第6話
ファムルスは国の中でも北方に位置する辺境の都市だ。
文字通り、ファムルス辺境伯が統治しており、北に位置する鉱山からは魔石が豊富に産出され、それらは高品質なことで魔技士たちからは有名な都市だ。魔導製品の製造を支えている都市の一つといっても過言ではない。
だが、それ以外の特産物はあまりなく、辺境に位置しているため、魔導製品の製造関係者以外からは知名度が低く、あまり認知がされていない。
その上、北には魔境に通じる山脈がそびえ立ち、冬を迎えればそこから冷たい吹雪が吹き下ろす豪雪地帯であり、冬場は雪で閉ざされて行き来ができない。
それ故に口さがない人はファムルスを『魔石の持ち腐れ』『開かない冷凍庫』などと呼んでいる。
(そんな風に聞いていたけど……正直、悪くなさそうだな)
荷物を持って魔導車から降り立つと、ひんやりとした風がイグナの頬を撫でた。
辺りを見渡すと視界に入るのは土壁や石壁、レンガなどを使った建物。全て三角屋根になっており、統一感があるのが特徴的だ。
季節はまだ夏頃だが風は涼しいため、道行く人は上着を着ている人も多い。
「どう? ミスティアとは雰囲気が違っているでしょう?」
ロゼリカに手を支えてもらい、ラヴィリエも魔導車から下りる。帽子を脱いだ彼女は風に金髪を揺らしながら、蒼い瞳を細める。
隣に並んだラヴィリエに頷き、イグナは街並みを見つめる。
「ああ、涼しくて居心地が良さそうだ」
「そんなことを言っていられるのは今のうちよ? 秋が深まるとすぐ雪が降り出して大変なことになるの。雪かきは貴方に手伝ってもらうかもね」
「それは覚悟しないとな……」
苦笑をこぼしながら荷物を担ぐ。ラヴィリエはくすくすと楽しそうに笑うと、先導して歩き始める。
「まずは私の屋敷に案内するわ。今日はそこで過ごして頂戴」
「了解した。ちなみに仕事開始は?」
「明日、職場に案内するわ。屋敷の近くに魔導区画の施設があるの。都市のいろんな場所に関しては、また追って案内するわね」
ラヴィリエはそう言いながら真っ直ぐに道を歩いていく。通りかかる人たちはラヴィリエに気づくと、深々と頭を下げる。
その人々に彼女はひらひら手を振りながら道を歩いていく。
(……随分、顔が広いんだな)
辺境伯代理らしいが、ほとんどの人が彼女を見ると頭を下げている。それだけラヴィリエは人々に親しまれているらしい。
「お嬢様は都市の住民にも気さくな方なのです」
隣に並んだロゼリカの声に視線を向ける。彼女は切れ長の瞳をラヴィリエの背に向けて言葉を続けた。
「代理になる前はよく街に足を運んでは住民の方々とよく話していました。それは代理になっても変わりません。時間を見つけてはよく街に出ています」
「へぇ……ロゼリカさんはその護衛に?」
「ええ、いつもお傍に控えております」
ロゼリカは表情を動かさないものの、どこか誇らしげな口調で告げる。
(いろんな人に慕われているんだな)
気さくな人だとは感じていたが、こうして周りの様子を見るとそれを実感させられる。思わず感心しながら歩いていると、向かう先に立派な建物が見えてきた。
周りの建物に比べると一際大きく、塀でしっかりと囲まれている。
その前で立ち止まると、門衛の騎士たちが拝礼した。それに手を挙げて応えてから、ラヴィリエは振り返って微笑んだ。
「ここが私たちの屋敷よ」
「……さすがに大きいな」
「他の都市に比べれば、まだ小さい方だけどね」
そう告げるラヴィリエの前で騎士たちが門を開く。軽く礼を告げながら彼女は門を潜る。堂々とした様子の彼女に目を奪われていると、ロゼリカが軽く肩に触れた。
「さ、イグナさんも」
「え、ええ」
促されて門を潜ると、目に入ってきたのは見慣れない庭園だった。
屋敷に通じる石畳以外は砂利が敷かれており、その砂利には流線形の模様が刻まれている。それを彩るように様々な大きさの岩が配置。
殺風景な景色にも捉えられるが、不思議な調和がある。
「驚くわよね。一応、これも庭園の一種なの。父――辺境伯は古代文明が好きで、そこに残された、枯山水、という庭園を再現したのよ」
「カレサンスイ?」
「ええ、枯れた山や水、という意味。岩や石、砂で山や水の風景を表現するの」
確かにそう言われて眺めて見ると、波打った水の中に岩山が浮いているようにも見える。ラヴィリエが足を留めてくれたので、しばらくその景色を眺める。
「……よく観察すれば、岩や石の形にも趣があるな」
「あら、分かる?」
「素人目だけど。庭師がいろいろ工夫したのだろうな」
「ふふ、その言葉は何よりの誉め言葉よ。お父様と気が合うかもね」
ラヴィリエは少し笑ってから、行きましょう、と声をかけて再び歩き出す。イグナは荷物を担ぎ直し、石畳の上を歩いて屋敷に向かう。
屋敷の前では執事やメイドが待っていた。
「おかえりなさいませ、ラヴィリエ様」
「ええ、ただいま。客人を一人連れ帰ったわ。今後、雇用する予定の魔技士のイグナよ。今日は屋敷でおもてなしをする予定。部屋の用意をお願いしてもいいかしら」
「かしこまりました」
ラヴィリエは外套を脱いでメイドに手渡すと、イグナとロゼリカを振り返る。
「私は一旦、お父様にご報告に向かうわ。使用人に案内させるから、イグナは一足先に旅塵を落としていて。ロゼはイグナについてあげて」
「かしこまりました」
「……ありがとうございます」
他の人目があるため、敬語で礼を言うが、ラヴィリエは笑って首を振る。
「使用人たちは気にしないで。ここに限らず、この都市では私に敬語を使わなくて結構よ。まぁ、他の都市の人間がいるときは私のことを立てて欲しいけどね」
その言葉に使用人たちは苦笑をこぼして頷いた。どうやら、ラヴィリエの気さくなところは屋敷の中でも発揮されているらしい。
了解、と一つ頷くと、ラヴィリエは使用人の一人を連れて屋敷の奥へ歩いていった。
「イグナさん、では私たちも行きましょう。荷物を置いたらお風呂に案内します」
「風呂ですか。ありがたいです」
ロゼリカの言葉にイグナは一息ついた。
長旅だったので、さすがに身体を流したかったのだ。
(まずは気を落ち着けてからだな)
イグナはそう思いながら、ロゼリカの案内に従って屋敷を歩き始めた。




