第22話
通信装置が甲高い音を立てたのは、戦いが始まってしばらく経った頃だった。
緊急の合図に会議室に集まった面々が動きを止める。直後、通信装置からノイズ交じりに焦った声が響き渡った。
『一番結界、炉心が破損! 出力低下中!』
「…………ッ!」
ラヴィリエの表情に動揺が走る。だがすぐに深呼吸すると、装置に手を触れて告げる。
「こちら本部。了解。詳細を報告しなさい」
『炉心の一部が爆発、炎上した。まだ魔力は供給できてはいるが、出力が低下中だ! 現状、消化と共に結界の維持を継続中……!』
ラヴィリエの視線がイグナに向く。彼はすでに図面を開きながら腰を上げていた。装置に近づくと、ラヴィリエは一つ頷いて場所を譲る。
イグナは装置に触れると、努めて落ち着いた口調で訊ねる。
「こちら本部。魔石の損傷の有無は」
『目視では確認できず!』
「了解。炉心の魔術式の補修は可能か」
『消火に手間取りそうだ……すぐにはできない!』
「では、結界術式に損傷は?」
『今確認中――確認完了、損傷なし!』
「了解した。暫し待て」
イグナは装置から手を離すと、一番結界の図面を睨む。
(結界術式に損傷はない。だが、動力を発生させる炉心が損傷した)
このままいけば出力が低下し、結界が維持できなくなる。そうなれば、北方から崩れて最悪の場合、都市内へ魔獣の侵入を許しかねない。
その前に結界術式に魔力を補充しなければならない。イグナはラヴィリエを振り返って告げる。
「ひとまず蓄魔石で急場を凌ぐしかない」
「了解したわ。アーサー、蓄魔石の輸送を第一結界に」
「了解!」
一人の騎士が素早く会議室から出ていく。ラヴィリエはそれを見送ってから、不安そうな眼差しでイグナを見つめる。
「イグナ、蓄魔石で結界を維持できるの?」
「無理だろうな。精々、時間稼ぎにしかならない」
イグナがあっさりと否定すると、ラヴィリエは息を詰まらせる。だが、彼女に目をくれることなく、イグナはファイルから図面を探しながら言葉を続ける。
「だから、別の場所から魔力を引っ張ってくるしかない」
「別の場所……? そんな宛てがあるの?」
「ああ。この都市には一番パワフルな魔力炉心があるだろう?」
そう言いながら図面を探す手を止めて目を細める。
「これだ――」
ラヴィリエが横からその図面を覗き込み、息を呑んだ。
「これ、生活魔力用の配線図じゃない……まさか……!」
「ああ――」
イグナは視線を図面に走らせてから、ラヴィリエを見上げてはっきりと告げる。
「都市の生活魔力を、結界術式に直結させる」
都市中心にあるラプラス型魔力炉心。そこで生成された魔力は魔導区画を介し、地下に張り巡らせた魔力配線を通じ、都市中に届けられる。
そこから住民たちは必要に応じて魔力を使い、魔導製品を動かす。
あるいは魔石灯の点灯や上水道、下水道の循環システムに魔力が使用されている。
それを結界術式に繋げば、理論的には魔力を結界に供給することができる。
(結界術式が生きてくれて助かった)
ある意味では、想定内といえる。イグナは確認を終えて図面をしまうと、一人の騎士が心配そうな声を上げた。
「だ、だがイグナさん、生活魔力だけで結界術式を維持できるのか……?」
騎士からの声にイグナは顔を上げてはっきりと断言する。
「必ずできる」
普通の都市型の魔力炉心なら自信はない。都市型の炉心は生成する魔力こそ膨大なれど、瞬間的に魔力を生成する馬力はないからだ。
だが、ラプラス型ならば話は別だ。イグナが手を加えた、強化したラプラス型なら。
イグナの言葉に騎士たちは押し黙る。ラヴィリエはイグナの目を見て訊ねる。
「問答している時間が惜しいわ。できるのね? イグナ」
「ああ、俺が前線まで行く必要があるが」
「……っ、分かったわ、許可する。護衛はつけるわ」
「助かる。荷物を取って、すぐに急行する」
イグナはそう告げると、通信装置に手を置いて声を発する。
「こちら本部。イグナが第一結界に急行する。魔導区画管理班、工具一式を準備してくれ。すぐにそちらに取りに向かう」
『こちら魔導区画管理班、了解!』
よし、と頷いて会議室を出ようとし――ふと、その手が握られた。
振り返ると、ラヴィリエがイグナの手を掴んでいた。
自分でもそうしていたことに驚いたように彼女は目を見開き、慌ててその手を離し、少しばつが悪そうに視線を逸らした。
「ご、ごめんなさい。引き留めるつもりはなかったのだけど」
「……ラヴィリエ」
視線を伏せさせた彼女の肩は小さく震え、その瞳は不安げに揺れている。イグナは少し迷ったが、引き返すとその小さな手を両手で握った。
彼女の震えが止まる。顔を上げた彼女の瞳が大きく見開かれた。
その目を真っ直ぐに見つめ返して告げる。
「大丈夫だ。俺は俺の仕事をしていくだけだから」
「……イグナ」
「ラヴィリエは、ラヴィリエの仕事を全うしてくれ。それで終わったら、また食べ歩きに行こう」
その言葉にラヴィリエは瞳を揺らしていたが、やがて静かに一つ頷いて告げる。
「……約束、だからね?」
まるで幼子のような言葉に頷き、イグナはその手を離した。
そして彼女の背を向けて会議室を後にし、全力で廊下を駆けた。




