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クビになった魔技士のおっさん、転職先で有能さを発揮する  作者: アレセイア
第四章

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第25話

 それは硝子の砕ける音に似ていた。

 魔力の残滓が千々に舞い散り、いっそ幻想的に見える光景。その中心で結界を突破した魔獣の姿が間近に見えた。


(――ッ)


 心のどこかで予感はしていた。

 結界は生活魔力を流用しており、いくらラプラス型とはいえ、軍用炉心に比べると瞬発的な出力は劣るのだ。現にガストンも言っていた。


『中型や小型魔獣の攻撃は充分防げるはずだ』


 それはつまり、大型魔獣の全力の体当たりは、防ぎきれない。

 それを理解するイグナの前で魔獣は体勢を崩しながらも、こちらを睨みつけ。

 魔獣が、こちらに向かって近づいてくる。

 首をこちらに向け、口を大きく開き。

 乱杭歯が、間近まで迫ってきて。


「イグナさん!」


 横から響いた声と共に、身体が後ろに突き飛ばされた。前に女性の姿が見えた。黒髪を揺らしながら彼女はイグナの前で、魔獣に立ちはだかり――。


 直後、凄まじい轟音と衝撃で身体が後ろに吹き飛ばされた。


 生臭い風が、身を揺らした。


「――ぐ……」


 喉から妙な声が漏れた。口の中が鉄臭く、喉に何か詰まっている。

 咳き込むと、喉の奥の熱い何かも共に噴き出た。手で押さえると、真っ赤な液体が掌に広がっていた――血だ。それを見た瞬間、思考が再び動き出す。


(……どうなった? どれくらい、気を失って――)


 その思考は、前で響き渡る振動と遮られた。生温かく風に土埃が舞い上がる。その中で 顔を上げ――思わず絶句する。

 薄暗い視界に飛び込んできたのは、魔獣の巨大な口腔だった。視線を少し上げれば、不気味な乱杭歯が釣り下がっている。足元には下顎の牙が地面から生えているようにそびえている。

 生臭い風は、この魔獣の吐息だ。

 そして――イグナと魔獣の間、魔獣の口の前に一人の女性が膝をついていた。


「……ご無事、ですか。イグナ、さん……」

「ロゼリカさん……」


 振り返った彼女の手には一本の槍があった。その穂先が魔獣の上顎に突き立ち、石突きは割れた床に突き立てられている。

 どうやらロゼリカは魔獣の突進を受けながら、槍を突き放っていたらしい。

 それが上手く上顎に突き刺さったことで、つっかえ棒のような役割を果たしたようだ。それがなければ恐らく、イグナとロゼリカも竜の口の中で潰れていただろう。

 だが、そのロゼリカも満身創痍であり、額から血を流している。


「……すみ、ません……踏ん張るのが、精一杯、でした」

「いえ……それだけでもすごいですよ……」

「ただ、これもここまでです――この魔獣が意識を失っているようですが、それが回復すれば……我々はおしまいです。ですから……」


 そう告げるロゼリカの瞳に揺るぎない眼差しをしていた。視線を魔獣に向けながらはっきりとした口調で続ける。


「イグナさんは、逃げて下さい」

「ロゼリカさんは……」

「私は時間稼ぎです。この体勢ならあわよくば、魔獣を倒せるかもしれません」

「……そんな……」


 ロゼリカが力持ちだからといっても、それは無理なのが分かる。

 槍は辛うじてつっかえ棒の役割を果たしており、今にも折れそうになっている。そんな槍で魔獣の上顎が貫けるとは思えない。

 そうなれば――確実に彼女は、死んでしまう。

 それを思ったとき、脳裏にラヴィリエの無邪気な笑顔が蘇った。

 ロゼリカに親しげに話す彼女はいつも楽しげだ。数日前、彼女が楽しそうに話していた言葉を思い出す。


『ロゼリカはね、私にとって姉みたいなものなの。幼い頃から面倒を見てくれて、一緒に遊んでくれて――だから、お父様や兄様と同じくらい、大事な人』


 そんな人を失ったらどんな顔をするのか――想像もしたくない。


(だけど、どうやって二人で生き延びれば……)


 二人で逃げる。その考えが頭に過ぎり、思わず首を振った。


(ダメだ、それは一番の愚策だ)


 仮に二人でこの場を逃げられたとしても、魔獣は生きたまま放置されることになる。その状況で暴れられれば、この結界塔は確実に崩壊する。

 それが意味することは、この第一結界の崩壊。

 よしんば二人で逃げ切れたとしても、都市は犠牲になってしまう。

 それはイグナもロゼリカも望むところではない。

 つまるところ、結論は一つ――魔獣を確実にここで仕留めねばならない。

 魔獣が気絶し、無防備な喉を晒している今、ここで。


(けど、どうやって――)


 イグナは戦士でも、魔術師でもない――魔技士だ。

 ここには武器はなく、あるのは自分の工具だけ。

 魔獣に対する知識もない。あるのは魔導技術に精通した知識だ。

 魔石を弄ることなら誰にも負けない。だが、戦いに関しては一切――。


(――待て……魔石……)


 視線を動かし、炉心の残骸を見やる。思考に今までの経験が蘇る。

 行けるだろうか。

 否。


(やるしか、ない……)


 イグナは奥歯を噛みしめると、軋む身体に鞭打って立ち上がり、ロゼリカに背を向ける。彼女の安堵する気配が伝わるが、それを無視して炉心の残骸に近づく。

 そして、その中心に転がっていたそれを拾い上げた。

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