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第六話 狂乱

 ――質問は既に詰問と成ったが、愉悦を浮かべた殺人鬼の語り口は止まらない。



「そうだ……どいつもこいつも、僕を莫迦にするのが悪いんだ。寄って集って、人様を見下しやがって――ッ! だから、僕はそんな雌共に制裁を加えてやっただけなんだよ! は、ははっ……ハハハハハッ! いつもは偉そうにしてるクセに、僕が強くなったら怯えた顔で逃げようとするんだから滑稽だよねぇ!? 見てよコレ! いっつもは刻んだだけで勘弁してやったけど、今回のクソ女はそれだけじゃ済ましてやらなかったんだ! こうやって辱めてやって、初めてこいつも自分の罪深さを理解するってんだッ!」


「――言葉通じて無ェのか、お前。テメェのおセンチなフェチズムなんざ、痰壺の中身くらい心底如何でも良いんだよ。要点は、その便利な魔法の力を何処で如何やって手に入れたのかって聞いてんのが解んねェのかボケが。聞かれた事にちゃっちゃと答えろ、糞蟲」



 恰もトリップしたかのようにペラ回していたが、侮蔑の色を滲ませて結論を急かした雅志へと――不意に向き直った殺人鬼は、急激に苛立ちを露わにしながら罵声を飛ばしてきた。


 異常者相手に荒っぽい口調になってしまった故の苛立ちかとも考えたが、如何やら焦点は其処では無いように感じられる。



「何だと……! 何で、初対面のあんたなんかに、僕が莫迦にされなきゃいけないんだよ!」


「駄目だなコイツ、全く話聞こえて無ェわ。つーか、弱い女ばっか狙って切り殺してるって時点で、充分莫迦にされて然るべきだろ。そんなことにすら気付かんのか」


「あ、あ、あんたもそうやって……僕を……僕を舐めやがってぇッ!」


「――もう良い。多少シバき回せば、少しは頭も冷えるだろうよ。……てか、そのままプルプル震えて文句垂れているのが男なのか――殺る気だってんなら、さっさと掛かって来い」


「う゛あァァア゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ァ゛あ゛アあ゛ああ゛アァアあ゛――!?」



 雄叫びだけは一丁前に。


 男は喉が枯れんばかりの奇声を上げながら、雅志へと刃を振り翳し向かってきた。


 月明かりすらも断ち切る様に。ギラギラとした鈍い輝きを纏う両腕の刀身は、触れる物を無条件で切断する魔性の刃。


 正しく、人ならざる所業へと手を染めし悪鬼に相応しい凶器に他ならないが――何分、彼奴は狂気を宿すのが己だけでは無いのだと云う点に、終ぞ気が付かなかったようであった。


 ――何故、今回に限って犯行を嗅ぎ付けられたのか。


 感情を先走らせ、証拠でもある死体を持ち帰ってしまった為だろうか。


 否。


 否否否否否否否否否否否否――断じて、否!


 雅志が嗅ぎ付けたのは、自身と等しく――道を外れた、常世の匂いを放っていた為であった。


 人ならざる罪業に手を染め、冥府魔道に墜ちることを約束された魔性の力。


 望むにしろ、望まざるにしろ。その異端の烙印を刻み付けられた以上、幽世の咎から逃れる術は無い事を――目の前の、血眼で暴れ出した男は知る由も無いのだろう。


 兎角。折角辿り着いた標故に、生かさず殺さず――確実に、欲する情報を絞れるだけ絞るのが絶対であった。


 ――つまりは、どのような形であれ。彼奴を行動不能にすれば良い。さすれば、逃げられることも抵抗することも無いのだから。



「僕だってェ女以外も殺せるんだぞォォォオオオオオ死ね死ね死ねシネ死ネぇぇぇえェエエエエエエエエ!」



 狂気に墜ちた(まなこ)を滾らせ、両の刃を振り下ろしてきた男へ向けて――雅志は右手一つを差し出し、小さく告げた。



特権(・・)が、自分だけの物だとでも思ったのか――跪け、塵芥」


「――えっ? ぐっ、クソッ……何で、これ以上動かないんだよッ!?」



 宣告、一つ。


 途端――殺人鬼の刃は、雅志の指先寸での所でぴたりと停止を余儀なくされた。


 恰もそれは、此方と彼方を隔てる透明の膜に遮られた様に。


 そしてそのまま、地べたへと全身を押さえつけられるが如く、男はゴミに塗れた地表に顔ごと埋める羽目に陥っていた。


 既に地面に縫い付けられたまま。苦し気に。指一本自在に動かすことが出来なくなっていた殺人鬼へと、その場から一歩も動かないまま見下ろす様に語りかける。



「がッ……!? う、ぐぅ……ぁ゛、なん、で……」


「――お前は、引力と云うものを信じるか?」


「な、に……を……」


「運命の相手だとか、赤い糸で結ばれているだなんて話を聞いたことくらいあるだろう。その卑屈な自身には関係無くとも、物語の上でのことならば、お前だって耳に入れたこともある筈だ」



 雅志の語り口から、何を言われているのか――そも、何をされているのか自体理解出来ぬとばかりに。苦悶に喘ぐ男へと、お構いなしに話を続ける。



「それは善悪関係無く、まるで因果のように何事にも密接に存在している引力のようなものなのだ」


「だか、ら……一体、な、んの……話を……」


「圧し潰されそうで苦しいだろう? だが、核心は此処からなんだ。引力は、この呪いにも似た――俺たちに刻まれた、異常を引き起こす力にも存在しているのだと考えたんだよ。つまり、魔性が魔性を惹き付けるが如く、この人の道を外れた力を開放された俺たちのような外道(・・)にも、何かしらの作用が生じていると睨んだのさ。同族となった者に対する、匂いとでも言うべきだろうか」


「ま、さか……こ、れっ、て……!?」


「オツムの足りていなさそうなお前であろうと、やっと理解出来たか。お前が、相手を一方的に切り捨てられるルール無用のチャンバラごっこが得意になったように――俺にもまた、そうした力が芽生えたというだけの話だよ」



 ――やっとのことで、結論へ達したとばかりに。


 驚愕と苦痛に顔を歪める男へと、淡々とした口調のままに最低限の説明をくれてやった。


 引力(であい)斥力(わかれ)――これこそが、望まぬ内に雅志を抉じ開け、刻み付けられた堕落の烙印なのである。


 斥力にて己と刃の接触を弾き、引力にて地べたと殺人鬼の密着を為し遂げた。人ならざる、悍ましい悪鬼の業。


 しかし、取り敢えず――と。



「これでやっと、質問タイムの再開だ。あぁ、だが既に詰問も尋問へと移行したからな――十二分に、口には気を付けてくれ」



 俺はまどろっこしいのは嫌いなんだ、なんて――。


 意外と呆気なく捕まえられた手掛かりから情報を抜くべく、冷たい月下にて孤独の審問を始めるのであった。


        *


『我々は、臨機応変に行動せねばならない』――セルバンデス

【ホワイトチャペルの影法師】

 ┗殺人鬼・允治(のぶはる)に発現した魔性。

  両の腕を刃と変貌させ、物理的な抵抗を無視して物体を切断することが可能。

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