休息の時
グングーニルが消えた直後、シオンは地面へ崩れ落ちるかのように座り込んだ。
緊張が解け腰が抜けたのだろう。その様子を見たカイリがあわててシオンの肩を抱きしめた。
「シオン。よく頑張ったな……」
「主様……」
二人は見つめ合い、頷きあう。
無事にシオンの父親と母親――皇帝と皇后を救出することに成功したのだ。払った犠牲は多かったが、二人が無事だったのは不幸中の幸いだとカイリは思う。
「ミランダ。大丈夫か?」
「わたくし、生きておりますの……?」
「ああ、ああ! まだ、生きているんだよ……すべてはレティと、あのカイリという女性のお陰だ」
カイリとシオンの背中を見ながら、ルゼルノとミランダは涙を流していた。
それはシオンが無事だった故の安堵からか、自身の身がまだここに在ることへの感謝の念からか。
「主様、わっちはもう大丈夫。それより、父上と母上は無事なのかや?」
「ああ、二人ならあっちでぴんぴんしてる。ほら、こっちだ……よっと」
「ぬぬぬ、主様!? ここ、これは!?」
急に自身の身体が浮いたことで、シオンは動揺してしまう。
それと同時に、自身の身に起こった事が否が応でも認識できてしまったため、顔は紅潮してしまっていた。
無理もないだろう。カイリに所謂……お姫様抱っこをされたのだから。
「だめ、だめじゃっ! こんな姿、父上と母上に見られたら主様がなんと言われるか――」
「だって、シオンはもう歩けない位魔力を使っちゃったじゃないか。歩けないなら俺が運ぶ。ほら、解決だろう?」
「ぬ、主様一体何をする気じゃっ!?」
シオンの制止も聞かずにカイリはシオンを抱きかかえたまま、ルゼルノとミランダの前に立った。
「立ったままでのご無礼、お許しを」
どこかぎこちなく話し出したカイリは、ルゼルノからしてみればまったく作法の成っていないものだった。これが一般の農民であったのなら、衛兵に捕らえられていたところだろう。
だが、今はそのようなことを言っている場合ではない。
それに、先ほどの威勢の良さはどこにいったのかと、ルゼルノは訝しんでいた。
だから――
「お前は、お前たちは私たちの命の恩人である……そのような話し方をせずとも良い。これは皇帝である私の命令だ……。カイリと言ったな? 一人の男として、レティの父親として、ミランダの夫として……言おう。――私たちを救ってくれて、ありがとう」
「父上……」
「陛下――」
ルゼルノとミランダは揃って二人に頭を下げた。
シオンもカイリに向かって、はにかんだ笑顔をみせた。
―――――
時刻は、日付が変わろうとしている頃。
皇帝と皇后はかなり衰弱していたため、急ごしらえのテントで眠ってもらうことにした。本当はシオンも積もる話もあるだろうし、一緒に寝てもらいたかったのだが、「わっちも主様と一緒に起きていることにする――父上と母上はゆっくりと寝てください」と言っていたので、しぶしぶカイリはそれを了承した。
今は二人で魔物除けのたき火の時折揺らぐ炎を静かに見ながら、地面に腰を下ろしていた。
シオンとカイリはぴったりと寄り添い合い、シオンが体をすこしカイリの方へ傾けているという形だ。
――甘い、とカイリは思う。
隣から香る少女の匂い。鼻腔をくすぐるその得も言われぬ匂いは、カイリの脳髄を犯している。
どうにかなってしまいそうだったので、薪をたき火に投げ入れる動作で、少しシオンとの距離を取る。
だが、それも根本的な解決にはならない。
すぐにシオンがこちら側へ頭をすり寄せてくるからだ。
何回かそれを繰り返し、ついにカイリが何かの限界を迎えようとしたとき、シオンが話を切り出した。
「二人が無事で、本当によかった……主様。ありがとう」
「いや、君が二人を救ったんだ。俺はただもらい物の神の力の一部を君にあげただけだ」
「でも、わっち達はその機会があったおかげで、こうして生きておる。これを主様のお陰と言わずしてなんというのじゃ? 謙遜はしないでくりゃれ……?」
上目づかいでそんなことを言われたものだから、カイリはあわてて彼女から目をそらしてしまう。同性だというのに、カイリの胸は高鳴ってしまっていた。
(なんだこれ、心臓がうるさい……! シオンに聞こえたらどうするんだよ、俺! 女同士で何をしてるんだっ、しっかりしろっ)
これはまずい、とカイリは思い話題を変えることにした。
「そ、そういえば、明日はケルティアって国へ行って、宿を取るんだったよな!? ルゼルノさんとミランダさんは国王の城を目指すらしいけど、セントラルとケルティアって仲が良い国なのか?」
なにがまずいのかよくわからないままに話を変えたカイリだったが、その企みは幸か不幸か成功したようで、シオンは頭に手を当てて考えるようなしぐさをしていた。
「ふむ……。仲が良いかと言われれば、良い方ではないかや? 小さな諍いもなく、良好な関係を築いておるという噂じゃ」
「噂? シオンは知らないのか?」
「あいにく、わっちは急に据えられた皇女じゃからな……。一般的な知識はそれなりにもってはおるが、皇女としての知識――外交に関することは全く無いからの」
「ま、噂でも仲が良いってことは、踏み入れた瞬間捕縛されるなんてことはありはしない……ってことか」
「まったく……そんなことを考えていたのかや? 主様は。心配性なんじゃの?」
ため息を吐きながら、シオンはカイリにぴったりと寄り添った。
またしても跳ね上がるカイリの心臓。
それに気付かれないようにと、静かにカイリはシオンの頭を撫で続ける。
気はまぎれない。それどころか、鼓動が早くなってきた。
(本当に今日の俺はどうしちまったんだよ……)
居ても経ってもいられず、空を見上げる。
木々の間から覗く、漆黒の夜空。
そこで点々と光り輝く星たち。
満天の星空、とはこのようなことを言うのだろうか。
不意に、日本に居た頃を思い出した。
(日本じゃあこんな星空は拝めないからな。本当に異世界に来たんだ――俺は)
今更ながらに実感する。
よくよく周りに目を凝らしてみれば、木々の形も、葉の一つ一つの葉脈の形までもが違っていた。
すべての生物は魔力を内包しているのだろうか。
周辺の至る所から魔力の反応を感じるようになってきていたので、そのようなことをカイリは思った。
「なあ、シオン。この辺って魔力がたくさんあるんだな?」
「そうじゃのう。おかげでわっちの魔力も全快じゃ」
気付けば、カイリの体の魔力も満ち満ちている。
(さっきの鼓動は、これか。魔力が回復するのに、心臓を動かしてただけなんだ――きっとそうだ)
そう自分に言い聞かせ、カイリはたき火にまた新しい薪をくべた。




