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第五話 鐘の音

 ――例え。


 世から打ち捨てられた貧民街であったとしても、其処には確かにスラムなりの秩序というものは存在している。


 破落戸の仕切るシマの割り振りから、浮浪者の漁るゴミ箱まで。


 治安は非常に悪く、其処彼処で常に事件も凶行も巻き起こっていること自体は、紛れも無い事実であろう。


 しかしながら、それでも一定の枠組みの中で――この真っ当な社会より爪弾きにされた地帯は、今日も如何にか動いているのだ。


 故に、スラムの中でも特に危険な地域は存在しているし、やはり如何して、日中よりも夜間の方がより危険度も高いと言えるだろう。闇が悪徳を隠すのか、それとも人の本性を暴き立てる為なのか。


 兎にも角にも、だからこそこうしたスラムにおいても、ただ生きているだけの住人では中々に近寄らないエリアに焦点が当たる。


 地区担当の警察すらも、早々足を踏み入れることの無い――物理的に生存圏として相応しくない様な場所であった。


 威張り散らす大型ギャングの支配域でも無く、強盗の多発する暗がりでもない。


 ――それは、郊外のゴミ集積場付近を指す。


 屑鉄以下のアレソレから、人目に付くと拙い物をこっそりと放り込んで往く様な――何もかもが逝き着く最終地点。


 海月のような意志力しかなかろうとも、まだ生きていたいと願う者であれば、きっと人生諦めたジャンキーですら居付くことは無いだろう。


 当然のように不法占有により建造されたバラックすらも存在せず、純粋に使い道のない物を捨てに来るだけの一帯だ。真っ当であろうとそうでなかろうと、まず生者が暮らすような所では無かった。


 稀に人目に付かないことを良い事に、見られて困るような悪行やら何かしらの取引の場所として選択されることもあるようだが――如何やら此度のターゲットは、悪行の末に此方へと逃げ込んだ次第であるとのこと。


 生ゴミ、廃材、死体に至るまで――。あらゆるものを投げ込んだ結果、屑山の中心部には途轍もない熱量を生み出す天然の溶鉱炉へと変貌していた。つまりは、消したいものを放り込めば、綺麗さっぱり証拠隠滅。


 されども。此度の事件は、死体自体はこれでもかとばかりに残されている。


 各所では有毒な腐食ガスも蔓延しており、足場だっていつ崩れるか解らぬ有様。端的に言って、棲家としてはこれ以上なく適していない。


 ――だからこそ。件の殺人鬼は、リスクを呑み込んででも此処を隠れ家へと定めたのだ。警察すらも居住不可と踏んで近寄ることの無い、この場所へ。


 時たま訪れる塵の廃棄作業員を除けば、好き好んでこの地帯へと訪れる者など存在しないのだから。


 にも拘らず――現在、此処には複数の人影が存在していた。


 一人は、雅志自身。猛禽が如く、愚者を追い詰める為に。


 もう一人は、例の殺人鬼と思わしき痩せぎすの男。齢は、二十代後半か。死んだように落ち窪んだ目に、水気無く罅割れた唇。来ているものこそ中流でよく見るような装いであろうが、既に泥と垢に塗れて襤褸の如く化していよう。


 幽鬼宛らにぼぅっと佇み、己の方へと光の無い双眸を向けていた。


 そして――もう一人、だったもの(・・・・・)


 連続猟奇殺人の被害者然として、手足を切り落とされ、疾うに流れる血も失われた――顔面の区別が付かないほどに切り刻まれた、皮袋のような胴体だけの死体であった。


 男の足元に、ごろりと肉塊が転がっている。横に打ち捨てられた血塗れのズタ袋を見る限り、恐らくあれに詰めて此処まで持ち込んだのでは無かろうか。


 今まで現場に放置されていたケースとは異なり、死体を持ち運んだとの相違点はあるものの。まず、己も追っていた件の犯人は、この異常者で間違いない。



「――探したぜ。こんな隠れ家でお人形遊びか、変質者さんよォ」


「あんた、誰……?」



 人の死体を生み出しながら。


 加えて、明らかに挑発混じりの台詞を前に受けながらも。殺人鬼は精気の薄い青白い顔を向けつつ、貧相な唇で疑問の言の葉を小さく溢した。


 虚勢でも策でも無く、其処に焦燥の色は見当たらないのが一層不気味に感じられる。


 兎角、雅志の目的は今し方目の前に現れたと言えるだろう。


 此処で逃がす手は、無いとばかりに――。



「お前が巷を賑わす――模倣惨殺鬼フェイク・ザ・リッパーだろ」


「その他大勢が何て呼んでるかは知らないけれど、あぁ、うん……確かに僕は、最近殺しを繰り返しているね。でも、それが如何かしたのかい。殺人何て、この街じゃ何も珍しくは無いよ。ヤク欲しさに端金で人殺しを仕事にするチンピラだって、そこら中にいるじゃあないか」



 雅志の指摘にも微塵の動揺も憤怒も露わさず、淡々と受け答えを行うところに――より一層の異常性を感じる。


 己は正義の味方では無いが、放置すればこれからも哀れな被害者は途切れないだろう。


 けれども――何より、雅志には男に聞かねばならない事があった。



「――お前、その力は何処で手に入れたモノだ?」


「力……あぁ、コレのコトかな」



 何の気負いも無く。これっぽっちも、隠すような素振りも見せず。


 目の前の男は、その両の腕を――瞬く間に、刃へと作り変えたのだった。


 腕の肉を削ぎ落し、骨を磨き尖らせたような両肘先から生えた二本の刀は。まるで金属のように、月光の下で厭らしい程にギラギラと反射を振り撒いていよう。


 義手でも模造品でも無く。多々今し方、人体を変貌させた――人智を超越すべし業の力。


 当たり前のように生み出したそれを。男は先程のダウナー加減とは打って変わり、さも自慢げに雅志へ向かって語り始めたのだ。



「ハハッ、凄いよね……コレ。普通の刃物なんかとは違って、人体だろうと鉄筋だろうと。何の抵抗も無く、スパスパ斬れるんだからさ。逃げようとするクソ女共の脚も一発でチョン切れるし、骨も筋も全く物ともしないんだよ!」


「……俺の質問が、キチンと聞こえなかったのか? テメェのマス(・・)の掻き方じゃあなくて、その大層便利な力を手にした過程を尋ねているんだよ」



 やっとのことで掴めたかもしれない手掛かりを前にして、如何にか苛立ちを抑えながらも。


 雅志は静かに、口の回り始めた殺人鬼へと詰問を始めたのであった。


 ――狩る側は、狩られる側へ。


 狩人は獲物となりて、崖の底へと堕ちて逝く。


        *


『人間は考えることが少なければ少ない程、余計に喋る』――モンテスキュー

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