第24話
(……稼働、している)
肩で息をしながら確認する。目視では異常が見当たらない。
ガストンの方を振り返ると、丁度彼はサミュエルに肩を貸しながらこちらに向かっていた。
青白い顔をしているが、彼は笑顔で拳を持ち上げて親指を突き出す。
「……ギリギリのタイミングで、魔力が流れ込んだ……結界は無事だ」
その言葉に肩の力が抜け、倒れ込みそうになる。それをロゼリカが慌てて肩を貸してくれた。ガストンが呆れたようにため息をつく。
「なんだ、若い連中は体力がねえな」
「さすがに、今回はきつかったので」
ここまで緊急の対応を行うのは初めてだった。汗を拭いながら笑うと、ガストンも違いねえ、と軽く笑い声をこぼした。
「ひとまず、魔力の供給は安定した。お前の機転のおかげで山場は越えた」
「結界の出力はどうだ?」
「さすがにちと弱いな。とはいえ、中型や小型魔獣の攻撃は充分防げるはずだ」
「……大型魔獣は来るかな」
「さぁな。それは神のみぞ知る、ってところだ」
ガストンは肩を竦めながら、ちら、と結界塔の窓を見て続ける。
「とはいえ、大型が出たらそれに対応するのは騎士たちの仕事だろう。俺たちは引き続き、結界の維持が仕事だ――ほら、サミュエル、そろそろしゃきっとしやがれ」
「勘弁してください、もう一生分の魔力をつぎ込みましたって……」
「ったく、だらしねぇな……そろそろ、故障した魔力炉心を見に行きてえんだが」
ちらり、と視線を上に向ける。そこには魔力炉心が据え置かれているはずだ。
「ちなみに、壊れた原因は何だったんだ?」
「大型の魔獣が連続でぶつかってきたせいだ。それを跳ね返すために魔力を一気に使い、それを賄おうと炉心が急稼働した結果、熱暴走した。急なことで制御が間に合わなくてな」
「じゃあ、魔石本体は無事なのか」
「ああ、だから修復できれば稼働できるはずなんだ」
「なら、俺が行こうか。ガストンさん」
「あー……そうだな」
ちら、と視線を魔術式へ向け、ガストンはため息をついた。
「この結界術式の様子を見てねえといかないからな。悪いが、任せていいか?」
「引き受けた」
答えながら身体に気合を入れ直す。まだ仕事は終わりじゃない。
「ロゼリカさん、もう大丈夫です」
ロゼリカから身を離し、イグナはしっかりと立つと工具のバッグに手を伸ばす。だが、その前にロゼリカがそれを持ち上げていた。
「イグナさん、お持ちします」
「はは……また持ってもらうことになるとは」
初めて出会ったときも、彼女に荷物を持ってもらった。それを思い出しながら笑うと、彼女も目を細めて頷いた。
「ご用命であればいつでも荷物持ちをしますよ、イグナさん」
「それはありがたいです。じゃあ、また後で、ガストンさん」
「ああ、サミュエルが落ち着いたら、俺もそっちに合流するからよ」
ガストンはその場に腰を下ろすと、ひらひらと手を振る。彼も限界まで結界に魔力をつぎ込んだのか、顔色は真っ青だった。
(あとで通信して、応援を送ってもらうかな)
イグナはそう考えながら結界術式の部屋を出て、階段を登る。一つ上の階に入れば、まだ微かに煙が立ち込めていた。照明も吹き飛んだのか、部屋全体が薄暗い。
「イグナさん、窓の雨戸を開けますね」
「ええ、お願いします」
イグナはロゼリカに頷きながら、腰のポーチから魔光石のライトを取り出す。魔力を流して光を灯し、部屋の中心にある魔力炉心を見やった。
(……こりゃ大分、派手だな……)
思わず顔を顰める。魔石の周囲を覆う炉心壁は半分以上が爆発で吹き飛んでいた。魔術式もほとんど原型を残していない。
逆にこれだけの爆発でよくガストンたちは無事だったと思う。
ロゼリカが窓を開けたのか、光が差し込み、風が流れ込んでくる。
外で魔獣の唸り声と騎士の声が響き渡るのを聞きながら、イグナは小さくため息をこぼした。
「……代わりの炉心壁が必要だな、これは……」
「本部に戻る必要がありますか?」
「いえ、確かこの施設の備品庫に予備の炉心壁があるはずです。それを持ってきて補修すれば問題ないはずです。いずれにせよ、これは一人では無理かな……」
イグナはライトを持って魔石周りを覗き込む。トラブルの中でもガストンたちはきちんと処理をこなしたのか、魔力は完全に断絶されている。
魔力が遮断されていれば、ひとまずの暴走の心配はない。
ほっと一安心しつつ、ロゼリカを振り返る。彼女は槍を手にしながら窓の外をじっと見つめている。その横顔にイグナは声をかけた。
「とりあえず現状は大丈夫なので、応援を呼び――」
瞬間、鼓膜を劈くような大音声が空を震わせた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「――――ッ!」
思わず耳を塞ぎ、その場に膝をついた。あまりの音の大きさに音が一気に遠くなり、頭が直接揺さぶられたように吐き気がする。深呼吸しながら顔を上げると、ロゼリカもその場で片膝をつき、苦しそうに吐息をついていた。
だが、すぐに壁に手をつくと立ち上がり、激しい眼光で窓の外を睨んだ。
「……っ、まさか、あんな魔獣が……っ」
イグナもよろよろと立ち上がりながら、その窓の傍に寄る。その窓から見えたのは大空を飛ぶ巨大な赤黒い影だった。翼を広げて跳びながら、金色の瞳で辺りを睥睨。
(まさか、あれは――)
酒場で吟遊詩人が語っていた。この世には暴力を具現化したような魔獣がいる。空を舞い、火を噴き、街を破壊する災厄の化身。
ドラゴン。
その名を思い浮かべた瞬間、魔獣の目がぎょろりとこちらに向いた。鋭く中空で旋回しながら、魔獣は口が大きく開いた。
瞬間、息を呑んだロゼリカが腕を引っ張って叫ぶ。
「耳を塞いで!」
「――ッ」
咄嗟に床に伏せながら耳を塞ぐ。直後、再び耳を劈く轟音が響き渡った。
「オオオオオオオオオオオオオオオオ!」
耳を塞いでもがつんと頭に来る衝撃波。小刻みに建物が揺れ、上から砂が降ってくる。それが鳴り止むまで必死に耐えると、イグナとロゼリカは再び立ち上がった。
ドラゴンらしき魔獣は宙を舞うと、こちらを睨んでいる。
遠くからでも迸る殺気にイグナは思わず表情を引きつらせた。
「なんだか、こちらを見ていませんか……」
「ええ、嫌な予感がします。ここから離れて――ッ」
その言葉の途中だった。空を旋回した魔獣の首が再びこちらに向いた。その姿がだんだん大きくなってくる。騎士たちの叫び声が響き渡る中、魔獣の身体が真っ直ぐこちらに向かう。
その前に浮かび上がっているのは青白い結界。
数多の魔獣の攻撃を防いできた、ファムルスの防壁。
そこにドラゴンが真っ直ぐ突っ込もうとしている。
(頼む、頼む、頼む――)
お願いだから、防いでくれ。
あれが突破されれば、こんな塔はひとたまりもない。
イグナは冷汗を滲ませながらひたすら祈ることしかできない。
その視界の中で魔獣の身体がついに結界にぶつかった。顔がぶつかると同時に轟音が響き渡る。だが、結界は破れていない。
(よし――)
一瞬、安堵した瞬間だった。
結界が砕け散る音が響き渡った。




