょう? ファムルスの牛は美味しいのよね……んん……っ」
そう言いながらラヴィリエは上品に肉を頬張り、目を細めている。イグナはワインにも手を伸ばす。口に運ぶと、肉と合う赤ワインの芳醇な香りが口に広がる。
続いて野菜やパンも口に運ぶ。野菜は瑞々しく、パンも白く柔らかい。
どれも美味しく肉との相性が抜群――食事を進める手が止まらない。
気が付けば、目の前の肉料理と赤ワインがなくなっていた。使用人が進み出て代わりのワインを注いでくれる。軽く会釈してからワインを口に運び、思わず吐息をつく。
「……贅沢だな……」
「ふふ、味わっていただけて何よりだわ。その分、明日からきちんと働いてもらうけど」
悪戯っぽくそう告げた彼女もほとんどの食事を食べ終えていた。結構酒も行けるのか、使用人を呼んで赤ワインをお代わりしている。
「お嬢様、程々にしていただけると……もう四杯目ですよ」
「いいじゃない。今日くらいは」
「……仕方ありませんね」
苦笑する使用人から赤ワインを注いでもらうと、ラヴィリエはそれを口に運びながら片目を閉じた。
「優秀な魔技士を雇えた記念にね」
「ありがたいお言葉だ。その期待に応えられるように努力しないとな」
「期待しているわ。仕事についてだけど、魔力炉心の整備の管理を任せるつもりよ。丁度、人を補充しようと思っていたから、とても助かるわ。明日、地下に設置された魔導区画に案内する。現在の担当者にも会わせるわ。そこで詳しく職務内容を聞いてもらえればと思う。もちろん、不服な内容があればそこで行って頂戴」
「ありがたい。何から何まで手厚いな」
「当たり前よ。より良く一緒に働くためよ。お金とか待遇とか、つまらないことはできるだけ解決しておくべきね」
(……つまらないこと、か)
内心で苦笑をこぼしてしまう。恐らく前職をクビになった原因は、人件費なのだが。
(それをつまらないことと一蹴してしまうとはな)
これまでも感じていたが、ラヴィリエは結構な器の大きさをしているらしい。彼女はワインを置きながら小さく笑う。
「もちろんそれで満足できなければ、いつでもこの都市を去って行っても構わないわ。引き留めるかもしれないけど、止めはしないわ」
「正直、現時点では辞める理由はないけどな」
イグナも飲んでいたワインのグラスを置き、彼女に笑い返す。
「上司が気さくで優秀で、綺麗な人なんだ。むしろクビにならないように努力しないと」
「……き、綺麗?」
少し戸惑ったようにラヴィリエが表情を揺らす。
(……っといけない、口が滑ったか)
酒の勢いで変なことを言ってしまった。
だが、ラヴィリエは実際に綺麗だ。まだ幼さを残しつつも、すっきりと整った顔立ち。透き通った蒼い瞳。燦然と輝く長い金髪は艶やか。
今まで出会った女性の中で、一番美しい女性に思える。
彼女はこほんと咳払いすると、淡い笑みを浮かべて首を振る。
「世辞は無用よ。イグナ。こんな田舎臭くて芋臭い女に誉め言葉なんて――」
「もっと褒めて差し上げて下さい、イグナさん」
主人の声を遮って発言したのはロゼリカだった。淡々とした声で彼女は続ける。
「田舎臭い、芋臭いはお嬢様の口癖なので」
「だってそうでしょう? 他のお嬢様方は美しく上品で、可憐だわ。私は辺境伯の令嬢で、好物は芋――お似合いの形容詞だわ」
「――というように、社交界での他の方々の悪口を真に受けていられます。私たちがいくらお嬢様が美しいと称賛しても真に受けて下さらない」
ロゼリカの言葉に他の使用人が、うんうん、と深く二つ頷いた。イグナはラヴィリエに視線を向けると、彼女は少しだけ居心地悪そうに視線を逸らす。
(あまり女性を褒めるのは、得意じゃないんだが)
イグナは小さく笑いながら肩を竦める。
「残念ながら、俺は魔技士だ。貴族でもなければ詩人でもない。美しい人を見たとしても、良い誉め言葉も見つからない。魔術式の美しさならいくらでも表現できるが」
「そ、そう。なら大丈夫よ、無理して褒めてくれなくても」
ラヴィリエがほっとしたように言いながら微笑む。その微笑みはやはり可憐に見え、イグナは思わず目を細めて続ける。
「だが、見たことにしては正直に言う――ラヴィリエは今まで出会ったどんな女性よりも美しいと思う。誇張抜きで」
「…………っ」
ラヴィリエは不意打ちを喰らったように目を大きく見開いた。その頬が徐々に朱に染まっていくのは、酒のせいではないはず。
だが、にこにこと微笑む使用人たちに気づくと、ラヴィリエは咳払いをした。
「……ありがとう。その、誉め言葉は受け取るわ」
「どういたしまして。あと、すまない。酒で口が滑った。嘘ではないが、ほとんど初対面の相手に話すようなことではなかった」
「いいえ、その調子で思うところがあれば言ってくれて構わないわ」
「ラヴィリエに対する賛辞も?」
「……それは程々にお願いするわ」
彼女は苦笑を浮かべると、軽く手を叩いた。
「さて、そろそろお開きにしましょう。明日は早いわ。時間になったらロゼリカに声を掛けさせるわ。朝食を摂ってから仕事にしましょう」
「ああ、分かった」
食事はとっくに終えている。席を立つと、ロゼリカが傍に立って囁いた。
「ありがとうございます。素敵な褒め殺しでした」
その言葉と共にロゼリカは片目を閉じる。茶目っ気たっぷりな仕草に苦笑する。
(意外とロゼリカさんは、悪戯好きなのかもな)
あまり表情を動かさず淡々とした物言いが多いが、主人想いの人なのかもしれない。
ここは楽しそうな職場になりそうだ。
そう実感しながら、イグナはロゼリカに案内されて食堂を後にした。




