キイラ/示されし場所
「……第一関門……セキュリティ解除……うーんと……パスワード……これで……よしっ!」
「……第二、第三、オール。ロックオフ……あーあ!対策セキュリティがあああ!!……緊急事態だ、邪魔しないでっ……と」
「適当な文字列がイラつくわ! 仕方ないわね……秘技・セキュリティ殺し……どうよ!」
「わたしにはサッパリ解らんが、それで何が解るのだ?」
「これで、A企業のインサイダー取引の証拠を掴めるの!」
「……何故それを家でするのだ? いわば、企業へのハッキングなのだろ? 重要機密ではないのか?」
蕎麦をすすりながら、破耶がキイラに訊く。
「大丈夫よ。これは、れっきとした警察の捜査の一環だもの」
「……ふー、終わった! ……どうやら、インサイダー取引はなかったみたいね」
「ネットだけの証明で十分なのか?」
「まさか。これから警察が徹底的に調べるでしょ」
キイラが蕎麦をすする。
「心配なのだ。わたしを捜しているという女性の事が」
「安心しなさい。そのためにワタシが居るんじゃないのよ」
「偶然とはいえ助かるのだ。お礼をしないとな」
「要らないわ? この蕎麦と冷房の効いた部屋での作業で充分よ。ありがとう」
キイラは手を合わせた。
「電話なのだ……海乃!」
破耶は電話に出る。
「……分かったのだ。……うむ」
電話を切った。
「キイラ。わたしは女性に会ってくる」
「ついでだからワタシも行くわ。警察への連絡もスムーズにいくでしょ?」
「何から何まで済まないのだ」
「気にしないで。乗り掛かった船ってだけよ」
破耶とキイラは家を出た。
※ ※ ※
「なんだと!?」
「ははははは!!」
「ふざけているの!?」
「ふざける? 馬鹿な、ふざけない、本気だ。紅破耶を殺す! 居場所を無くす」
「……その為に……仮面英雄伝にウィルスを仕込んだのか!!」
海乃が驚いている。
「そうだ……紅破耶がやっていると聞いた。だから仕掛けた……紅破耶に居場所は無い」
「貴女が破耶を恨む理由は何?」
「紅破耶が居るから、カレは……カレはああ!!」
「おいおい、落ち着けよ!?」
追い付いた新田が女性を止めに入る。
「カレとは誰なんだ?」
「……夏郷、かざと……飯沼、いいぬま……!」
「……飯沼夏郷……え!? 夏郷君!!!?」
千景が更に驚く。
「許さない……ユルサナイ!!」
女性は新田を振り払い走り出す。
「紅破耶あああああ!!」
「なんなのだ!!」
「!!」
女性の前に破耶が現れた。
「わたしに何か用なのか? ……里花よ」
「……紅……破耶……破耶ちゃん!!」
女性が涙を流す。
「久しぶりだな。何年ぶりだ? ……小学校を卒業した振りじゃないか?」
「やはり破耶ちゃんは気づいてなかったんだ。同じ高校に通っていたのに!」
「……知らなかったのだ。済まぬ、里花」
「謝罪なんか要らない!! 欲しいのは飯沼君よ!!」
里花が破耶に迫る。
「……夏郷……だと!?」
「ずっと飯沼君を想っていたのに、破耶が飯沼君を横取りしたのよ!」
「……横取りって!? 言い掛かりなのだ!! わたしは夏郷を本気で好きになって、夏郷も本気でわたしを好きでいてくれている!!」
「いい加減にして!!」
千景は里花を叩いた。
「……なにすんの!! 死人が!!」
里花が自分を叩いた千景を睨む。
「死人!? ……なに言ってるの!?」
「あんたは死んだのよ!! 犠牲者!!」
「まさか!? 里花よ、お前は並行世界から来たのか」
「……そうでしょう!? だって死人が生きてるんだもの!! だけど破耶と飯沼君の関係は変わってない!!」
「はは……それなら里花が同じ高校に通っているなんて知らないのだ。わたしは、この世界の里花を知らないから」
「……あの日、高校を休んでいた……違う、実際にはサボっていた。入学してから暫くして自分には合わないと思ったから。けど、ある日、久しぶりに行ったときに声を掛けてくれた飯沼君に心を奪われたから、あの日に高校に行ったの……地獄絵だったわ……」
「……並行世界の校長の強欲さに負けてしまったのだ」
「負けたのにも関わらず、呑気に飯沼君とイチャついて! 飯沼君を奪って!」
「やめなさい!!」
千景が里花を叩いた。
「死人が!!」
「……事情がどうであれ、理由が何であれ、人と人が惹かれ逢うのに理屈なんてないわ! 貴女が別世界の人だろうが、夏郷君を想っていただろうが関係無い……私の親友を恨むのはお門違いなのよ!」
千景の手が赤くなる。
「うーん。里花ちゃんはさ、夏郷が破耶と付き合っているって現実を受け入れられなくて、おそらく世界を越えたんだね」
新田が言う。
「知らない! だけど受け入れられないのは当然よ!……なのに!!」
「世界を越えても駄目だった、か?」
新田は千景の手を気遣う。
「奪うのよ! 奪うの!!」
「……新田!?」
「おいおい……勘弁だよ? 俺の後輩を殴ろうとしたり、俺の彼女を痛めさせたり……!!」
「痛い!!」
「気持ちで相手を振り向かせてみろよ! 世界を越えてまで願った想いなら、ぶつかってみやがれ!!」
新田は里花の手を放した。
「新田、すまんのだ」
「気にすんなって。俺も熱くなっちまった」
新田が千景に寄る。
「里花。その……会うか? 夏郷と。違う世界の夏郷だけどな」
「……奪うもの……絶対!!」
「分かったのだ」
破耶が夏郷に電話を掛ける。
「おい! 里花とやら。ソッチの事情には興味ないが、仮面英雄伝にウイルスを仕込んだ事には興味がある。どういうウイルスなの?」
「存在するデータを破壊するの! そしたら……ゲームに入った意識も終わるわね!」
「今すぐ取り除きなさいよ!」
「無理よ、不可能!」
「ちっ……!」
キイラがパソコンを取り出す。
「……現在ログイン中の数は、二百十人。……えーと、ウイルスは……これね!」
「……何よこれ!! ……ウイルスが……既にアバターに感染している!!」
「……駄目だわ!? ……ウイルスを破壊するには……アバターを消去するしかないわよ」
「感染しているアバターは判る?」
海乃が訊く。
「……特定したわ! ……ヒーロータイプのアイン、リッド……仮面タイプのクールよ」
「クール!?」
海乃が言葉を失う。
「そうよ。仮面英雄伝で、仮面タイプでコードネームがクールは一人だけ」
「七菜が危ないのだ!!」
夏郷と電話を終えていた破耶は、七菜に電話を掛ける。
「……駄目なのだ……出ない!」
「紅。私が行こう! 矢吹を助けなければ」
「気を付けなさい。ウイルスは今も活発に動いているわ。感染しない保証は無いし」
「無論、気を付けよう」
海乃が走り出した。
「なんとか、アンチウイルスを作れれば!!」
「ふふふ」
「すぐに夏郷が来るのだ。待っていろ、里花」
破耶は、幼なじみを哀しい目で見ていた。




