第四話 残り香
「訳の解らん異常者だが――間違いなく、コイツが足掛かりになるだろうな」
――ホワイトチャペルの殺人鬼、またはレザーエプロン。
あぁ、切り裂きジャックとの名称の方が、聞いたことのある人も多いかもしれない。
今は昔。此処の様なスラムに出現した、娼婦ばかりを狙う連続殺人犯である。
被害者の喉を切り裂いた後、臓器の一部を摘出したという猟奇性はあまりにも有名だろう。
その手法により、下手人には解剖学や外科学の知識があるとかないとか言われていたらしいが――結局は、班員も捕まらず事件は迷宮入りとなったのだ。
殺人欲求の発露に因るものか、それとも一種の芸術染みた自己表現の活動に因るものか。
今となっては、永久にその謎が解明されることも無いのだけれど――現在、似たような事件がこの界隈で多発していることが問題なのだ。
とは言え、路地裏の殺人鬼宜しく共通点は女ばかりを狙った犯行であるところだけ。
年齢。職業。肌や髪の色。その他諸々……。この貧民街で暮らしている点を除けば、此度の被害者たちに似通った部分が存在しないのである。
勿論、殺された女性らは皆が娼婦という訳でもない。土地柄、そうした者も含まれてはいるものの――女になっていない浮浪児の少女から、半ば干乾びた洗濯屋の婆まで切り殺されているのだから始末に負えない。
――加えて、その犯行の手口が。これまた一等、イカれたものであった。
「四肢をバラバラに切り落とした後、散々っぱらに顔から胸から切り刻んで無残な仏さんを造ったのか……」
口にするだけで悍ましい。まるで善悪の区別のつかない子供が、蟲の足を千切った後に弄んで殺すかのような所業である。
しかしながら、其処に存在するのは紛れも無い悪意である。
ガキが昆虫をバラすのとは違う点は、その死体の成り立ちであろう。
初めにターゲットが逃げられないように足を切り落とし、次に抵抗出来ないよう腕を捥ぐ。そうした後に、芋虫と化し泣き叫ぶた女に馬乗りとなって、散々に切り刻んで愉しんだとの結果であった。
微塵も称賛に価などしないが、先人宛らのメッセージ性やら芸術云々など微塵も感じぬ下種の所業。
――と言うよりも。これは恐らく、コンプレックスの裏返しなのであろう。
犯人は恐らく、女性と言う生き物に苦手意識を抱いており、故にまずは人目に付かない所にて一人でいる被害者を狙った。此処にも、特に群れる女の力を恐れた心理を垣間見る。
そして、己の絶対的な優位な状況を創り上げた上で嬲り殺しにしたのだから。
逃走も、抵抗も、拒絶も出来ないように。ありとあらゆる手段を奪い去った後、既に大量に血を流して死に体の女を此れでもかとばかりに刻み殺すのだ。
「弱者が弱者を脅かす――如何しようも無い程、罪深いな」
協力では無く。身を寄せ合う訳でもなく。
力の無い者が、その辛さを知った上で同じく底を這う者から搾取するのだ。その行為の最底辺である、命の搾取を。
但し、この殺人鬼は既に弱者とは言い難い。
力を振るって他者から奪う側に回った以上、その言い訳は最早通用しないのだ。
強者の影に怯えて、密やかに身を縮める者に非ず。世に害悪を撒き散らす、変貌の獣は駆除される定め。
「多分……コイツ、俺と同じ中層以上の出だろうな」
――はっきり言って、こんなスラムで生まれ育った輩に。コンプレックスだの何だの、そんなセンチメンタリズムなものを抱く様な贅沢は存在しないのだ。
今を生きるに必死な彼らは、良くも悪くも地に足着けてその日その日を生きている。
力が無くとも、庇護者が居なくとも。学が無くとも、技術に乏しかろうとも。
明日にも飢えて凍えるか、果ては上位者の癪に障って床の染みに化けるだけの無情な生であるのかもしれない。
されど――手を取り合うにしろ、他者を喰い物にするにしろ。
このような、只々自分の劣等感を慰めるだけの自慰行為に勤しむ暇など何処にも無いのだ。
快楽というものは、所詮暇に飽かせた余裕のある人間の得られるものでしかないのだから。
とは言え――、
「変質者のおセンチ丸出しの理屈なんざ、俺に取っちゃ関係無いんだよ」
雅志にとっての要件は、此度の犯行を為し得た手法――その一点のみであった。
顔や胴体の滅多刺しは兎も角、問題は手足の切断方法に尽きる。そのどれもが、情報によると一撃の下に切り落とされていたと云うでは無いか。
鋸でギコギコと遣った訳でも、何らかの器具に固定してでもない。
「一人の人間が何の用意も無しに、簡単に人間をバラせるわけねぇだろ」
骨。筋。腱。神経。血管など。時代小説に登場する剣の達人でもあるまいし、逃げ出す相手の部位を狙って的確に切り落とす。
そんな莫迦な話があってたまるかとの次第故に、こんな街の警察とは言え、犯人の目途も付かず犯行手段も解らず、遅々として捜査も進まぬのだろう。
まぁ、それは……普通の人間ならば、の話であるが。
「さてさて、と……。でも、やっとこさ手掛かりになりそうなんだ」
――上手い具合に見つかってくれよ。なんて。
多発する、猟奇殺人への嫌悪感や解決なんかよりも。
今の雅志にとっては、犯人との邂逅の方がずっともっと待ち焦がれていたものなのであった。
人の業は度し難く、その誰もが内に抱えながら秘めたる想いに苛まれる。
己もまた、そんな獣の一匹なのかもしれない――と。
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『自分を知る為には、他人を知らなければならない』――ベルネ




