救出
「【ケルティア】まではあとどれくらいなのだ…」
初老の男性が、馬車の中から護衛の近衛兵に尋ねる。
近衛兵は馬車の中の男性…皇帝にたまった疲れを見せぬようにして、答える。
「馬を使っているので…あと数刻ほどで【ケルティア】との国境の関所に到着すると思われます」
「追手は来ているのか?」
「いえ…今のところは何とも申し上げようがございません…森の中で視界も悪く、確認しようにも確認できない状況です」
しきりに後ろを気にする近衛兵たち。
そんな彼らを横目で見ながら、【セントラル】の皇帝ルゼルノはため息を吐いた。
「…まさか、ゲラルドと紅血騎士団がこの私に対して謀反を起こすとは…」
ルゼルノはため息を吐き、思考にふける。
前々から謀反の兆しは見えていた。
だが、ルゼルノの【天運予言】では、謀反が起こるという事象だけ予知でき、誰が、いつ、どのようにして謀反を起こすのかまでは分からなかったのだ。
「あなた…大丈夫ですか…?もう少しで到着しますので、辛抱なさってください…。【ケルティア】でワタクシが向こうの国王と交渉し、我々を受け入れてくださるように説得しますから…」
そこで、ルゼルノの隣に座っていたミランダ…皇妃がルゼルノを安心させるために言葉を紡いだ。
声は、震えている。
当然だ。昨日の夕刻から一睡もせず、追手から逃げるために奔走したのだから。
殺される恐怖というものは、一度味わったらなかなか抜け出せないものだ。
かくいうルゼルノも今までの人生で少なくない回数、殺されかけている。
だから、分かるのだ。
何度経験しても慣れないあの感覚。
刃が喉元にせまり、諦めの感情を抱くに抱けないあの最初の感覚は、いまでもよく覚えている。
「…ああミランダ…頼りにしている…」
そんな妻の強がりを、ルゼルノは無駄にはしない。
頭を撫でてやり、ぎゅっと抱きしめてやる。
すると、震えていたミランダの体は徐々に落ち着きを取り戻し始めた。
「…陛下。少しお休みになられた方がよろしいかと思います…。先日から一睡もされていませんし、陛下の身に何かあってからでは我々は悔やむに悔やみきれませんので…」
「うむ…皆、すまないな…私たちはすこし眠らさせてもらうぞ…」
傍にいた近衛兵が声を掛けてきたので、ルゼルノはその言葉に甘えることにした。
追手は来ていないようで、あと数刻あれば隣国に着く。
そう思ったその時だった。
―グォオォオオオオ!!
遠くで、紛れもないワイバーンの鳴き声がしたのだ。
「て、敵襲!!敵襲だあああ!」
「暴れるな!それだけ早く見つかってしまうぞ!」
ここは鬱蒼とした森の中なので、近衛兵が言うことも一理ある、とルゼルノは思った。
だが、ワイバーンは嗅覚が鋭く、風に乗った人間の匂いを嗅ぎつける危険性もあるのだ。
「…私の生も…ここで終わりか」
「あなた…」
隣に居るミランダが小刻みに震えている。
死の恐怖におびえているのだろう。
――ォォオオオオオ!!
「いたぞ!!仕留めろおおおおお!!」
頭上でワイバーンの鳴き声と混じり、兵士の声がする。
自国の民に殺されるとは、なんとも無残な最期だな、などとルゼルノは悲嘆に暮れていた。
「最高神様の救済あれ…」
「来たぞ!敵襲だあああ!陛下を何としてでもお守りしろっ!!」
大きくワイバーンが羽ばたくのを、ルゼルノは目にした。
そして、また一人、また一人、と近衛兵たちが必死の応戦むなしく、その凶悪な牙にかかっていく。
「剣を振るえ!ここで我らが倒れてしまえば、セントラルは…!陛下!馬を走らせ、早くお逃げくださっ……うわあああ!!」
隊長格であった男も後ろから来たワイバーンに気付ず、命を落としてしまった。
ついにこの場に残っているのは皇帝であるルゼルノとミランダ、そして馬の御者のみになってしまう。
もう、手はない。
いくら運命を視れるからといって、定められた死には勝てないということか、とルゼルノは思う。
轟音と共に馬車の屋根がワイバーンによって破壊された。
パニックになった御者が、馬の手綱を放棄し、逃げ出した。
「ひいいいいい!俺は、まだ死にたくない!!死にたくな…!」
数歩走ったところで、馬車の上に居るワイバーンとは別のワイバーンが御者をその爪で屠った。
周りには十騎の竜騎士たち。
そのどれもが紅血騎士団の紋章を掲げていた。
「皇帝を殺せええええええええ!!」
「いや、いやあああ!」
ミランダが絶叫してルゼルノの胸に飛び込んでくる。
ルゼルノは……死を、覚悟した。
眼前にワイバーンが来る。
その牙が、ルゼルノの頭を食いちぎろうとした、その瞬間―――
「うおおおおおおおお!!」
救済の剣が、黒と白の魔力が、ワイバーンの首をたたき斬ったのだ。
「無事…みたいだな?」




