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龍を駆る姫君

 どこからともなく現れ、ワイバーンの首を叩き斬った女は、ルゼルノの方を向いた。

 目が合い、ハッと息をのむ。その女はルゼルノが今まで見てきたどの女よりも、綺麗だった。

 だが、ただ綺麗なだけではない。華やかさの中に自分と言う芯をしっかりと持っていて、触れる者すべてを切り裂きそうな雰囲気を醸し出している。

 例えるならば、そう、まさに薔薇のような女だった。


「無事……みたいだな? 皇帝陛下」

「お前は一体……!?」


 抱き着いてきているミランダは既に気絶しているようで、身もだえすらしない。

 そんな様子を見て、ルゼルノの目の前の女は一瞬考えた後、素早く身をひるがえして、馬がいなくなった馬車の前に立って、ワイバーン達を睨み付け――


「俺は皇帝陛下の愛娘、レティシオン・アーレングラディ・セントラル・クオレツィアの騎士、カイリだっ! 皇帝陛下に手を出そうというのなら、この俺を倒してからにしろっっ!!」


 高々と名乗りを上げた。

 それは猛々しく、雄々しく、周りにいたワイバーンですら一歩後ずさるほどの気迫だ。


「レティだと……!? レティは無事なのか!?」

「ええ、シオンは無事です。皇帝陛下。すぐにあなたの娘さんも来ますから、絶対に死んじゃダメですよっ!」

「取り囲めっ! 取り囲んで焼き尽くせぇええ!」


 ワイバーンがうなり声をあげて一斉に飛び上がる。

 広げた大翼はカイリと言う女騎士の数倍はあろうか。とにかく、先ほどの不意打ちのような一撃ならともかく、地面に足をついて勝てるような相手には、ルゼルノには見えなかった。

 あっという間にワイバーンたちが空中から女騎士を中心として四方八方に取り囲む。

 あそこからブレス攻撃でも受けたものなら、たまったものではない。

 いくら手練れの騎士、召喚された勇者と言えども、この数のワイバーンの炎を防ぐことは難しいだろう。


「ワイバーンよっ! この反逆者たちを焼き尽くせっ!!」


 ワイバーンの首のあたりに乗っている、甲冑を纏った男が号令を出すと、ついにワイバーン九匹の口から同時に火炎が吐き出された。

 馬車の天蓋を吹き飛ばされていたので、その熱量をルゼルノはしっかりと感じてしまう。


 ルゼルノはすべてのモノがゆっくりと動くように見えた。

 これが死ぬ前に視る光景であろうか。

 そんな推測をしながら、眼球だけを動かしワイバーンの背に乗っている騎士を見る。

 甲冑の下の表情はうかがい知れないが、その佇まいは堂々としていて、これですべてが終わると確信している顔だった。


「相手は一人だっ! 一気に畳み掛けて、消し炭にしろっ!!」


 対するカイリは、棒立ちのまま。

 そこでルゼルノは信じられないものを目にした。

 カイリは、嗤っていたのだ。

 それは楽しくてしょうがない、という風でも、死を覚悟した狂った笑いでもない。


「相手が一人? 冗談だろ?」


 そうカイリが呟いた瞬間、頭上から強大な『力』を感じた。

 ――グォォォォオォオオオオオオオオ!!

 腹の底から響く、先ほどのワイバーンの声とは全く質量の違うドラゴンの声がし、頭上から光が降り注ぐ。

 ワイバーンが放った炎ではない。

 頭上から降り注いだ光は明らかに異質なものだった。

 例えるならばそう、神の如き威容を誇る光だった。


「な、なんだアレはっ!? ワイバーンではないぞ! 上級の龍族かっ!?」


 目の前で起こった事が信じられないという様子で、敵は慌てふためいている。

 ルゼルノは敵の目線が釘付けになっている、自らの頭上を見た。

 そこには、ワイバーンよりもはるかに大きく、白く神々しい色をしたドラゴンがいた。

 純白のドラゴン。

 そんなもの、思い当たるのは一つしかない。


「ま、まさかあれは、最高神様と共に戦場を駆け抜けたという、聖龍グングーニルかっ!?」

「……そうです。あれが白井、じゃなかった。最高神アレンが乗っていたというグングーニルです。その翼は嵐を巻き起こし、牙と爪はありとあらゆるものを切り裂く。体は老いず、病まず、飢えず、どんな攻撃にも耐えうる鱗を持ち、吐息はすべての攻撃を完全に防いだ……そして、そんなすごい龍に乗っているのは――」


 ついにグングーニルはワイバーン達の目の前まで迫ってきた。

 ワイバーン達はなぜか動揺しているようで、先ほどまでの凶暴性はまったくない。乗っている騎士たちの言うことも全く聞いていないのだ。

 ルゼルノはさらにグングーニルの背に乗っている一人の少女の姿を見て、我が目を疑った。


「あ、あそこに乗っているのはレティではないかっ!?」

「ご名答です。陛下! さぁやるんだ、シオン! お父さんとお母さんを助けるんだっ!!」



―――――



「行くのじゃニルニル! お主の力で、ワイバーン達を蹴散らし、父上と母上を救ってくりゃれ!」


 シオンが号令を出すと、グングーニルの身体が輝きを増した。


『我が力、とくと見るがいい』


 シオンの頭の中に、グングーニルの声が流れくる。

 圧倒的なまでの存在感と、絶対的な力を感じさせるグングーニルは、背にシオンを乗せたまま、一体のワイバーンの首をめがけてかみついた。

 あまりに速く、無慈悲な一撃。

 その長く鋭い牙が、ワイバーンの首をやすやすと貫いた。

 飛び散る鮮血。

 声にならぬ叫びをあげて、ワイバーンはぐったりと倒れ伏した。

 その様子を他の八騎のワイバーンはしっかりと見ていた。同族を殺されたことに怒りを感じたのだろう。すさまじい咆哮を上げ、騎士の制止も聞かずにグングーニル目掛けて急降下をした。


『ワイバーンでありながら、我に挑みかかってくるとは敵ながら見上げた奴らよ。』

「ニルニル! どうするのじゃ!?」

『あわてるな我が主よ。この程度で倒れ伏す我ではないわ』


 八方からバラバラに迫るワイバーン達をグングーニルはどうするつもりなのだろう。シオンの眼はすぐそこまで迫ってきているワイバーンにくぎ付けだ。

 その時、スキルの発動をシオンは感じた。

 自身の魔力など、足元に及ばぬほどの絶大なる力。

 ゴォ、という喧しい音と共に、空から光の柱が降り注ぐ。それはグングーニルに鉤爪を向けていたワイバーンの背中に、深々と突き刺さった。

 まるでそれは七色に光り輝く槍のようだった。

 その槍に一瞬にして貫かれたワイバーンは魔力光へと姿を変え、背に乗っていた騎士すらも塵も残さず消滅させた。


『まずは一匹――どうした、貴様等も誇り高き龍種であろう。一度仕えた主を見捨て、逃亡するわけではなかろうな?』


 グングーニルは残りの七騎すべてに語りかけているようだった。

 それにさらに怒りを増幅させるワイバーン達は、もう戦法も連携も、なにもできていなかった。

 ただただ、突進し、牙をむき、光の槍に貫かれるだけ。

 それを都合六度繰り返す。

 そして、最後の一匹になった。


「も、もうやめろワイバーン! 逃げるぞ! やめろって言っているだろう!」


 騎士はみっともなく叫ぶが、ワイバーンはグングーニルを睨み付けていて、言うことを聞いていない。

 相対する巨大なドラゴンの重圧に、ついに騎士は耐えられなくなったようで、必死でワイバーンの手綱を引き、落ち着かせようとする。

 だが、主人のソレを鬱陶しく感じたのか、ついにワイバーンは背中の騎士を振り落とし、口から出した業炎で騎士を焼き尽くした。


『オマエヲ、ユルサナイ……! ゼッタイニ、ユルサナイ……!』


 ワイバーンの声が、シオンの頭の中に入ってくる。

 先ほどまで念話を使えなかったはずの、ワイバーンの声だ。

 念話を使えるのは、優れた龍種である証拠。それが意味する事とは、まさにこの戦いの中で、ワイバーンが進化を遂げたということだった。

 念話を操るワイバーンは背中を向け、全速力でセントラルへと逃げていく。


「あのワイバーン、念話を使うじゃと!? 追うのじゃニルニル! 奴を逃がしては、後の障害に――」

『くっ、ハハハハ! 進化したのか、我との戦いで! 敵ながら、見上げた男よ! いいぞ名もなき龍種よ。主人を殺し、誇りを捨てた龍よ。この場はその勇気に免じてお前を見逃してやる。』

「な、何を言っておるのじゃ、ニルニル!?」

『抵抗の意志がなくなった同族を殺すようなこと、掟が許さん。それがたとえ主の命令だろうとな。契約した時に言ったではないか。主の指示は聞くが、それは掟の範囲内にしてもらう、と』

「それは……そうじゃが」

『なれば話は分かったな? 主よ。それでは我はこれで失礼する』


 グングーニルは地上に降り、身をかがめてシオンに降りるよう促した。

 その言葉に従い、シオンはゆっくりとグングーニルの背中から降りる。


『そう、カイリよ』

「は、はい?」


 いきなり名を呼ばれたカイリは、驚きでそう返すのが精いっぱいだった。

 出逢って、背中に乗せてもらったときは急いでいたし、シオンの事で頭が一杯だったので恐れを感じなかったが、こうして改めて見てみると、やはりグングーニルの巨体は、否応なく人間の本能の恐怖を呼び起こしてくれる。

 だが、そんなカイリの心情とは裏腹に、グングーニルは朗らかな声で笑った。


『そう怯えるな。麗しき御仁よ。先ほどの一撃、見事だったぞ。どうだ、我の妻にならんか?』


 ぽかん、と言う擬音がちょうどいい程、カイリは開いた口がふさがらなかった。

 速攻で拒否に走ろうとするが、カイリが口を出す前にグングーニルの前にシオンが躍り出た。


「何を言っておるのじゃ! ニルニル! それ以上主様と口をきいたら、もう二度と呼び出さんぞ!」


 シオンは真っ赤な顔でグングーニルをしかりつけた。

 すると、グングーニルは心底嫌そうな顔をし、


『――それは困るな。では、また会おうぞ。カイリ』


 カイリに別れを告げ、跡形もなく消え去ったのだった。

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